第180話 神の啓示

180 神の啓示


「電文、ホーン岬のウィリウォウは冷たし」

「敵艦隊はホーン岬を通過した模様です」


既に、連邦艦隊の主力部隊はチリ沖において迎撃の準備を整えていた。

そして、水中数十メートルのところにある温度変化域の下には、息をひそめた潜水艦戦隊が潜んでいる。


決戦が開始され、敗走する敵艦隊に雷撃を食らわせるためである。

そう、米国艦隊はすでに敗戦することが決定されていたのである。


法王直々の親征である。皇国が負けるわけにはいかない。

狂信者たちにとってはまったくもって理の当然である。


大和に匹敵する大戦艦モンタナが敵にあったとしても、既に大和よりもはるかに大型んお戦艦超大和級が存在する。

空母が数隻存在しようとこちらの空母ははるかにそれを上回っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


「兵士諸君、この一戦こそ、平和への第一歩である。まさに皇国の興廃はこの一戦にあり、全軍任務を全うせよ!」

「オオオオオオオオ~~~~!」

言外には、命を賭けても敵を殲滅せよと言っている。

確かに大規模海戦ではあるが、米国太平洋艦隊はこれまでも殲滅されてもまたしても復活を遂げるという大国の力を示していたのである。


だが、この戦いが最後になるとでも言いたげな科白せりふであった。

しかし、全軍十万以上の兵士の中にそのことを疑うものなど一人としいていない。


彼等はルナシストの集団、たとえそれが全くの嘘でも構わない。法王の言葉こそが真実であるからだ。黒であろうが法王が白といえば皆それが白いものであると答えるであろう。


逆に、自分の力でその言葉の正しさを示すために命を賭けて精励するだけである。


米国の経済力にも明らかに陰りが見えていた、度重なる爆撃で工業地帯にもダメージが蓄積していた。そして、工員不足が顕著になってきていた。

既に100万人以上の人間が太平洋方面で死んでいた。

ヨーロッパ戦線ではもっとひどい被害が発生していた。


大西洋を越えてくる爆撃機は日に日に増えていた。

主にB1爆撃機だったが。


それでも、港湾ドックでは今日も空母と戦艦を量産している。

時間はかかるのだが。


・・・・・・・・・


太平洋艦隊第5艦隊

旗艦モンタナの司令官室。

司令官に就任した人物は、ビル・ハルゼー中将である。


彼は、先の戦い(第一次太平洋戦争初戦)で負傷し、ほとんど半死半生の世界を彷徨っていた。

退役していたのである。


だが、ある日を境に急速に回復していた。

失った片目に眼帯、失った片腕に義手、失った片足に義足を装着し立ち上がったのである。

「神が私を必要としている!」

立ち上がったハルゼーが放った第一声がそれである。

「すべての猿どもを地上から一匹残らず始末する!」

片目から赤い光が漏れだすほどの怒りがこもっていた。


そのハルゼーは寝台で夢を見ていた。

敵艦隊は近い。明日からは、警戒を厳にしなければならない。

此方が、ホーン岬を回ったことは知られているに違いない。


神の声が聞こえる彼にはわかる。

チリ沖に敵の大艦隊が展開して私を待っている。

この数では勝てない。

だが、目的はそこではない。

神の敵を倒すことだけを考えるのだ。


神を穢す宗教を立ち上げた罪人を断罪するのだ。

「私こそが神の使徒!」

今の彼の中にある思いはそれであった。


敵は、大戦艦にいる。

如何にしてそこに突入するか?

それは不可能に思えることだった。

たとえ、新型戦艦モンタナであったとしてもそれは不可能に思えたのである。


その映像は空中から俯瞰したように見えた。

敵の大艦隊(水上打撃部隊)が展開し高速で侵攻してくる。

そのはるか後方では空母部隊から次々と航空機が発艦している。


これだけの大艦隊が!これを黄色い猿がつくったというのか!


規模では到底対抗することは不可能だったろう。

個々の性能はどうだろうか!

しかし、よく見れば大和級はモンタナと同程度の力をもっているように見えた。


艦隊決戦が開始される。

航空機同士が戦い始める。

圧倒的な数に翻弄される米海軍機。

次々と被害が発生する米艦隊。

ようやく砲撃戦の距離まで進行した時、突然、横から新たな打撃部隊が殴り込みをかけてくる。

満身創痍の米艦隊に対応するすべはない。

敵の遊撃艦隊が迂回して襲ってくる手筈だったのだ。

万事休す。

モンタナが大炎上する。

的確な砲撃がモンタナを破壊する。


「馬鹿な!神の栄光を背負った我が艦隊が!」


その時、ハルゼーが眼を覚ました。

嫌な汗が体中に伝う。


敵の別動隊に注意すべしという神の啓示なのか!

「忌々しい!どうやったら奴らを焼き殺すことが出来るというのだ」

自分の命、兵士の命など端から眼中になかった。

そう、失った片目では、命の大切さなど見ることはかなわない。

今の彼の心の中にあるものは、神の意志を如何にして、実現するかだけである。


そういえば、レーダーに突然映るという現象が報告されていた。

それは軍事法廷で争われていた事項である。

監視を怠っていた兵士は、「明らかに何も映っていなかったなんです」

といっていたらしい。


如何に、監視を怠っていたとしても、50Km以内迄の接近を許すほど怠るというのも不思議な話である。(レーダーは約150Km程度はカバーする。敵が100Kmも進む間、見落とさなければならなくなるのだ)

レーダーは常に監視しており、常に全周を警戒しているのだ。

それを欺く何かの方法があるのではないか、それでなくては、横腹を遊撃部隊に襲われるはずがない。


何らかの、神を欺く手段をあの猿たちが手に入れている可能性があるのではないか!


ハルゼーの頭の中に何かが渦巻いて、もう少しで手がかりがつかめるかもしれない。

奴等に神罰を与える機会を神は必ず与えてくれる。


「ゴッドブレスユー」

そのような声が聞こえたようにハルゼーには思えた。

彼の眼がまたしても赤く光る。


ハルゼーが不敵な笑顔を作り、不気味に口元が吊り上がった瞬間であった。





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