第121話 夜間狙撃事件
121 夜間狙撃事件
ニミッツは、太平洋艦隊司令部(サンフランシスコ)に直ちに大規模な輸送を行うように命じる。
それと同時に大統領あてにも同様の依頼を行った。
彼が何よりも気がかりだったのは、住民たちのことである。
そもそも、このハワイは米国領ではなく独立王国だった。
つまり独立した国家であったのだ。
それを武力により制圧し、合衆国の領土にしてしまったのだ。
彼等の中にはそれを覚えている者も多くいただろう。
そして何より、この島には日系人が多く居住していた。
それらを抑え込んでいたのは、米国陸軍である。
しかしその頼りの陸軍が手痛い打撃をこうむってしまったのだ。
そして、人々の不満を増幅させるかのような食料、物資の不足。
街中には、不穏な空気が漂っているという。
興奮状態の市民がいる傍ら、日本軍のあまりの攻撃に精神をやられて閉じこもってしまう市民も多くいた。
これでは、基地復興が遅れてしまう。
一刻も早く陸軍の増強と、生活安定に向けた物資が欠かせないと判断したのである。
夜の街には、警備のために陸軍の兵士たちが巡回していた。
夜間外出禁止が市民たちに命じられている。
「クソ、なんで腹が減っているのに、巡回なんかさせるんだ」
「しかたねえだろ、街中、日系人がいるんだぞ、奴等が何かするかもしれんだろ」
「早く、収容所へでもぶち込んでやればいいだろ」
「馬鹿野郎、その収容所すら作れないのが今の現状だ」
白人兵が言い合いをしながら、歩いている。彼等も食料不足で荒んでいた。
日系人を本国に送致して強制収容所に入れる計画がひそかに進んでいるのだ。
しかし、その送致する船がつかないのである。
・・・・・・・・・・
同じころ、街の日系人の家の地下室。
「あなた方は、このまま強制収容所に入れられるのを甘んじて待つおつもりですか、その収容段階ですべての財産も強制的に徴収されるのですが」
「そんな馬鹿なことが起こる訳はありません、この国は民主主義の国のはずです」
「それは、白人にとっての民主主義なのです、ご苦労されたあなた方がそれを知らないはずはないでしょう」彼らは態の良い労働力として驢馬のようにこき使われてきたのだ。
日月神教の宣教師が日系人の家を訪問して夜に、このような会話を行っていた。
これはアジテーションなどではなく、確実起こる未来を述べているだけなのである。
「ですが」
「我々は、神子様のお言葉を伝えるにしかすぎません。神子様は、同胞であるあなた方が苦労されるのに忍びないので何とかしてあげなさいと、我々にこの使命を託されたのです。あなた方を説得できないのは、我々の至らなさなので何も心配されることはありません。」
宣教師というのは表向きにすぎず、彼らは特殊部隊の隊員である。
特殊部隊とはいうものの、特殊部隊というものが存在するわけではない。
彼等は兵士の中でも精鋭である。精鋭とはすべて、現在の特殊部隊員のような活動ができるというに過ぎないのである。
「あなた方が我々に協力していただけなくても問題ありません。我々は神子様の言葉、想いをあなた方に届けることができました。神子様ご本人のお言葉を給われれば、あなた方もすぐに心を打たれて、理解していただけたでしょう。我々の力が足りないばかりに、神子様の想いを伝えきれず残念でなりません」
彼等が悔しい顔をしているのは、神子のためなのであった。
「ですが、いざというときの備えは必要でしょう、まあ、抵抗せず収容所に入られるのはあなた方の選択です。しかし、抵抗されるなら武器が必要でしょう、これをお渡ししておきます」
それは拳銃であった。
ブローニング兎自動拳銃であった。
世界的にヒットした商品である。
真珠湾強襲作戦後に、K作戦機が夜間に人目のつかない遠い場所に、パラシュートで落とした箱には、武器弾薬が満載されていた。
その中の武器がこれらであった。
「使い方は流石にわかりますね」
「ええ、」日系人たちもハワイで住むうちに、銃の扱いくらいは覚えていた。
「では、私たちはこれで失礼します」
宣教師たちはたちあがり、その家を辞去する。
日系人たちは、遅くまで相談した。
祖国になった合衆国が我々を強制収容所に入れるなどありえない。しかも、財産没収?
ありえない!
我々は曲がりなりにも国民なのだ。
多くの人々はそう考えていた。
しかし、現実は人々の淡き理想を簡単に打ち砕く。
それが現実というものなのだ。
・・・・・・・・・・・・
薄暗い街中を警邏している陸軍兵。
通りの真ん中に差し掛かった。
その時、兵士の頭が弾けた。
「うわ!」隣にいた兵士は思わず避けた。
「おい!大丈夫か!」頭を砕かれた兵士が大丈夫なはずがないのだが、あまりにも現実の光景が受け入れられないときに人は、奇妙な言葉を口走る。
兵士の体を介抱しようと蹲った兵士の頭が弾けた。
連続兵士狙撃事件がこのときから始まったのである。
・・・・・・・・
陸軍MPが夜間警邏の兵士の死体が発見された事件現場を調べている。
「明らかに、狙撃されている、銃声は聞いた住民がいないそうだが本当か」
「はい、いないようです」
「しかし、昨日の夜なんだろう、これはライフル銃での狙撃だぞ」
夜間の警邏から帰らないのを不審に思ったもの達が、捜索してこの死体を発見したのである。夜間に狙撃など不可能なのだが、きっと街明りが手伝ったのではないか。
それにしても、ライフル銃で狙撃されている。
拳銃弾ではこのような凄惨な姿にはならない。
しかも銃撃の音をきいた住民もいないなどおかしな話であった。
銃を発射すれば大きな音が発するのだ。
少なくとも事件現場は、街中であり、周囲250mには民家が密集しているのだ、聞いていないなどありえない。
「徹底的に聞き込みを行え、日系人が多いから嘘を言っている可能性もある、疑って掛かれ」
下手をすれば、住民ぐるみで隠ぺいしている可能性すらあるのだ。
「なんで、日系移民など受け入れたのだ」憲兵はそう吐き捨てた。
あんなに努力した彼等は報いられることなく、白人社会に受け入れられることもなかったのだった。
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