第18話 桜の木の下

018 桜の木の下


血まみれになった子供が、自分を見据えていた。

その眼光には、何の表情も浮かんでいない。

人の死に何の感慨もないのだった。


そして、その眼が次はお前の番だと告げていた。

一方の若い男の方も、ヤクザ達を、大根でもきるかのように撫で切りにしていた。

真っ赤に染まった顔がやはりこちらを睨んでいた。

此方には、殺気が宿っている。


赤鬼のような若い男、しかし子供の方は、赤い悪魔のようだった。

自分の足元には、血が流れてびちゃびちゃになっていた。


「助けて!助けて!」

小便を垂れ流しながら懇願した。ヤクザに入ってからこんなに恐ろしいことに出くわしたのは初めてだった。


だが、これほど殺しをみられては生かすことは難しい。

悪魔の突きが喉を貫き、鬼の剛剣が脇腹に振るわれた。

上下が分かれて砕け落ちる、


「しかし、これだけの死体をどうする」山口が聞いてくる。

「大丈夫です、神の力を見せましょう」


そこには山桜が埋まっていた。

「さあ、死体をこの木の根元に運んでください。さあ、父さんも早く」

「はい」あまりの戦闘に声を失っていた父がおっかなびっくりで死体を引っ張り始める。

山桜の根元に30名の遺体が積み上げられる。


「で?」

もはや血まみれの姿で山口が聞いてくる。

「山桜に任せましょう」

桜の木の根がうねりながら這い出して来る。

それは次々と自分の根元に死体を掻きこんでいく。


15分もすれば死体はなくなった。

血まみれだった道も、草が血を吸い取った。


そしてそこには、何も残らなかった。

「神の力というよりは、悪魔の力じゃないのかい」と山口が言う。

「さあ、早く沢で血を洗い流しましょう、流石にみられると不味いでしょう」


こうして、30分で何も起こらなかったような静けさが戻る。


「さあ、枯れた木に力を授けましょう」両手を枯れた護謨の木の山に向ける。

両手から神の力が放射されると、先ほどまで枯れていた木が息を吹き返す。


隣の山の枯れ果てた護謨の木の苗にも力を送り届ける。

するとこちらも、生き返っていく。それは伝説の花咲かじいさんの力のようだった。


こうして、敵のエージェントを倒した我々は家路についた。

未だ明けやらぬ朝である。

もうすぐ、護謨の樹液を採取に使用人がやってくるだろう。

今日も何事もなく過ごせることだろう。



商会の方から、幹部に対する失踪人届が出され、捜索されたのだが、行方は分からなかった。

七年も経てば失踪宣告が出されるであろう。


警察官がまず家にやってきて調べたてたが、証拠など早々ある訳もない。

護謨の仕事がうまくいかないので、夜逃げしたのではないかと答えておく。

賭けの所為で、商会の土地が此方に渡ったことを説明してやった。


こうして商会の護謨事業奪取作戦は完全に失敗に終わり、こちらは、商会が買い占めた土地を種代として受け取っていた金で格安に買い取ったのである。

そして、栽培面積を増大させ、より大きな事業へと発展させていくことになった。


何故、商売仇のこちらに土地を売る気になったのか聞いてみた。

「あいつが、毎晩、枕元経つんだよ、自分の頭はどこにおいてありますか旦那様と」

蒼白な顔でこう独白したのである。

頭も一緒に桜に食わせたのだが、うまくいっていないのだろうか。


まあ、そのような些細なことを気にしてもしょうがないので、こちらは今日も、護謨の木に加護を与えるのであった。


ヤクザの方は、なんらかの抗争でやられて仙台湾にでも沈められたという話になったそうだ。なんとも物騒な世間なのである。ヤクザ同志の抗争は恐ろしいものだ。


そういえば、日ごろから威張りちらしていたあの警官が、暴漢に襲われて、重傷を負って入院したらしい。なんでも、財閥から賄賂を受け取っていたらしいが、それを家内に入ってきた暴漢が警官を後ろから鉄パイプのようなもので殴りつけたようだ。気をうしなっている間に家探しされて、粗方金目の物を盗まれたという。なんともおそろしい事件が起こるものだ。世も末だな。


我々も気をつけねばならないということだ。


・・・・・・


それにしても、自転車の売れ行きがパッとしない。

高すぎるのである。

庶民が買えるよう値段でもない。


まあ、予定通りである。

そして、余剰の工作機械で銃の製造を行う。


銃製造から自転車を作り始めた企業があったのだが、わが社はその反対だ。

その会社では、これからは自転車の時代だと、銃の製造を辞めて自転車会社になったという。

だがわが社は、先見の明がないため、自転車づくりから銃砲の製造を開始するという極めて危険な会社といわざるを得ない。


これから、日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)が勃発するのだから、そしてその先には太平洋戦争と、戦争が行われていくことになる。

銃砲は戦の命である。私は生命線を保持しないとならないのだ。


各国の銃を輸入して、技術者がその技術を培う必要があった。

自転車部門の不振は、護謨タイヤ部門の黒字で全く問題なく補える。

そのように設計されているのだ。

さらに、自転車部門は何れオートバイ部門への布石でもある。


しかし、今は、自動車タイヤの生産と輸出が主な仕事であった。

食品、製粉などは絶好調で首都圏への進出も計画されている。

それらのことは、意外にも両親が非常に優秀で拡大されているのである。


経営者としては優秀な人物という設定だったのだろう。





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