第104話 皮肉な笑み

104 皮肉な笑み


新聞の一面に『中国軍奇襲攻撃!非道成ル行イニ天誅ヲ降すベシ!』。

新聞社は自らの新聞を販売するためにセンセーショナルな報道を行っている。

彼等はいつの時も、ジャーナリズムの正義を振りかざいしている割に、新聞を売ろうとしている。真実とは、自分達の新聞にとっての都合の良い真実のことらしい。


山海関上空で行われた空中戦は、帝国陸軍航空隊が撃退に成功したと報じられている。

陸軍といっているが、関東軍である。隼(ほぼ零戦)はその高性能を発揮し、優位を保ちながら敵を撃退したのである。

なお、情報統制の観点から、大連港空襲未遂事件は新聞紙面を飾ることは無かった。



関東軍の石原大将は、モンゴル国境に派遣されていた第7機甲師団を呼び戻した。

そして、航空隊に哨戒を密に行わせている。


一方、新ロシア皇国でも動きが激しい。

ソビエトがドイツと不可侵条約を結んだということは、つまり、新ロシアを撃滅するための軍事活動を再開することを意味するのである。


但し、今回もバイカル湖周辺の縦深防御陣地で遅滞戦闘を行うよう指示されている。

実は、新ロシア皇国陸軍にも機甲師団が新編されている。

工場がロシアにもあるのだから当然である。

戦車は、工場で生産されるのだ。

戦車とは、大砲の付いた鉄板に囲まれた自動車である。


近くにすべての条件がそろっていた。

大砲とは、ボフォース兎88mm砲である。

これは、ある男がどうしても40mm機関砲(機銃と呼んでも可)が欲しいので、スウェーデンから呼び寄せていた。今やこの会社の製造する大砲には、人相の悪い兎が刻印されていた。(これがボフォース兎と呼ばれる由縁である)


鉄板は、造船などで必要になるため、十分な量がそこかしこに在庫として保管されている。


そして、エンジンは、トラックあるいはブルドーザー、ユンボ用として、大量生産されていた。

まさにディーゼル・エンジンである。


ウォルフガング・ディーゼル自身は、エンジンを兵器に使う気はなかった。

そして、それは建機のエンジンとして出荷されていたのだ。

何処かの悪い奴等が、それを横流して戦車に載せているだけなのである。


そして、その新編機甲師団を率いるのは、誰あろうロシア伯爵ではなく、ロシア皇国陸軍大将、ミカエル・トハチェフスキーなる人物である。

彼の来歴は不明だが、突如彗星のように現れて、新興ロシア陸軍で頭角を現した若き将官であった。


彼はソビエトに激しい憎しみをもっており、全てのソビエトを殲滅するという過激なスローガンを掲げている。

ミカエル将軍は、当初持てるすべての軍団で敵殲滅を行うと宣言した。

だが、残念ながら兵士の数では圧倒的にロシア皇国が少なかったのである。

そして、彼を推薦したという謎のロシア伯爵(日本のスパイで皇帝家のっとりを画策する男と専らの噂byロシア人)がその行動を止めたという。


「今はその時ではありません、雌伏の時を有効に使ってこそ、次がある。あなたは伏龍となりなさい」いつも、奇妙な事や無理難題を言いたい放題の男にしては、至極まともな発言であった。


「黙れ!貴様に私の怒りがわかるか!すべてを殺された私の無念が!」目から火を噴きださんばかりに、怒りを放つ若き将軍。


「愚か者!私は待てと言っているだけだ!時が来たらお前の好きなようにソビエト人民を殺しまくってよい。だが、それはいまではない!そんなこともわからんのか!」


ロシア伯爵の平手がミカエルの頬に炸裂して弾き飛ばした。

その背中から人を殺せるほどの殺意がこもったオーラが揺れている。


周囲の軍人や官僚は氷ついていた。

明らかに、常軌を逸した人間たちであることが見て取れたからである。


ミカエルの憎しみの視線はそれだけで心の弱い人間を殺せそうな光を帯びていた。

まるで猛獣である。

そして、それを張り飛ばした方は、ソビエト人民などと言っていたが、ロシア人を殺しまくれと平気で言っている。そして、この男にとっては、その程度のことでしかないのだ。

ロシア人同士で殺し合えばよい、ただしタイムラインは私が決めるのだと宣言しているのだ。


「ラッキータイムは必ず来る」

鬼神も避けるような殺気を漂わせていた男が、ニコリとミカエルに親指を立てた。


ロシア軍人も官僚も確信した。

こいつが一番危険な存在であると。


男にとって新ロシア皇国は後背地であり、生産工場の一つである。

それに、出撃したところで、兵数不足で全く話にならないのだ。

其れよりは、ある時点を待って反転攻勢にでた方が遥かに都合がよいのである。


そのための駒がミカエルである。

彼は優秀な軍人であることは間違いない。

理由は決して人には言えないが、それは間違いない事実である。

だが、彼はある理由からソビエトに対して物凄く深い恨みをもっている。

逆に言うと、それを利用しているのだ。


それゆえ、手綱を放せば今すぐにでも、スターリンを殺さんとするのだ。

それだけの恨みを募らせているのである。


先ほどから出ている、ラッキータイムとは何か?

それは簡単である、独ソ戦開始がその瞬間である。

総合的に判断して、必ず独ソ戦は発生する。


何故なら、太平洋戦争ももうすぐ始まるからだ。

日中戦争も行わずとも、太平洋戦争は起こる。

これは大東亜戦争などではない。間違いなく太平洋戦争である。


それは、アジアのことなど何の関係もなく、太平洋の覇権をかけて戦うのである。

全ての人間がそれを求めているかのように、歴史は動いている。


新聞では、中国の奇襲攻撃は、米国の謀略である。

今こそ米国に鉄槌を!2面の記事は、そのような論調で書かれているのだった。


小さき国の黄色人種が巨大な白人国を倒せると信じているところが大いなる間違いであり、竜車に向かう蟷螂の斧だと誰も気づいていないかのようである。


私のことをいかれているなどと言う輩が世の中には多くいる。

しかし、お前達も相当にいかれているとしか言いようがない。


男は皮肉な笑みを浮かべるのだった。


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