第50話 エージェント

050 エージェント


私は、その日すでに眠りについていた。

連日の船旅で疲れていたのだ。


船は、ベルギーのアントワープから英国のサウサンプトン行きである。

私は、色々な仕事こなした後、疲れて眠っていたのだ。


充分深夜を回っていただろう。

何か物音がしたように感じ、目が醒めた。

扉を開けると、男が廊下を歩いていく。

夜も遅いのに一体何をしているだろう。

私は、興味を持ち後をつけることにした。


私は、との闘いを長年続けてきたので、ある種の勘をもっている。

その勘が男を追えといっている。


男は、私に気づくこともなく後部甲板にでた。

先ほどまで私が作業していた場所である。


一体何をしようとしているのか。

足元を明りが照らしているが、それは落ちたりしないようにするための最低の照明である。

だが、男は、気にする様子もなく甲板の柵にまで近寄り、そのまま、天を仰ぎ、飛び込んだのである。


「ウワ!」

まさか、何の前触れもなく飛び込むとは、私は、夢中で柵に手をかけて、暗い海中を眺めるが光もなく、もはや何も見えなかった。

何人もの人間を殺してきたが、自殺されるとは思いもしなかった。


「馬鹿野郎が!」なんだか腹が立ち、文句が口をついてでた。

船員に告げるかどうか、少し考えていた時、それは現れた。

船に張りついて何かがずり上がってくる。


異形の気配を感じて、剣を持つ。

怪しい瞳がギラリと光り、異形のものが柵を乗り越えてきた。

腐乱死体が、ぐちゃぐちゃになりうごめいている。その中に目玉が移動しながら睨みつけてくる。


「化け物め!」

童子切安綱を抜き放つ。

化け物は、人間の腐乱死体である。

口を開いて何かを訴えるように近づいてくる。


「寄るな!」

化け物の瞳が此方をはっきりと見ている。

そして、手を伸ばしてくる。


その時私は、常人では見ることも不可能な瞬間を見た。

人間の瞳がボロりと飛び出したかと思うと、その空洞から、カニの眼のようなものが飛び出たのだ。


うえ!思わず吐き気がする光景だった。

私の眼が普通の人間だっら決して見ることはなく、これから一生涯、カニの目玉を恐れる必要もなかったのだ。


腐乱死体の伸ばした手が、蟹の鋏状に変化していく。

「貴様、蟹怪人!か」


人間の顔が徐々に蟹に置き代わってくる。


何だと!これではショッ〇ーの怪人ではないか。

ライダーベルトを今日はしていない。


変身できない、これは明らかにピンチであった。


「ドドド、〇ールゲー」蟹怪人がしゃべった。


「しまった、ドル〇だったのか」

しかし、一人ではクロスできないぞ。

またしても大ピンチだった。


蟹怪人の鋏が振るわれる。

安綱ではじき返す。

鋏は片方だけで、もう一方は人間の手のままだった。


『紫電』

稲妻のような斬撃を放てば、蟹の鋏が火花を飛び散らす。

蟹の鋏はキチン質でできており相当固いに違いない。鉄を断ち切るこの技を止めるとは!


『月光』

人間の姿が霞むほどの素早さで必殺の突きを放つ。

だが、蟹怪人は何と横に避けた。

さらにカサカサと周囲を回り始める。

足自体は人間の足だが、関節の形態は明らかに別の生き物で、しかも蟹らしく八本も生えている。


まさに人間を冒涜したような形態に吐き気を覚える。

蟹の顔は、半分が人間だった。

人間の眼が涙を流している。きっと苦しんでいるのだろう。

ひょっとすると乾燥して目が辛いのかもしれないが・・・。


「許さんぞ、化け物め!」義憤が湧き上がる。

後部甲板で時ならぬ、蟹怪人と神の使徒の剣戟が始まる。

蟹の鋏はとにかく固い。

そして高速横移動で躱して、必殺の蟹ばさみを繰り出してくる。

私は、秘剣を次々と見舞うが、如何せん、人間に対する必殺の剣では、蟹に向いていなかった。


「これ以上の冒涜は決して許さん」

『偃月殺法』

刀が上段から徐々に回りながら下に動いていく。

下段から突如切り上げに振り挙げられる安綱。


幻惑を誘う剣の美しい動きの中に発する必殺の剣である。

だが、蟹はにやりと笑った。鋏が刀をつかんだ。


しかし、そこまではこちらが誘導していたのだが、蟹の頭ではわかるまい。

この間合いを図っていたのだ。


『日月神滅掌』蟹の腹に当てられた掌から発勁の力が迸る。

蟹の腹が爆発し、穴が開く。

『ギエエ~~~~』声にならない叫びを発する蟹。

しかし、遠慮する気などない。巨大な鋏の腕を捩じって引きちぎる。


『ギエエ~~~~』再度、声にならない叫びを発する蟹。

貴様の味噌を食ってやる!

(あまりにも、気持ちわるいので食べたくないが。)


蟹顔の目玉が動いた。

「そこか!」顔面の蟹部分を神滅掌で吹き飛ばす。

ついに、怪人は倒れたのだ。


私はこうして蟹怪人を倒した。

私は、またして敵機関との死闘に競り勝ち、生き延びたのである。


だが、は架空の設定なのに、敵の怪人が出てくるとはどういうことなのだろうか?

本当に、機関が存在するのだろうか?


その時気づいたのだが、腐乱死体はすでに人間の死体に変化していた。

今や、その死体の蟹部分が解け崩れていく。


足が解けて流れていく。

そうして、顔半分がなく、腹に穴が開き、片腕のもげた死体がその場に現れた。

そして、その隙間から小さな蟹がカサカサと歩き始める。


「逃がすか!おら~~!」高速の剣が、蟹を真っ二つに切り裂いた。

蟹は、キラキラと輝きながら消えていった。


「やはり機関のエージェントだったのか」


こうして、敵のエージェントの抹殺に成功したのである。


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