第25話 宗教法人

025 宗教法人


「名前を語ることはなぜできないのでしょうか」と庄屋は、神の名前を聞きたかった。

「庄屋様は、キリスト教をご存じですか?」しかし、少年はそれを教えない。


「多少聞いたことがございます」

「あの宗教もみだりに神の御名をかたることを禁じているのと同じなのです」

「そうなのですか」庄屋は、初めてそんなことを聞いたのである。


「そうなのです。あの宗教では、『父と子と聖霊の御名において』といって神に祈りを捧げます、名前は使われていません」教会でそのように教えられるのだ。

「なるほど、そうなのですね」


嘘つきは、多くの嘘の中に本当のことを巧みに織り交ぜる。

庄屋は見事に騙されてしまった。


「では、今日から庄屋様、日月神教の信徒となりました。豊作の場合は収入の10%を女神様へのお礼として納めていただく必要がございます。」

「10%!」

「大丈夫です、豊作の時はです。不作ならば、庄屋様の信心が足りなかったのでしょうから、仕方がありません」


「え?」

「女神様を信心すれば間違いなく、豊作は間違いありません」


「ですが、信心が足りないと」

「ああ、そうですね、不作になるでしょう」


困ったことになってしまった。

信心が足りないと、不作になる。

今までは、天候などにより作柄は決まっていたが、ここにきて信心が重要な地位を占めることになってしまったのだった。


信心がなりなければ不作。豊作ならば女神様に10%のお礼!

冷静であれば、騙されているのではと気づくこともできただろうが、庄屋は何故か落ち着くことができずにいた。


「庄屋様は、心配なのですね。自分の信心に自信がないのでしょう」

それはそうだろう、初めて聞く女神をどのようにして信心すればよいのか、誰でも不安になるだろう。


「仕方がありません。これを差し上げましょう」

そういって懐からお守りを出してくる。


「女神様の豊作お守りでございます」

「ありがとうございます」

「御祈り料10円となっております」

「え!」


どこにでも、ありそうなお守りである。勿論、そんな高額にはならない。

「庄屋様、10円を高いと思っておられるのでしょう、しかし、信心とは値段ではないのです。祈ることが大事なのです」

それなら、通常価格で売ってくれればいいのではないだろうか。


しかし、この場面で庄屋は、うまく考えられなかった。

10円でお守りまで買わされる。


しかし、そこからは奇妙な話が始まる。

庄屋の田んぼ迄現地視察を始め、境界を詳しく聞き取る。

まるで、自分の田んぼが奪われるのではないかと、庄屋は気が気ではなかった。


「何故、このような細かいことまでお調べになるのでしょうか」

「庄屋様、神様も存外、細かいことを気にしません。ですから私が、神の恵みを与える場所を特定する必要があるのです、きっと豊作になると思いますよ。」


「ありがとうございます」

「しかし、豊作の暁には、お礼をきっちりとお供えしてくださいね。そうでなければ、それ以降は決して豊作にはならないでしょう」


「わ、わかりました」

庄屋は、全くいいように洗脳されてしまったのであった。


その年、庄屋の田んぼは綺麗に大豊作になった。

その隣の田んぼでは、不作だったため、その結果は際立っていた。

庄屋は大喜びで、10%の米を納めた。十分利益が出たのである。


「なるほど、他人の畑でもこうすれば米が手に入る訳か」と黒い少年が笑みを浮かべる。

「ちょっとやり方がえぐいんじゃないか」と護衛役の若い男は渋い顔だ。


「お国のためには仕方がありません」

「自分の懐に入れてるんじゃねえか」

「宗教法人には、税金がかかりませんから特に優良な方法ですよ」

「おいおい」


際立った収穫量の差が、怪しげな宗教法人の名を高めることになる。

この年、『日月神教』は多くの信者を獲得することに成功する。

ある人間が、「畑の作物に効能はあるのでしょうか」と聞いたところ。


「勿論である。お守りを買いなさい」

既に、お守りとセット販売が推奨されていた。

値段も20円とさらに値上がりしていたという。


こうして、人の田畑で収益を上げる方法が確立されていった。

宮城県には、この宗教法人の信者が急激に増えることになる。


そして、子供は『神の使徒』として信者たちから大いに敬まわれることになる。

この宗教の恐ろしさは、辞めた時の反動が半端なかったことだ。10%を支払わなかった別の村の庄屋の田畑では、次年度からは壊滅的な不作になってしまった。


豊作になったのは、たまたまで、宗教が無くても豊作になったはずだと辞めた別の村の庄屋の田畑は次年度から壊滅的な不作になってしまったのだった。


一度入れば二度と抜け出せる気がしない。

そんな宗教であった。そして、実際に抜けることは許されない。

それは、やがて掟へと昇格していくのだった。


だが、実害はほとんどない宗教であった。

何故なら、必ず豊作になるため、実質誰も損はしていなかったからである。

これが不作で、そのうちから10%納めろと言われたら、一揆がおこったかもしれない。

しかし、不思議なことに必ず豊作になるのである。

まさに、これこそが『神の力』だ。

自称『神の使徒』はそう言い切ったのである。


だが、その後には、多少の実害が生じ始めることになる。

まだ、かなり先の話ではあったが・・・。


『神の使徒』奉仕少年団という組織が宗教内に作られ、信徒の家の小さな子供が、『使徒』に奉仕することになっていくのだが、それはいずれ、この宗教の裏の顔『八咫烏部隊』の兵士となっていく。


奉仕少年団は、実家を離れて、宿舎で寄宿するのだが、そこで、様々な教育を受けることになるのだ。家族が異変に気づいたときには、彼らは立派な『神の戦士』になっていた。

もはや、何も言われてもきく耳も持たない状態である。


しかし、今ではなく10数年後にそれは現れることになる。


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