第37話 弟

037 弟


ニコラ氏を連れて、日本に帰るととんでもないことがおこっていた。

それは何とも奇妙な事態だった。


「お母さん、妊娠しちゃった」なんともあっけらかんと宣言されてしまった。

何と、私が各地を訪問している間に、あの父親が子供を仕込んだのだ。

あんなことや、こんなことを美しい私の母親に強要したに違いない。

許さんぞ!父よ!


あれ?一緒に旅行してたな?

すると、出発する前に仕込んだのか!

許さんぞ、父よ!


父も母も年齢不詳だ。

私が生まれたと設定されてから、それなりに時間は経過していたが、彼らの外見は全く変化がないように見える。それは、若く見えるというような感じではない。

既に十数年も経過しているのだから、普通の人間なら多少とも老化するはずだが、そんな感じが欠片もない。


要するに、そういう類の生物なのであろう。

しかし、概していうと人間ではないくせに、人間のように妊娠したとは、ああ見えてもやる事だけはきっちりやるということなのか。


私の母さんが~~~~!


「母さん、本当にお父さんの子供なの?」

何ともすごい直球を投げる私。

海外旅行とは、この時代数か月を要するのだ。

その分、井上君のダイヘンが増える仕組みになっている。


「それが、急に妊娠したらしくて、よくわからないの」戸惑う母親。

いや、だから、誰の子かどうかもわからないくらいやっちゃってるの?


お~まいが!

どうしてなんだ、淑やか美人の母さんがそんな淫らな生活を送っていたなんて!

父親がわからないなんて!

「母さん!」

「落ち着いて、玄兎」

いやいや、これで落ち着いていられるわけがあるか、暗殺だ、その男を暗殺して、母さんの不名誉を公表させないようにしなければならない。

親衛隊の出動だ!


何人いるのか不明だが、全員抹殺する!

護謨の山に埋めてやる!護謨の栄養になりやがれ!


今や周辺の山、一面に護謨の木が埋まっている。

10人や20人埋めても気づかれることは無い!誰だ、どこのどいつだ!


「違うの、母さんの話を良くきいて!奇跡が起きたのよ」

「奇跡?」母さんは普段から普通の人間のふりをしているが、その反応は、人間らしくない。

設定に戻っているに違いない。


何が奇跡だ。


「光の玉が飛んできて、おなかの中に入ったのよ」

え!!!

「母さんが、正体不明の光の玉にアブダクトされた!」


「きっと、神様が与えてくれたのよ」


いや、おそらくあの光の玉に違いない。

そう、例の実験により呼び戻された魂が、形を取ろうとしたのに違いない。

私は、直感で悟った。嫌、誰でもそれを疑うだろう。


「それは、兄さんの魂では!」耳ざとくその話を聞きとった、外人の男が家の中に入ってくる。ニコラ・テスラ。お前は、日本語も話せるのか!


彼は5歳のころには数か国語を話したという。

もう、数十歳なのだから、日本語くらいはなせてもなんらおかしいことなどない。


いやいや、おかしいだろう。


「兄さんが、日本で生まれてくるのです」今にも母さんに抱き付こうとする外国人。

「ちょっと待て、ここで状況を確認しよう。つまり、君は、我が母のおなかの子が、自分の兄だと考えているんだね」


「そうです、兄さんの魂は、東方へと飛んでいきました」

「しかし、その玉と母さんの言った玉が同じだとなぜわかるのかね」


「光が見えるのです」なんと、オカルトめいたことを言う人間だ。

そんなわけがあるか!と憤慨する私。


「つまり、君の兄のデンが母さんの腹にいると、本当に思っていると」

「間違いありません」


「ほう」私から冷えた視線を浴びるニコラ。


「と言うことは、君の兄が腹の子だというのだな」

「はい、そうです」


「しかし、腹の子は、私の弟になるわけだから、君はその弟なのだな。つまり、私の末の弟ということになる」


「え?」

「ということだ、ニコラ君は今日から私の弟となった。因みに日本では、兄の言うことは、なんでも聞かなくてはならない。そうでない場合は、他所に出されてしまうので、ニコラは気を付けるように」


こうして、奇妙な兄弟関係が成立することになった。

しかし、天才ニコラの頭の中では、そのような瑣末なことは気にされていない。

普通の人間の考え方を飛び越えているからである。


その日から、ニコラ・テスラは私のことを『上の兄さん』と呼ぶようになった。

そして、私も年弱ながらも、弟の世話を見ることになったのである。


斯くして、我が年上の弟、ニコラ・テスラが誕生したのである。



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