第143話 黒き死神

143 黒き死神


満州国土、特に中国国境付近には、満州軍(名称を関東軍から満州軍に変更)と某国の国旗をつけた部隊などが駐屯している。


戦争を勝手にやめた大日本帝国だったが、周辺には欧米列強から独立した若い国々はひどく動揺していた。これでは、またしても植民地に戻されてしまう。彼らの恐怖も尤もなことである。

既に、100年以上も支配され続けられれば、癖になってしまう。

染みついた奴隷根性が、露呈してくるのである。


その国々を勇気づけたのは、誰あろう、某教団の自称『神の代理』であった。

「一国一国は弱くとも、団結すれば生き延びられる。それには、団結が不可欠。さあ、我が神教に入信し、ともに未来を切り開くのだ!」


壇上から男が叫べば、会場の数万にも上る信者たちが、絶叫を上げる。

「我が教団の力を頼めば、米欧など何ほどのことが有ろうか!」

「オオオオオオオオ~~~~」


「先の戦争では、我々の兵器が米国を圧倒し蹂躙したのである。君たちにも戦士の資格を与えようではないか!」

「オオオオオオオオ~~~~」


戦士の資格ではなく、戦死の資格が与えられていることに気づくものは少なかった。

兎にも角にも、自らの国を守るためには、近代的な兵器が必要な事は間違いない事実であり、入手するその条件は、入信することであった。


多くの生誕後すぐのアジア諸国が承諾し、同盟へと参加する。未来像よりも今生き延びることが喫緊の課題なのである。理想よりも現実が優先される。

同盟の中心は、ロシア皇国と満州国、そしてニューギニア王国、ハワイ王国で同盟国が攻撃を受けた際は、全ての同盟国が応援に参戦することが取り決められた。


そして、かつての連合艦隊第7艦隊は、『同盟艦隊』へと名称を変更し、最前線のハワイに駐留することになったのである。


このころには、真珠湾は整備され、より強力な要塞港湾へと変貌していた。


ロシア、満州で製造される武器は、同盟諸国に販売され、同盟諸国は、資源や人材で供出することで其れを購入していったのである。


今や、神教『月読教団』の信者は、数億に達した。

まさに、歴史を塗り替えるような事態であった。


・・・・・・・・・・・・・


「中国本土上空に大規模編隊を確認、戦略爆撃機の集団と思われる、全機緊急発進。これは想定された、戦略爆撃であると思われる、迎撃部隊全機発進せよ、工業地帯を守れ!」


大連航空基地内に、サイレンが響く。

戦時中は、ミコヤンに似た戦闘機だったが、今は進化を遂げ2発エンジンへと変貌した、ジェット戦闘機が、滑走路に侵入していく。


あの男が予備役に編入されてからも兵器開発は進んでいた。

当然であろう。

男は、この戦争が再び始まることを確信していた。

欧米が、黄色人種に負けたままにしておくことなど絶対ないからだ。

それに、起こらない場合でも全く問題ない。


何故なら、こちらから仕掛ければいいからだ。勝てる戦争であれば仕掛けても何ら問題にならない。

この休戦期間に、兵器開発をより加速させていたのである。


タービンの回る音が甲高く響く。

猛然と炎を吐き出すエンジン。

マットブラックに塗られた戦闘機が、轟音を響かせながら、舞い上がっていく。


「方位210へ迎え」

管制からの命令が出る。

「了解」


高度1万メートル。

この高さでは、酸素が希薄になり過給機がないと上手く飛ぶことができない。

B29爆撃機編隊は、眼下に雲を見ながら飛んでいく。

いよいよ、イエローモンキーどものけつの穴に爆弾をたらふくぶち込んでやれるぜ!

機長はヤンキーらしい考え方でニヤついていた。

彼等は、下等な猿が、この高高度飛べる戦闘機を作れるはずがないと信じていた。

確かに、ゼロ戦はたいしたものだったが、今ではそれを越える戦闘機がゼロ戦を叩き落としているに違いない。


大連攻撃と同時進行で、日本本土への攻撃が行なわれているのである。


そして、彼等の別動隊は、九州の工業地帯を爆撃する。

自分たちは、同盟国の満州の工業地帯を爆撃する。


「猿どもを吹き飛ばしてやるぞ!」

「イェ~」

乗員たちが答える。

ついにその時がきたのだ。


神の裁きを与えてやらねばならないのだ!


だが、得てしてそのような感を抱いた瞬間が最も危ない時である。

「敵機直上!」

高速で落下してくるジェット戦闘機の機関砲が火を噴いた。

その砲弾は、キャノピーを破壊して、機長を肉塊に変えた。


「一機撃墜!」

それは、人間離れしているといわれていた、あの男の長男が放った言葉であった。

あっという間のことだった。

十数機が爆炎に包まれながら落下していく。


急速落下した戦闘機は、急激に機首を持ち上げて、高度を回復し、爆撃機隊の後ろに付いた。

爆撃機から12.7mm機銃が放たれるが、それの届く距離ではなかった。

その男は、機銃弾の届かぬ範囲に食らいつく。

「ミサイル発射、フォックスツー!」

6発のロケットが翼下から離れ、落下しながら引火し、直進を始める。

ようやく、僚機が彼の後ろに付いたときには、ミサイルが全弾命中して、さらに2機のB29が落下し始めたときだった。


50機近い大編隊の半数が何もすることなく、墜落していく。

編隊の隊形も大きく乱れ、防御に穴が開き、そこに敵戦闘機が飛び込んでくる。

次々とミサイルと機関砲で撃ち落とされる仲間を見る機長。

絶叫する、通信士。

空の世界は絶望的な惨状になっていた。


その中でも、人間離れした飛行技術を見せながら、咲夜龍兎は鬼神の働きで、その日だけでB29、7機を撃墜したのである。


誰も知らないことだが、彼の放った機関砲で当たらなかった弾は一発もなかった。

もはや、化け物であること間違いない。かつて隊長から言われたことである。


こうして大連の地は守られたのである。




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