第102話 大空の侍

102 大空の侍


1939年8月23日の独ソ不可侵条約と付属の秘密議定書に基づいた、1939年9月1日に始まったドイツ軍によるポーランド侵攻と同年9月17日のソビエト連邦によるポーランド侵攻に当初、激烈な世論は巻き起こらなかった。


対ドイツの急先鋒フランスも英国も先の大戦で疲れ切っており、ポーランドは見捨てられた形になってしまったのである。


もし、ここでヒトラーが侵攻を辞めていれば、今もポーランドはドイツであったかもしれない。


そういう意味では、現在のウクライナ戦争も似たような形であったやに思う。

ロシアが、ウクライナのクリミア半島を占領した時、激烈な議論は巻き起こらなかった。


そのような真空状態が発生していたのである。


だが、今まで散々に借金に負わされて搾取されてきたドイツ国民の怒りはそれで納まる訳が無かったのである。


ヨーロッパでは戦線が急速に拡大していく。

そして、1940年日独伊三国同盟が締結されるに至って、米国も座視するわけにはいかなかった。

日中戦争は起こっていなかったが、米国は中国に義勇軍を派遣し、中国を唆し、満州奪回戦争を仕掛けさせようとしていた。


日本は、この行為を直ちに辞めるよう、外交的に働きかけるが、急速に日米関係が悪化していくのだった。


やはり、どのようにしても戦争は避けられなかったのだ。


米国義勇軍フライングタイガースが中国軍に手を貸して、長城線を突破し、満州への攻撃を開始する。


関東軍は、慌ててモンゴル・ソビエト国境の部隊を招集し、長城線の防御を固めざるを得なかった。

そもそも、満州国は国際的に認められているというにはほど遠い状況であった。

この際、中国では国共合作がなされ、ともかくも満州奪回を先に行うことが指導部で決定されたのだ。


「来華助戦洋人 軍民一体救護」背中にこのようなマークを付けた米国人パイロットたちが空に登っていく。

P40Cカーチスという戦闘機に乗る彼等、しかし、訓練を受けていたのは、3分の1であり、それも爆撃機乗りが多かったという。


中国軍の当初目標地点は、大連である。


だが、彼等を守るはずのフライングタイガースは、上空に敵機を認める。

帝国陸軍航空隊である。


帝国陸軍は、この時期最新鋭戦闘機を採用していた。

『隼』という名の零戦である。


この戦闘機は、陸海統一戦闘機論から海軍戦闘機零式艦上戦闘機とほぼ同様のものである。(艦上戦闘機の機能を省いたもの)


恐るべき性能を持つ陸軍航空隊。

この隼は、三菱で開発されながら中島のエンジンを積んだ悲哀の戦闘機であった。

さりながら、武装は、ブローニング兎12.7mm6丁を搭載した重武装である。


7.7mm機銃はこの際威力不足であるため、選考外とする。

海軍航空本部長山本五十六、次の部長(当時総務部長)咲夜玄兎は、7.7mmの搭載は一切しない旨宣言を出していた。


山海関上空で遭遇戦を開始した航空機同士の戦いは、格闘戦性能の優れた隼が圧倒する形になる。


それでも、タイガースは第2戦闘隊(パンダベアーズ)がそれをかいくぐって、侵入してきたのである。


だが、それは誤りであった。

既に、その侵入は発見されていたのである。

タイガース第2戦闘隊は、海上を迂回して大連に向かっていたが、折悪しく、対空レーダーに発見されていたのであった。


ロシア太平洋艦隊の艦船が、大連港に入港しており、その艦船が敵機の侵入を捕らえたのである。


大連には、最近、新ロシア皇国所属の戦闘機隊が進駐していた。

米国の不穏な動きは、大連港を寄港地にしているロシア太平洋艦隊の脅威と認識されたからである。


「約50の敵機が警戒空域に侵入した、全機発進、敵機を邀撃せよ、これは訓練にあらず、これは訓練にあらず!」

基地内に空襲警報が鳴り響き、放送が響きわたる。


滑走路のエプロンには、真っ赤な機体が駐機していた。

これは、マンフレート・リヒトホーフェン機体が真っ赤に塗装されていたことに起因していたわけではない。別の由来が実はあった。


彼等は、第71戦術航空団(山口大隊)と呼ばれている。

真赤に塗装された戦闘機は、帝国で開発された『紫電改』である。


そして、その隊長機は真っ赤に塗装されていたのである。

隊長は、何と!あの維新の志士、山口一だった。


彼は暇だった。

護衛対象には、見てくれの問題から、黒人の大男や、金髪碧眼の偉丈夫が守ることになったからである。勿論、人を殺す技術が遅れを採るつもりはないが、宗教の教祖であるそのお男には、見てくれの印象操作も重要なのだ。


あらゆる種族の人間も従うのだということをアピールする意味もあるらしい。


そんな時見つけたのが、航空機である。

江戸時代にはなかったそれは何と鳥のように空を飛ぶ。

山口がそれに魅了されたとしても何らおかしな話ではない。


しかも、奉天で学校を開くのだという。

山口は、すぐに男に話をつけた。

そして、一期生として入学を果たしたのである。

「さすがに、撃ち落とされたら死ぬと思いますので、辞めた方が良いのではないでしょうか」

男はそういった。


「すでに、皆が鬼籍に入った。儂だけが、生き残っても仕方あるまい」

厳密には、子孫は存在するが、このころには、嫁や子供は死んでいたのだ。


「好んで死ぬというのもどうかと思いますよ」

「武士とは生死の狭間を生きる者の事よ」透徹した精神の果てに、山口は至っていた。


「まあ、私のわがままに付き合っていただいたのですから、どうぞお好きになさってください」

「ああ、そうさせてもらうぞ」山口はニカッと笑った。


こうして、彼はパイロットとなったのである。

まさに大空の侍とは彼のことを形容しているような言葉である。




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