第84話 石原莞爾
084 石原莞爾
1931年(照和6年)
満州地区奉天市。
関東軍司令部にある男が訪問していた。
新興宗教『日月神教』教祖である。
訪問相手は、関東軍参謀石原莞爾中佐である。
「海軍さんがこんな内陸まで珍しいですな」
「そうですな、私は、海軍大佐咲夜と申します」
「それで、その海軍大佐が何用ですかな」
もともと、石原は、反骨の機運の人物なので、自分よりも格上でも物怖じすることが無い。
「本日は、軍事向きの話ではありません、少しあなたの世界感に関して聞きたいと思いましてね」
「今の私は忙しいので、そのような用向きの話は後日にしていただきたい」
明らかにいら立っている。
「なるほど、忙しそうですな」
これから仕掛ける事件についての仕事が山積しているのであろうか。
「何をおっしゃりたいのか、見当がつきません」
「まあ、いいではないですか、止めに来たわけではありません。」
拳銃に手をかける石原。
「あなたの拳銃は、帝国製ですか」
「わが社の、自動拳銃の方が性能は上でしょう」
既に、拳銃は、ブローニング兎印の自動拳銃が帝国陸軍に浸透している。
「すぐにここを去った方が身のためですぞ」
「まあまあ、私は意見に近いものがあるので、助力に来たのですがね」と海軍の男は予想外のことを言ったのである。
「何を言いたいのですか」
「天才の石原殿ならばわかるかと思ったのですが」
石原の銃把を握る手に力が入る。
「因みにその銃では、私は撃てません。というか、あなたの能力では私を撃てません」
石原は成績こそ優れているが、この男のように人間離れした運動能力をもっていない。
「愚弄する気か!」
ホルスターから銃を抜き出す。
しかし、その手首を叩かれて銃を落としてしまう。
「この銃をこれからは使いなさい」ブローニング(兎印)M1903自動拳銃であった。
「この銃の方が優れていますから」
身体チェックは行われており、拳銃をもって入ることができる部外者はいないはずだが、この男は、何事もなくそれを取り出した。
「ところで、挨拶はこの辺で終わりにして中身に入りたいのですが、よろしいか」と男は何事もなかったかのようである。
「あなたの終末戦争論には大きく引かれるものがありました。つまり、アジアの雄たらんとすれば、いずれ太平洋の派遣をかけて米国と争わねばならなくなる。まさに、この満州利権の日本による独占を米国は許さないでしょう。
それに対抗するには、アジアの盟主にならねばならないというのもあながち間違ってはいないと思います。
しかし、現実はそうはいかない。中国には、中華思想が存在し、朝鮮には、半島意識が存在する。中華に隣接した各国も中華に対する恨みがある。これを纏めることなど不可能であると言わざるを得ません」
「だが、この満州を後背地として、物資生産・補給の基地として運用するという観点では全く同意します。日本のような小さな島では、爆撃されて終わってしまう。ぜひとも後背地として満州を維持したいものです」
何とも言い難い表情の石原中佐。
今迄、この世界感を理解できるものはいなかった。
「しかし、ですよ。あなたの一挙が、日本を暴走させる一手になるとしたら少しは慎重にしなければならないのではないのでしょうか」
「何の話ですかな」
「そう、たとえ話ですが、関東軍の暴走将校が、北方軍閥の長を爆殺し、満州を占領しようとすれば、それこそ米国が黙っておりません」
「貴様!」
「まあ、待ちなさい。あなた方が動けば、明らかにばれるでしょう。その工作活動を我々で行いましょう。その代わり、あなた方は、軍上層部の命令に従うのです」
そこには、感情の欠片もない表情の人間が座っていた。
「その代わり、満州における開発を我々に一部優先させてもらいたい、欲しい場所がいくつかあるのです」と男は穏やかに言った。
「鉄鉱石と石炭か!」当然資源が埋蔵されている土地であろう。
そんなことは認められなない。
「いいえ、撫順やアンシャンではありませんので、そこらへんはご自由にしてください」
「だが、海軍が動く部隊をもっているのか?」
「誰も海軍が動くなどと言った覚えはありませんが、動くのは、我が『八咫烏師団』なので、撃ち殺したければ攻撃していただいて結構です。彼等も、反撃します。その方が真実味があるでしょう」
「それに、この作戦では尊い犠牲を陸軍から出すことになりますので、その事についてはご了承願いたい」
薄ら寒い笑顔を向けられて、石原は冷や汗が流れた。
ここにいるのは、本当に人間なのか?すでに、列車爆破計画が知られているのか?
作戦計画案なる文書が手渡される。
その中身を見た石原は、やはり凍り付いた。
「これを見た以上、否やはありません。中佐が反対であれば、板垣さんにお願いすることになるでしょう。」板垣は、石原の上司に当たる。
「だがこれは、これは本当に実行するのか」
「あなたたちが起こす予定の行動は、後に日中戦争へと発展する危険な導火線なのですよ、一人二人死んでもどうこうないでしょう。それに彼らは、国家の英雄になれるのですから、何の愁いがあるというのですか」
「本気か?」
「石原、今決めろ!覚悟がないなら、今すぐ自決しろ!」突然、豹変した男のがらんどうの瞳が石原を見ている。
従わなければ、自決させられる!石原は化け物ににらまれたカエルのような心境に陥っていた。
満州事変の性質は大きく変わろうとしていた。
その作戦案には、彼らが考えていたものとは大きく違うものが書かれていた。
そして、決して、嫌とは言えない。
この男は簡単に、自分を撃ち殺す。
その予感がヒシヒシと押し寄せていた。
石原は窮まっていた。
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