第86話 柳条湖事件
086 柳条湖事件
特急アジア号が、奉天駅に到着する。
道中では、食事やワインが飲み放題であった。
中国人らしき使用人たちが給仕をしてくれた。
軍人たちは皆、大変満足していた。
奉天駅では、関東軍の将校も乗ることになった。
「石原中佐は、招待を受けていないのですか?」
プラットホームで、花谷何某が、自慢げに招待状を見せる。
「ああ」石原は青い顔をしながら、そう返すしかなかった。
この計画は、石原、板垣征四郎の両名しか知らない。
「まさか、お前に招待状がくるなんて」
「まあ、私が、露助どもに、石原中佐のことを知らないなどとは許されんと申しつけておきます」
「調子が悪いなら、行かなくてもいいぞ」
「中佐いくら自分が呼ばれていないからといって、それはないでしょう」花谷は鼻で笑った。
「そうか」
「では行ってまいります」敬礼する花谷。
敬礼で返す石原。
『犠牲のない戦争などありえません。当然、関東軍の幹部も入るわけです。こちらの調査で、今後日本に必要のないもの達を選別しておりますので、何ら問題ありません』
応接室で海軍の男はそういった。彼には、ゴミ掃除をしてやっている程度の感覚しかないのだ。
あの男こそ、日本を滅ぼすのではないのか。
石原の胸中は暗く晴れることはなかった。
アジア号の汽笛が響き、列車は動きだす。
石原は、列車に敬礼するが、誰一人こちらを見ている者などいない。
車内では、酒地肉林(女はいないが、酒と料理は置いてあった)でプラットホームなど見てはいなかったのである。
関東軍は、悟られぬために通常の態勢である。
事件が起これば対応するだけである。
列車はかなりゆっくり走っていたが、誰も気づきはしなかった。
そして、柳条湖に差し掛かった時、線路が爆発した。
アジア号は脱線し、列車も脱線した。
中国軍の兵士たちが、ドイツ製武器を手に突撃してくる。
「殺せ、鏖みなごろしだ!」その手際は非常に鮮やかだった。
列車の中には、まだ多くの負傷者がいた。
列車がゆっくり走っていたためである。
連結部の扉を破壊し侵入する中国兵。
反対側からも同様である。
内部はひっちゃかめっちゃかである。
多くの者が、骨折や打撲を受けて居た。
「天誅!」次々とライフルによる射撃で仕留めていく。
「確認して確実に仕留めろ」死体にもう一度射撃を行っていく。
「助けてくれ!」
バンバンバン声を挙げたためにさらに撃たれる。
10分間の襲撃で客車の乗客全員が、確実にあの世に送られる。
もし、この時に竹やりがあれば、敵を倒すこともできただろうが、この時にはなかったのだ。
「任務完了、撤収する」
中国兵たちは、風のように奉天方面に走り去った。
爆発の煙を遠方で確認し、次に爆発音が届いた。
関東軍の斥候が派遣される。
これが世にいう『柳条湖事件』である。
線路が爆破され特急アジア号が損壊した。
乗客の日本軍将校たちが全員惨殺されるという事態が勃発したのである。
現場に急行した関東軍は、犯人らが奉天市内方面に逃走した情報をえると、北大営に向かう。
北大営は奉天城内にある軍需工場である。
北大営から発砲があり、関東軍将兵が撃ち倒される。
こうして、事件は軍事衝突へと発展する。
激しい戦闘の末、北大営が制圧される。
関東軍は、主犯と思われる東北軍閥(張学良)を一掃するために軍事作戦を展開し始める。
本国の陸軍参謀部は、事態を静止させるよう命令を発するが、関東軍は暴走気味であった。
しかし、思わぬところから勢いがつく。
ある新聞が、この事件で、多くの優秀な陸軍軍人が惨殺されたことを報じたため、世間が沸騰した。『中華軍閥討つべし』国民がデモ行進を行うような事態が発生した。
しかし、東北軍閥は20万人以上の大軍。関東軍は1万であった。
だが、事態は思わぬ方向に向かい始める。
新ロシア機甲部隊が、突如国境(満州、ロシア間)を越えて進撃してきた。
『我々の招聘した人間を殺されたということは、我が国の外交の面子を潰されたも同じである、中国軍を即時誅罰すべし。』
瞬く間に、満州の半分が占領されていく。
逆らう者たちは、新型戦車に全く歯が立たなかった。
反発する人々も、この鋼鉄の車に恐怖した。
88mm主砲、12.7mm機銃1丁搭載のこの戦車は、ディーゼルターボエンジンを搭載。
傾斜装甲をもち、高速で機動した。非常に平たい形の戦車であった。
そして、その後ろには、戦車の死角を消すため自動小銃や軽機関銃をもった兵士たちが、ついてくる。所謂機甲部隊である。
接敵した中国兵を全滅するほどの掃討力を発揮した。
関東軍は、この恐怖の機甲師団と満州中部で接触する。
明らかに、条約違反の行動であったが、止められないという恐怖があった。
今の関東軍では一瞬で粉砕されるほどの破壊力を見せていた。
哈爾浜市で会談が行われた。
ロシア軍の即時撤退。
そんな要求を簡単に聞くような相手ではないことは明らかだった。
交渉の場で石原は、何とかできない物かと、脂汗をかいていた。
それは隣の板垣も同じであるが、こんな時のロシア人はとにかく強い。
圧倒的な軍事力を背景にしているのだから。
「我々の招待客が殺された、貴様らの警備はどうなっている。国内にも不穏分子ばかりだ、我々が統治した方が、うまくいくのではないか」ロシア人がロシア語で喚いている。
「貴官らは、無断で国境を越境してきた、直ちに、国外に退去せよ」
会議場は双方がわめく騒乱の巷と化していた。
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