第96話 飛行艇

096 飛行艇


シコルスキーは、飛行機技師である。

彼の会社は、その頃、水上機を作っていた。

大型の4発水上機であり、旅客を乗せて旅をするための機体である。

飛行場のいらない水上機は、航空機黎明時から繁栄を開始した。

彼の水上機は、日本でも利用されていた。

ロシアでも利用されていた。


しかし、後に、衰退していくことになる。

だが、その水上機に目をつけた男がいる。

日本が戦う太平洋では、水上機は絶対に必要なのだ。

勿論、飛行場を作れれば、それに越したことは無い。

だが、水上機ならば、どこにでも降りられる。

日本こそ、もっと水上機に力を入れるべきであると確信していた。


そして、4発水上機の先には、4発爆撃機が当然存在した。

嘗ての帝国を知る男は、4発重爆撃機がないことを大変残念に思っていたのだ。

先進国ならば当然4発重爆を作るべきなのだと。

絶滅戦争では、必須のアイテムなのだと。


海軍は『十試大型飛行艇』の要求を川西出すことにしたが、そこには奇妙なことが書かれていた。シコルスキーアビアーツとの共同制作とすること。


海軍航空本部には、そのシコルスキーアビアーツの出資者が存在することは有名な事実である。世間で有名な、ロシアのスパイ伯爵である。

勇敢な日本の若者たちが、彼を倒そうと奮闘したが、残虐な拷問の末殺されたと噂されている。(血盟団事件とその後の殲滅作戦のことらしい)


シコルスキーは亡命ロシア人である。つまり彼は、スパイ伯爵と裏でつながっているのだ。


川西内部では大きくもめたが、シコルスキーの飛行艇技術を蔑ろにするわけにもいかず、さらには、海軍航空本部の命令に逆らう訳にもいかなかったのである。


その要求項目は破格で、簡単にいうと無理に見えた。

それは、かなり後に製造されるはずの2式飛行艇のものであったのだ。


だが、その無理な要求は、シコルスキーの経験と無謀な開発費により解決されていくことになる。そう、男には、数多くの2式大艇が必要だったからである。


巨大な資金の流れが川西に振り向けられる。

当然、できたものは、ロシア伯爵に筒抜けになるが、その金のでどころであれば仕方がないのかもしれない。


シコルスキーと川西はやがて2式飛行艇を開発する。ただ、2式と命名されるかどうかは不明だった。

遥か以前に完成するからである。(皇紀2602年以前のこと)

設計図はマルマル流出し、シコルスキーの工場で量産が開始される。

工場は、満州国とウラジオストクに作られていた。


その後川西は、強風、紫電と開発を進めるが、買い取り先は、ひそかに八咫烏師団となっていく。資本主義とは元来そのようなものである。


川西が、日月神教の傘下に組み込まれたような印象を受けるが、海軍よりも多くの機数を買い付ける用意があり、ある程度の資金も前払いといいことづくめであった。

海軍の仕事は何でも縛りつけて、偉そうに命令されて修正させられるが、ここの仕事は自由にやらせてもらえる。

しかも、機数が多い。100、200単位で発注される。

既に、戦争することを決めているかのように迷いがない。


同様なことが、愛知航空機でも起こっていた。

ようやく99式艦爆の正式採用に向けて努力がなされていた、しかし、この艦爆も折り畳み翼を装着することになっていた。

そして、技本の総務部長からは、この次の機体もできる限り早く開発せよと内内に命じられる。そのための資金提供も打診される。

愛知は、それが海軍の仕事であると考えていたが、実は完全な私的資金だとは気づかなかった。


そのような大金を個人が出せるはずがない、それだけの額であった。

だが、世界は広い、そのような真似を出来る人間がいるのであった。


逆に、『流星』なる艦攻と艦爆を同時に熟せる航空機を開発するようにと依頼される始末だった。


それらを同時に開発していくことは非常に難しいことだったろう。

愛知はそれほど大きな会社ではない。

しかし、大量の資金が供与されて、それは可能になっていく。


川西、愛知とも、謎資金の大量投入で、非常に素早い仕事をこなすことができるようになっていった。


だが、そのような航空機を作るうえで問題になるのは、やはりエンジンである。

機体は開発可能でも、そもそも何馬力のどの程度の大きさのエンジンを載せるのかというものが非常に重要になる。


いともたやすく答えが出る。

「ディーゼル社の星形18気筒エンジン、1500馬力、完成品は、仙台工場にて実見いたすべし」

ウォルフガング・ディーゼルが、世界各国のエンジンなどを取り寄せ、完成させたエンジンである。未だターボはつけていないが、それを換装すればさらに馬力を挙げることも可能であった。しかし、企業秘密で伏せられた。


この航空機エンジンを海軍に見せれば、おそらくこういう答えが返ってくるだろう。

「いかにも、直径が大きいのではないか?これでは空力抵抗が大きくなってしまうだろう。もう少し小さくならないのか?」


後に、ゼロ戦に搭載されるであろう栄エンジンは直径1150mmである。

一方このエンジンは、直径1341mmである。

どうしても、頭でっかちになってしまうのは仕方がない。

だが、敢えてこのように大型にしているのである。

ディーゼル社の技術で1150mmのエンジン作ることは勿論可能だが、この栄エンジンは出来が良すぎたのだ。


小さくてコンパクト軽くて低燃費と非の打ち所がないエンジンだった。

しかし、それ故拡張性が乏しかったのだ。

完璧すぎたのだ。


そしてこのエンジンは、猛威を振るう。

戦闘機の格闘戦で物凄い威力を発揮したのだった。


だが、それが終わりの始まりであると考える人間もいるということだ。

敢えて大口径にし、改良の余地を持たせているのである。





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