第51話 改名

051 改名


その戦いを遥か高みで見ていた者たちがいた。

天界と呼ばれる世界の住人達である。天界という名前であるから空にあるかと思うが、そうではない、異次元の世界と考えた方が良い場所である。


いつも暇で、何をしようかと考えている連中である。勘定の仕方は、1柱2柱と日本ではそう数えられている。


「こいつ、マジでおもろ~、機関って何よ?」

衣褲(きぬはかま)姿に美豆良(みづら)という髪型の男神が大笑いして転げ回っている。

女神は、十二単姿で扇で口元を隠して笑っている。


「なかなか、うまくいったな」今度は、トーガを纏ったギリシャ風の男が笑った。

「我が眷属を倒すとはなかなかやる」蟹を侵入させたのは、このギリシャ神である。


「私の楽しみを勝手にいじらないでいただきたいのですわ」と十二単。

「まあ、良いではないか、なかなかに興味深い人間だな」とみづら髪。


「まあ、そうですが、下手をうてば、わらわの計画が瓦解してしまいますわ」

「まあ、そういうな、別世界を作り出そうとあそんでいるのだ。少しくらい儂らも混ぜてもらっても罰は当たるまい」ひげを扱きながら、ギリシャ神はいった。


「しかし、自分で妙な設定するから、つい手を出してしまうな」

「いっそ、我等が機関とやらを、やればよいのではないか」

「あの薬、人間には、ヤバいだろ」男神が言う。


人間には、過ぎたる効能をもつ薬であることは明らかだった。

「いかにもいかにも、まあ、我等だけの秘密でよいではないか」ギリシャ神がまとめた。天界にも警察らしきものはあり、違法な(彼らの不文律ようなものを破る)行為行うものを制限している。

彼等が行なっている行為は、グレーゾーンである。

しかし、楽しみのためには、それは仕方がないのだ。彼らはそう考えるような存在なのである。


こうして、本当に機関が生まれてしまった。

秘密結社が誕生したのである。

これから、様々な怪人や事件が発生するのかもしれない。

それすら、彼らの楽しみになっていくことだろう。


・・・・・・・



蟹成分をすべて吹き飛ばされた、ルドルフ博士は、ついに人間の姿として復活する。

だが、奇妙な動きを繰り返して、心臓を吐き出してしまう。

そして、知らぬ間に、それを誰かに奪われて隠されてしまった。


この吐き出した心臓は、その人の生殺与奪を握る鍵である。


「大丈夫ですか?」

「ああ」ぼんやりと返事をする男。

「大丈夫ですか?」

「あなたは、」

「あなたはおぼれていたところを私が助けました」

「ええ?」確かに私は、自分で船から飛び降りたのだ。そして、おぼれて死んだはず。

何故甲板にいる。


周囲を見渡すと、見たことが有る船である。

そう、彼はこの船から飛び降りたのだ。


それは、間違いのない事実であるが、時間だけはかなり経過していたのだ。

だが、彼はそのことに気づきはしない。


「私の部屋に行きましょう」

彼は言われるままに行くことにした。

医務室はあったが、この人間の説明をどうしたらよいであろうか。

客船で、溺れた人間を助けることができるはずがない。


「私は、本当に生きているのでしょうか」

「ええ、私が助けたのです」

「船から飛び降りたはずなのですが」

「何か、悩みがあったのですか。私が相談に乗りましょう」男は話をはぐらかすのがとても得意だった。


ルドルフは、それから自殺したいきさつを語り始める。

「問題ありません、あなたはすでに、死んだことになっているのです。記憶喪失で通しましょう。そして一から出直すのです。鏡をごらんなさい。あなたは、もはや誰にも見咎められることもないでしょう」


薬の副作用で若返るのだ。

姿見で自分の姿を見た彼は、自分の若いころであることに気づいた。

「なんてことだ!」

そして、若いころに実験中の爆発で低下した視力も、眼鏡すらいらない裸眼視力2.0で治っているというのだ。

「どうですか」

「すごい、一体何が!」

「私が、私は『神の使徒』であるといえば信じてもらえるでしょうか」

「おお~神よ!」彼は跪き、十字を切った。


「私に力をお貸しください」男が立ったままルドルフに言う、その姿は後光が差している。

所謂、スキル後光である。特段の効果はないが、このような場面で大きな力を発揮する。

「喜んでお供します」ルドルフは膝まずいて、十字を切る。


自分の命が再誕したのだ。彼こそは神に違いない。彼はそう思った。

しかし、現実は違う神の側であったのだが。


別人であることを強調するために新しい名前を用意する。

「これから、あなたは、ウォルフガング・ディーゼルと名乗りましょう。ルドルフも狼に関連する名前ですから、どうでしょうか」

「はい、あなた様のいう通りにいたします」


完全に術中にはまったな。

まあ、いざというときの為の心臓もあるのだが。男が黒い笑みを浮かべているのをディーゼルが知ることは無い。


こうして、ウォルフガング・ディーゼル、が誕生した。

日本に帰国すれば、戸籍工作を行わなければならない。



英国で所定の行動(駐英日本大使館での郵便物の授受)を終えた。

我々は、日本への帰途に着く。

英国で、エンジン開発ための工作機械を発注し、シベ鉄で帰省したのである。


世界は、まだ平和であった。

まあ、死んだ人間が生き返るなどという奇妙な事件も発生してはいたが。


こうして、若返り別の人間となったウォルフガング・ディーゼルは日本で、働くことになったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る