第87話 90式戦車

087 90式戦車


哈爾浜市某ホテル。


「しかし、参ったな。奴等威張りおって」板垣が苦虫を嚙み潰したような表情をする。

「そうですね、しかし、あの男がなぜ来ないのでしょうか」

「我々は担がれたのかもしれん、奴はロシアのスパイと海軍でも言われているらしい。このまま、あの部隊に居残られても、なんともしようがないぞ」

「全くです」


それほど、戦車の力が恐ろしかったのである。

恐らく、日本軍の大型砲でなければ倒すことはできない。

そのような対戦車砲は手持ちにない。

残念ながら傾斜装甲による被弾経始で、その砲弾すら効果を発揮できるか怪しいものである。

だが、彼らはそのような事を知らない。


扉がノックされる。

そして、件の男が現れる。

「こんばんは、私の噂話をしていなかったですか」

嫌味なのか、ロシア軍の制服を着ている。


「咲夜大佐殿、一体どういうおつもりですか」と石原。

「どうもこうもありません。皆さんは私が何者かを知っているでしょう、世間では私は何とよばれているのですか」


ロシア伯爵。ロシアの手先、ロシアスパイ、資本の収奪者。

日本鬼子、人殺し、ネクロマンサー、性格異常者、サイコ。

そこまでは言われていないはずである。


「我々を騙したのですか」

「いやいや、芝居ですよ。敵を騙すにはまず味方からというでしょう」

「やっぱりだましたのですか」

「この事件により、関東軍が満州を押さえると、国際的に非難を受ける。しかし、これだけの状況を作っておけば、逃げ切れるでしょう。そのための芝居ですよ」


「陸軍の将校を多く屠ったではないか!」

「海軍も居ましたよ」

「貴様!陸軍がほとんどだったではないか」


「人数的には仕方ないでしょう、誰も彼も、脛に傷を持つ人間、あるいは、これからしでかす人間ですから問題ないでしょう」

「貴官の言うことを信用できない」と石原が引き継いだ。

「信用する必要はありません。神の声を聴く私とあなた方ではものの見方が違いますからね」


「なんだと!」石原と板垣が怒鳴る。

「それよりも、これからの方が重要です。そんな小さなことに拘っている暇などありません」

「お前というやつは!」少なくとも20人近い犠牲者が出ている。


しかし、彼らは知らない。

何れ彼らが関与して、引き起こされる惨劇で数万もの日本兵が死ぬのだ。

現時点では、未来は不明なれど、悲劇の種は抹消された。(だが、歴史の修正力で、あらたな悲劇が発生するかもしれないが)


「まあ、いいでしょう、関東軍は全力で、東北軍閥を殲滅し、長城以南に進出してはなりません。この約束を破れば、すぐにでもロシアの機甲師団が、侵攻する手はずを整えています。あなたたちも見たでしょう、アレが新型戦車です。圧倒的でしょう」皮肉な笑みが癪に障る。


「それに、あなた方が異動されたあとも、この秘密協定は有効に機能するように引き継いでくださいね」


「こちらが守るばかりの約束ではないか」


流石に気づいたようだった。

戦車師団の恐怖で彼らは正常な判断能力を失っていた。

ロシア機甲師団なるものは実は存在しない。

彼等は、ロシア軍服をきた八咫烏師団シベリア連隊である。

ソビエトと戦争しているロシアに余力などない。

特に兵士が不足している。

謀略により駆り出された国民志願兵(兵役をこなして国民になる権利を認められるための志願兵)もかなり死亡した。寒さと激戦の所為である。

逃亡しようとした兵は特戦隊が銃殺して回ったのも拍車をかけた一因である。

「勿論、只ではとは言いません」

「そうか、何を約束してくれる」と板垣。

「戦車を売ってあげましょう」

「なんだと!」

「只ではありません、只とは言っていません」


こうして、ロシア軍になりしました部隊が使った新型戦車の販売促進が始まった。

後に90きゅーまる式(皇紀2590年開発)と呼ばれることになる戦車の販売契約が纏められた。


関東軍のみに販売されることになる。

この独占販売が帝国陸軍内部の関東軍のヒエラルキーを大幅に増大させる。

「90式なくして陸軍にあらず」後の関東軍将校がそういったそうである。


付属販売として、歩兵輸送用人員トラックもパック販売され、関東軍はぼったくられたのであった。


しかし、このぼったくり事件は、帝国軍の中でオートマチックがいかに重要な事かを理解させる先鞭となったこともまた事実である。


・・・・・・


こうして、『柳条湖事件』に端を発する『満州事変』と呼ばれる事態が大きく大陸の地で吹き荒れていくのである。


国際連盟では後に調査団を派遣するが、関東軍が企てたとする証拠は見つからなかった。

実行犯は別にいたのだから当然である。そして、爆破により死亡したものはすべて日本軍人、最高階級は、中将も3名含まれていた。


実行犯は、中国語を話し、ドイツ製武器を使い襲撃していたこと。


実行犯の犯行基地は、東北軍閥の軍需工場(北大営)にあり、まずそこから、関東軍に対する攻撃があったこと。


その攻撃で、関東軍将兵が多数負傷したことなどから、犯人は、東北軍閥とは言えないまでも関東軍では無い旨説明されることになった。


そして、関東軍の行動は行き過ぎたものはあるが、自国民保護と敵討ちの行動であることが認定された。国際的非難は多少なりとも起こったが、その原因は中国軍閥が先に仕掛けた結果であったことが、国際連盟で認められたのである。





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