第165話 不意打ち

165 不意打ち


ゴームレー中将の率いる新艦隊は、パナマ運河をようやく渡り終えた。

運河湖において攻撃を受けた場合、逃げる場所が少ないため危険だったが、何とか太平洋側にでることが出来たのである。


サンディエゴから通信では、スプルーアンス中将の攻撃により空母3隻にダメージを与えたため、攻勢は中止されるだろうと推測が添えられていた。

甲板などを破壊されると、上空の航空機は着艦できず不時着水して機体を棄てねばならない。そうして空母の航空攻撃力は失われるのだ。


だが、現実は違った。

米国製空母は非常に強靱で直ちに修理を起こない、収容を開始、他の2隻でも多くを収容。

余る機体は、後方の玉兎級空母で収容を完了した。投棄された戦闘機はなかったのだ。

そして、既に米国製空母の応急修理は終わり通常運行が行なわれていたのである。

当然、パナマ運河への攻撃は実行されることになる。


残念なことに、米空母は最新型であったが、搭載機はサンディエゴで受領する予定であり、今は丸裸の状態であった。

アイオワ級戦艦のみが守備のかなめであった。


そして、またしても奇妙なことが起こってしまう。

「前方に艦影!」

艦首の見張り要員がそれを発見したのである。

米国製レーダーには、何も映っていないのである。

「味方艦隊か?」

「わかりません」

その時レーダーの画面に、艦船の影が映り始める。

「レーダーに艦影!」

レーダー監視員が、見落としていたのか!

「馬鹿野郎!砲戦準備!」

全てが遅かったのである。


水平線上の艦船から発砲炎が確認できた。

「発砲しました!」

「当たるわけがない!」

そう、砲戦の常識では当たる訳がないのである。

兎に角、撃ってから照準を修正しながら近づけていくという作業(夾叉)が必要なのだ。

逆に言うと、初撃が当たることは無い。


ヒューンという轟音が響き、ものすごい衝撃が艦を襲う。

ゴームレーはつんのめって計器盤に顔面を打ち付けて、昏倒する。

第一砲塔に直撃した砲弾が、それを吹き飛ばした。

そして、艦首のすぐ隣で大火球が発生していた。

爆轟の衝撃波が、戦艦を襲う。

その破壊力のある衝撃波が戦艦を大きく傾ける。

ゴームレーの体は、今度は反対側に打ち付けられた。

その衝撃で、頸骨が骨折し、あえなく彼は死亡してしまったのである。


「司令!」

艦長席にいて無事だった艦長が声をかけるが、返事は無かった。耳もキ~ンという耳鳴りが激しく、自分が何を言っているのかすらわからない。しかし司令の首が奇妙な角度に曲がっているのはわかる。


「駄目です!誘爆が激しく消火できません」

副長が連絡を取りながら、叫んでいるのがようやく耳に入ってくる。


ひときわ激しい噴火のような爆発が第一砲塔付近で発生し、この戦艦の命運は決した。



一方。

ぐったりとした体を引きずりながら、マイクを握る男。

「合衆国兵士の諸君、私は、〇スラー総統である。」

「猊下、名前が間違っております。」肩書も間違っている。

「私は、月読国法王にして、同盟海軍最高司令官、咲夜玄兎元帥である」

果たして、そのような肩書が存在するのか知らないが、適当な男であるためわからない。

「さて、君たちの命と何隻でも製造できる空母、どちらが重要か決める時が来たのだ」

男はまたしても空母を鹵獲しようとしていた。


「どちらでも構わない。生か死か選び給え」

米空母にパイロットは存在しないので、乗員全員解放しても同盟海軍に何ら問題はなかった。

「早く決めよ。時間はもうあまりないのだ」


「10分以内に回答しなければ、こちらが砲撃を開始する、自沈するならば、一声かけてほしい。皆で見物させてもらう。救助は一切しないので、覚悟を決めるように」


エセックス級空母2隻は、スプルーアンス機動部隊のように逃げる場所がなかった。

運河を出た口には、カリフォルニア半島のような場所は無かったのだ。

出口側を同盟艦隊にふさがれるような形となっていた。


流石に空母で戦艦と戦うような無謀なことはできなった。

しかし、勇気のある駆逐艦が空母の前にでて発砲してくる。

なんとかして、彼らを逃そうと奮戦していた。


戦艦の主砲が直ちに反応して発砲する。

大爆発が起こり、轟沈する駆逐艦。


そして、その頃には、後続の玉兎級空母の艦載機が空に舞い始めたのである。

もはや、どうしようもなかった。

司令官ゴームレーは、既にアイオワ級戦艦で戦死しており、空母艦長が最先任である。

空母1隻には、2000人以上の人間が乗っている。

その命を救うことは、何物にも代えがたいように思える。

軍法会議ではどうなるだろう?

そういえば、以前そのような事例の時には、更迭されたが、逮捕されたりはしなかった。

米国空母鹵獲事件はこれまで何度か発生していた。

それは、海軍甲事件、乙事件などと呼ばれていた。


マストに白旗が登る。

「よい返事だ、直ちに駆逐艦に下船せよ、妙な真似をしたら、直ちに死が待っている。合衆国の守護聖人になりたくなければ、何もするな」

兎に角、艀船が近づいてきて、下船作業している空母に乗り込んでくる兵士たち。

様々な人種であった。

制服は、見慣れた日本海軍の物とは明らかに違っていた。

こうして、銃で脅しつけながらかなり強引に下船させられ、彼らを載せる駆逐艦や巡洋艦は鈴なりの状態で陸地に向かって進んでいく。

「そちらは、方角的に良いとは言えない、もっと合衆国を目指した方が良いだろう」

彼等はとにかく陸地に近づきたかったのである。

故に、運河の登り口の街に向かっていったのである。合衆国ではないが、運河の出口は米国の勢力範囲なのだ。


同盟艦隊は直ちに、エセックス級2隻をけん引しながら、運河から遠ざかる方へと動き出した。

またしても、空母を手に入れることに成功したのである。

後は、本国に連行して、SC125改装を行えば近代的空母としても戦っていけるに違いない。

そして、エセックスの構造を解析し、自国空母の完成度より確かなものへとしていくのである。


それにしても、同盟軍はついている。敵のレーダーの不備により2度も不意打ちをすることが出来たのである。勿論、同盟海軍の搭乗員たちは、神(法王)の御加護により不可能を加納にしたのであると信じて、固く信じていた。


しかし、そんなことが本当に可能であったのだろうか。謎は深まるばかりであった。

誰も謎にしていなかったが・・・。


米国海軍の軍事裁判では、件のレーダー監視員に対し、職務怠慢により銃殺刑と判決を下したという。




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