第106話 レッド・ライトニング(赤い紫電改)
106 レッド・ライトニング(赤い紫電改)
武田の赤備えは有名である。
後の井伊家の赤備えも武田家臣の真似をしたものである。
自分を誇示して、そのような派手な色を付けるのである。
山口は機体を赤に塗ったのである。
山口は教祖の付き人であり特権をもっている。
好きにさせるように教祖が直々に言っているのだからそうなのだろう。
しかし、山口はこの機体の赤色の伝統は、実は、リヒトホーフェンという人物が生前、好んで使っていたものであることを後に知ったのである。
『レッドバロン(赤い男爵)』とは、マンフレート・リヒトホーフェン男爵のことである。
校長たるリヒトホーフェンの機体の史実を知った山口は、機体の赤色を息子たるレオンハルトに譲ると言い出したのは至極当然の成り行きだった。
だが、レオンハルト・リヒトホーフェンにとってそのような事は、余計なお世話であった。
自分の力を示すことが大事なのであって、機体の色が重要なことではないのだ。
彼は、機体を黒に塗装したのである。自分は、レッドバロンの息子ではなく、新しいエースとなるべく努力することを誓ったのである。
こうして、黒備えのレオン機が出来上がったのである。
彼もまた、教祖から戦場に出ない方が良いのではないかと注意された人物である。
彼は、日本人とのハーフであるが、そもそも教祖の親衛隊員とは違うのだ。つまり、教祖に信仰心など欠片も持っていないのだ。戦う理由などない。
彼は、校長からの預かり物である。
しかし、こういうものは遺伝子が物をいうのか、彼は空の住人であったのだ。
自ら敵を撃ち落とすことに、生きがいを見出すような性格であったのだった。
そして、彼は実に才能にあふれてもいた。
ロシア太平洋艦隊所属、第72航空戦闘団(JG72)は、渤海上空へと飛び立っていく。
サムライヤマグチは、すでにエース称号を獲得している。
自分もエースとなるべく、ウラジオストクからわざわざやってきたのである。
レオンハルトの元には何度も、出撃を辞めるように、電報が届いている。
件の教祖と父親のマンフレートからである。
しかし、こういう性格の者は自分が満足しなければならないのである。
父も同様だったはずである。
紫電改の高性能は、中国軍のカーチスなど敵としなかった。
しかも、敵のパイロットたちは明らかに新米である。
第72戦隊は、精鋭しか入ることができない部隊である。
しかも、管制もきちんとされており、通信も万全であった。
負ける要素などない。
渤海上空では、次々と中国軍機が炎を噴き上げ黒煙を吐きながら墜落していく。
瞬く間に、レオンハルトはエースとなった。
JG72の訓練が終わる頃には、第73航空戦闘団が、大連に到着する。
JG73の隊長は、これまたハーフのラインハルト・オステルカンプであった。
彼の機体は、黄色であった。
しかし、その頃になると、侵入してく敵機はほぼ絶無となっていた。
戦場は、山海関上空に限定されつつある、ロシア軍機が侵入すると、帝国の隼が勘違いするかもしれず、戦場への投入は見送られた。
あくまでも、こちら側は、実戦訓練の場であって死闘の場所ではない。
彼等は教祖の教えに従い、来るべき決戦への準備を行っているのである。
一方の主戦場では、日本陸軍の戦闘機『隼』が大活躍していた。
もともと格闘戦を主目的に作られているために、ドッグファイトでは無類の強さを発揮する。
そして、被害を被れば無理せず帰投できた。
準備できた機数も十分に足りていた。
中国軍の戦闘機は輸入品であるため、どうしても当初の数を消費すると後続が続かなくなっていったのである。
さらには、後半になると各所に警戒レーダーが装備され、航空基地には、対空砲が据えられていった。
陸軍は大金を叩いてこれらの装備をある会社から購入していたのである。
1939年
ついに欧州で第2次世界大戦が静かに始まっている。
今は、ドイツとソビエトがポーランドに侵攻し、占領した状態である。
ここで、止まればあるいは、皆が静かに黙って見過ごしたかもしれない。
英仏は明らかに、ドイツを苦しめすぎたのだ。
ある程度苦しめれば、相手は弱り、下を向いて生きていく。
だが、それが過ぎれば、窮鼠と化す。
今のドイツは、窮鼠と化していたのだ。
それは、英仏が先頭に立って作りあげた化け物である。
その化け物が、ポーランドを別の化け物のソビエトと分割統治したのである。
ある男は、それがすぐに欧州全土に戦果が広まるであろうことを確信していた。
何故なら、その方が、面白いからである。
すべからく、彼らは、悲劇や凄惨な現場を観劇するのが大好きなのだ。
恐らく、今頃は、ドイツの指導者の夢枕に立って、扇動しているに違いない。
ちょび髭の男はある瞬間には、驚くべき雰囲気を纏うことが有る。
それは、神の力を顕現しているのだ。
後ろで、どこぞの神が手を貸している。というよりは焚き付けているに違いないのだ。
そんなころ、ニューヨークの埠頭の倉庫に、船籍が中国籍の輸送船が碇泊していた。
近くの倉庫から、船倉に一杯の鉱石らしきものを詰め込んでいく。
それは、長らく、この倉庫に眠っていた鉱石である。
コンゴでラジウム鉱石を採掘した時にでた鉱さいである。
戦雲が急に近づいていて、埠頭はおおわらわの状態で、誰もがその船の作業に注目などしていなかった。
倉庫でそれを保管していた人間は、後に、その事実を知ることになるが、その船はすでに遥か彼方に出港し、後も形もなかったことは言うまでもない。
後に有名になるウラン。
原爆の材料になるはずだったそれは、立ちどころに消え去った。
この盗難事件により、米国のマンハッタン計画は数年も遅れてしまうことになる。
後に、ウラン自体は、カナダで発見されるが、数年を要するのだった。
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