第42話 横紙破り
042 横紙破り
兵学校内で行われた実戦演習は、学校関係者に大きな衝撃を与えた。
あまりにも、実戦に近過ぎたのである。
海軍では、当然対艦巨砲主義が、主流で、それ以外には何もない状況であったが、その先にある太平洋での島嶼上陸占領について、あまり考えられていなかった。
その部分で、このような実戦が起こるのだとすれば、海兵ではとても対応はできないだろう。
彼らは、船を動かすのが仕事なのだ。
では、陸軍かといわれれば、陸軍は島嶼については、海軍の管轄であると考えていた。
当然のことである。島とは海にあるのだ。自分達だけでは、到達できないし、行きたくもない。
島を攻撃は出来ても、占領するには、戦闘部隊が必要なのは明らかだ。
その無策をこの訓練が暴いてしまった。
つまり、戦略の練り直しが必要であることは明確である。
「米国には、海兵隊という組織が存在し、島嶼戦になれば当然彼らが出てくるでしょう」
生徒の口から指摘されるのもつらいものだ。
「我が海軍にも当然、そのような島嶼実戦部隊が必要なのは明らかでしょう。我々は、島を砲撃した後で、島を占領しにいくようなことはできないのですから」
その通りである。
太平洋で戦うには、島を占領しなければならないのだ。
海軍には、常設でそのような部隊はない。
海軍陸戦隊といっても、必要ならば、先ほど言われたように、艦船の乗組み員に銃を渡して、行け!というだけなのだ。それならば、残った船は誰が動かすのか?
海軍は、そのような疑問に答えることができる組織ではなかったのである。
海軍の想定敵国は米軍艦隊ではあったが、島嶼攻略は一体誰が行なうのだろうか。
基本の部分から見誤っているのである。
しかし、それも仕方がない。
今までの戦闘とは、明らかに限定戦争であり、彼が想定するような総力戦が起こるとは考えていなかったのである。
「島嶼攻略については、海軍軍令部に問い合わせておく」校長は憮然と言い放った。
たった一人の生徒によって、兵学校の伝統が大きく揺らいでいるように思われた。
「やはり、人員や兵器、予算の関係からも、陸軍の協力は是非とも必要ではないでしょうか」
尤もな意見であった。しかし、一生徒からの意見をそのまま丸のみにすることは到底容認できない。
「そのことについても、軍令部に相談しておこう」島本は何匹も苦虫を噛み潰していた。
「さすが、校長、その寛容さは御立派です」
その意見は、やがて陸軍にも伝わり、一部の者のみが海軍に強力すべきという意見を述べることになる。
所謂、乃木派である。彼は、今や大派閥の領袖となっていた。
そして、それらの要望を受けいれるためには、第2師団の特殊戦術大隊が適任であることは確実だった。
但し、彼等一部の者は、咲夜の意見だから賛成しているのである。
こうして、慌ただしく一年は過ぎていく。
3号生徒は本来1号2号に厳しくもつらい少しだけ愛のある鍛錬をつけられるところだったが、一部の3号だけには、愛の修正は入らなかったという。
入学早々から問題を興しまくるわ、陸軍の要人とのパイプがあるわ。
噂では、すでに戦争に従軍したことが有るらしい。
しかも、100人切りを達成したなどと、あることあること噂されていた。
殴りつけても、自分の手首を痛めるだけ無駄ということもあった。
彼は非常に硬いのだ。
しかも生徒の数人が日月神教に入信したという。
「本校ではそのようなことは推奨しない」とされていたが、侵食作用は、恐ろしいものだったという。
同期の井上成美、小沢治三郎、小松輝久、草鹿任一などが疑われていた。
そして、なぜか上級生であるはずの南雲忠一。
こうした、前代未聞の状況の中でも時間は進み、彼らは2号生徒へ進級した。
38期の3号が入学してくる。
海軍兵学校には、対番制度という物があり、簡単に言うと、2年生の一番は、1年生の一番を世話するという物である。
故に、2号生徒成績1番の咲夜は、3号生徒成績1番の生徒の世話を見るべきところであったが、「私は、諸事情で、栗田建夫君の世話をみなければならない」
まさに横紙破りそのものであった。
「何故!」皆がそういう。
そもそも、一緒に暮らすことになるので、これは恐ろしいことなのだ。
「栗田君には、十分な教養と経験が必要なのだ、特番ということで、この第1分隊でお願いしたい」2号生が1号生にお願いするのであった。
「なぜ、栗田しかも名前まで知っている」
「申告します。それは神の啓示を受けたからであります。日本の将来にたいしてこの措置は是非とも必要なのであります」ふざけた意見だったが、眼が笑っていない。
一号生から半殺しにされるところでも、この男は決してそうはならない。
逆に殺されるであろう。その殺気は本物である。
死のオーラがジリジリと部屋を侵食している。
「一人増えるくらい問題ないだろう」大きな問題だが、彼らは不問に付した。
自分達の命を優先したということなのだろう。
彼に歯向かった者たちもかつては当然数多くいたのだ。
しかし、問題は棒倒しである。結構な頻度で行われる教練だが、この時には、真っ先にこの男が襲ってくるのだ。十人がかりでも止めることができない。
この棒倒しの時だけは、年次に関係なく襲い掛かってもよいのだ。そういう競技なのだから。
にやりと唇を釣り上げて笑う。
その顔のまま、止まることなく襲い来る男は恐怖の象徴だった。
拳法の使い手なのか、どのようにしても簡単に捌いて、致命の一撃を放ってくる。
本気であれば、まさに致命傷となる。
それはすでに棒倒し競技ではなく棒力いや暴力そのものなのだ。
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