第195話 ウーデッドという男
195 ウーデッドという男
ついに、その日がやってきてしまった。
重い体を引きずりながらウーデッドは目を覚ます。
失敗はできない。
失敗すれば身の破滅。
近ごろ酒量が増えた。
皇国との窓口は、ウーデッド上級大将である。
ナチスでは勿論、無理だ。彼らトラブルを好んで引き起こす。
皇国は、危険な存在である。特に法王は、特に危険な存在である。
怒らせれば、ドイツ本土を爆撃させることにためらいはないだろう。
そんなこともわからない、馬鹿野郎たち。
欧州ではすでに敵はない。
故に、ナチスはやりたい放題である。
ドイツ空軍にしても、ゲーリングが好き勝手にやっており、彼等に任せるとやはり問題を起こすに違いない。
そういう意味で、ウーデッドは気が休まらない。
◇◇◇
ドイツ占領下の英国の航空基地
神聖皇国の新型爆撃機は大西洋横断爆撃を行い、また帰ってくることが可能だ。
そのような、爆撃機はドイツにはまだない。
ドイツ空軍はすぐに売ってくれとせがんだが、その態度を見ればいつ自分に向けるかもわからないような人間に売るのは、自分を攻撃させるのと変わりがないことに誰もが気づく。
ナチスに至ってはもってのほかである。
彼等は、黄色人種は劣等種族と見做している。
総統の著書にそのように書かれているのだ。間違いない事実である。
当然の反応である。
同盟しているから、まだましな対応をしているだけに過ぎない。
米国が弱っている。
英国はすでに手段を失っている。
同盟の価値は下がっている。
そもそも、連邦とは同盟を結んですらいない。
同盟的な物である。
いよいよ、昨日の友は今日の敵に見えてくるというものである。
そういう意味もあり、連邦は米国との休戦に動き始めている。
太平洋の覇権はすでに手中に収めており、米国に反撃する手段は、今後10年以上ないであろう。
太平洋の主要な島には悉く、難攻不落の要塞が建設されるだろう。
島を10も落とせば20万人の死者が出るだろう、そのような死者が出る戦いを、民主主義の米国では戦えない。
連邦側は明確な意味を持って休戦するのだ。
ドイツを牽制するための敵が必要なのである。
そして、原子爆弾。厄介なことに、米国の東海岸の工業地帯に潜水艦による自爆攻撃を決行させた。これにより、米国の造船業は致命的な打撃を受けた。
米国側はまだ知らないかもしれないが、ドイツ側には勿論解っている。
出ていった潜水艦の数が少ないのであるからわかろうというもの。
それは、核をもっているという意味を含めているのだ。
ウーデッドは当然そう考えている。
自分達に手を出せば次は貴様だ、という脅迫の意味も込めているに違いない。
それすらもわからずに、連邦の新型爆撃機を奪おうというのだ、まさに狂気の沙汰である。
ウラル山脈からベルリンまで余裕で飛んでくるというのにだ。
何故彼らはそこまで増長するのだ。
欧州覇者でもう満足ではないか。
アラブの油田、アフリカの資源地帯を絶妙に先んじられたが、欧州にもまだ資源はある。
そして何よりも、法王は危険なのだ。
何を考えているのかわからない恐ろしさがある。
奥底に何かを住まわせている狂気の人。
決して知ってはならない野望に触れたら、自分は生きていけないに違いない。
そして、そんな危険な代物に触れるのが今日である。
今日、新型爆撃機がやってくる。
挑発するかのように、機数と日時を明示してきた。
何度も、ナチスの動きが怪しいと伝えていたにも関わらずだ。
彼等は、やらせる気に違いない。
何かを仕掛けてきているのだ。
ウーデッドは、何度目かのため息を吐いた。
新型爆撃機(銀河)は、当初、ウラル山脈後方からドイツ領空を飛び、英国ロンドン郊外の連邦基地(ドイツ軍から租借)に直通するという飛行計画であった。
故にウーデッドは、英国基地で待っていた。
もともと飛行機の技師でもあるウーデッドもこの新型には興味があった。
ジェット爆撃機なのだという。ジェットの場合は後続距離が極端に短くなるはずだが、十分な距離を飛べるというのだ。どのような技術革新が行なわれたというのだろうか。
ソ連内で行われた皇国の『ペーパークリップ作戦』により、ソ連の技術者の大勢が連邦に亡命してから、連邦の航空技術は飛躍的に向上しているようだった。
ツポレフB1(飛龍)の2重反転プロペラやウィングレットなどは、彼等が考え出した技術なのだろう。
しかし、ジェットの場合はエンジンの過熱が大きな問題になる。
長い時間燃料を燃やせば高熱が原因でエンジン部品が解け落ちる問題などが存在している。
彼等はどのようにしてそれを解決したのだろうか?
時間が経過しても飛行機は来なかった。
総統府から基地内に電話があり、急遽、ベルリンで着陸したようだった。
それは総統自らの要請でもあったが、向こう側が機密を理由に拒否したのだが、なんらかのトラブルがあって、ベルリン郊外の基地に着陸したらしい。
急遽、総統がその新型機を視察したようだった。
「絶対に、誘ってやがる」口にこそださなかったが、連邦側の意思はあきらかだった。
絶対に欲しがるように仕向けた。おもちゃを目の前において見せたのだ。
そのようにウーデッドが疑っていたころ、総統はこれが我が軍の爆撃機になるのかと思いながら、それの外側をじっくり見ながらすでに気分に浸っていた。
ドイツの技術力があれば、リバースエンジニアリングなど容易い話だ。
彼は自信をもってその巨大なターボファンエンジンを見ていた。
「機長、今、エンジンを動かせば、ヒトラーをやれますね」
副操縦士が、ターボファンエンジンの前で立っている小男を見ながらそういった。
「そうだな、全くだ。人間が吸い込まれるとか考えてなさそうだな」
「歴史に名を残せるかもしれませんよ」
「法王猊下はそのようにお命じになるならそうするが、そのような命令は無かったと記憶しているが」機長の顔は厳しいものになった。
「申し訳ありません。任務を遂行します」
「よろしい」
コックピットでそのような危険な会話をされているとも知らず、ヒトラーは終始ご機嫌でそのジェット機(今でいうジャンボジェット機にほぼ近いもの)を見ていた。
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