第10話 護謨

010 ごむ


「う~ん」庄屋は唸り、下を向く。

流石に、吹っ掛けすぎたのであろう。現在価値にして3億円、右から左へとでるような額ではない。


「しかし、父から聞いておりますが、庄屋さんには、大変お世話になっているとか、本来は、伝家の宝刀を売るのは忍びないですが、我が家も生活が厳しいのも事実、また、庄屋さんへの恩返しも込めて、おまけしましょう。15万円でどうでしょうか」


「銘を確かめてもよろしいでしょうか」庄屋の顔に生気が戻る。


「どうぞ、どうぞ、しかし私たちはお暇します。刀はおいていきますので一晩よく眺めてくだされば良いでしょう、ですが、明日は必ず返していただきたいので大切に保管してください」


「ありがとうございます」

遥かに年上の庄屋が赤子に頭を深々と下げる姿は奇妙なものである。



竹林に囲まれた家に帰ると母親が出てきて出迎えてくれる。

「玄兎ちゃん、大変よ。椎茸が売れたのしかも、一山10円で。」

母は、大変美しい顔をしている。その母が、売れば物も飛ぶように売れるだろう。


生椎茸が一山10円。強気の値段設定ではあるが、現代の松茸だと思えばそんなに強気ではない。しかも今は、旬ではない。貴重な品である。

10山で100円の収入。父が無職なのでありがたい。


仙台は十万都市でもあるのだ。

多少の金持ちも当然いることだろう。

それにしても、刀は売れるだろうか。

もし売れるなら、東京や、京都、大阪(人口が多い都市)にも出張販売するべきかもしれない。


しかし、その夜、夢の通知が届く。

『アイテムボックスにおける武器装備に関するバグは今夜実施されたアップデートにより修正されました。』とのことだった。


こうして、無限増殖バグは解決されてしまう。

だが、刀自体は、すでに発行されているので3振りまでは認められることになった。


単なる鉄の塊くらい大盤振る舞いしてくれてもよさそうなものなのだが・・・。


恐らく、そうするとこのゲームが面白くなくなるから、設定を修正してきたのであろう。

序盤から無限バグで、超大金持ちから始めたら彼らにとっての面白さが半減するに違いない。

私自身は、イージーモードで無双するのがゲームスタイルだから気にしないのだが、運営はそうではないらしい。

実に残念だ。誠に遺憾だ。


だが、庄屋は、青い顔して刀を買うといってきた。

まさに、清水の舞台から落下中の心境なのだろう。

「値段は10万円で、あとは今借りている土地で受けとるという条件でも構いませんよ」


「ほんとに!」庄屋の顔に喜色が浮かぶ。


こうして、私は、10万円の交渉を成立させたのである。

父は、うんうんとうなづいている。いや、父さんが、働いてくださいよ。


1万円を資本金に、会社を設立する。

株式会社『飛兎龍文』(ひとりゅうぶん)を設立する。


事業内容は、農業、農作物の販売である。今のところは。


人を雇い、手に入れた田畑を耕す。

母さんだけでは、とても無理だった。

椎茸の収穫、乾燥、天日干しなどを任せることにする。


父さんはこれでまた無職に戻る。

一応、社長という肩書は手に入れたのだが。

経理は母がと、まるで中小企業、いや本当に中小企業なのだが。

会長は私だが。


私は、多忙だ。

何せ、椎茸菌を植えて、育てねばならない。

それに、小麦の成長を促し、植えた木々を導いてやらねばならない。

父は私を背負子に背負い、山を歩くだけであった。


「さあ、とうさん新しく手に入れた山の手入れをしましょう」

庄屋から、ありったけの山を手に入れた。

仙台市は10万都市だが、手つかずの山はいくらでもあった。

そのいくつかをタダ同然でむしり取ってきた。

その分5万円ほど値引いてあげたのだから当然なのだ。感謝されてもよいくらいだ。

そう、私は神の使徒、崇めるがよい。


そして、その山の管理を行うのは、無職で木こりの父である。

「確か社長になったはずですが」父が問いかけてくる。

「社長は率先垂範して働かなければ、中小企業はすぐにつぶれますよ!社長!」

どこかでみたCMの口調を真似てみる。


弦月は木を切る。上半身が鍛えられ、鋼のような肉体になってきた。

私は、切った木を並べ変えて端に置いていく。そして、ミツバチの巣を作る。


蜂蜜は貴重な食品である。

この時代、まだ食糧事情はよろしくない。

甘味は貴重品である。


出来れば高価で売れるに違いない。


山の一斜面の伐採が終わる。

切株の処理を私が終える。

「さあ、植えましょう!」

神の使徒は、禹歩により足を進める。

そして、意味の分からない呪文を唱え、九拝する。


懐から、種子を取り出し、空中へと放り投げる。

恐るべきことに、それぞれの種は、意思を持つように、散らばって飛んでいく。

そして、決められた場所にずぶりとめり込んでいく。


「早く芽を出すこと風の如し!急急如律令」手印を結び、すでに意味不明の呪文を唱えれば、男の体は金色の光を放ち、山の斜面を照らす。

この力によって、あろうことか新芽が芽吹く。

「芽が出ましたね」

「そうですね、これぞ使徒の力です」


「ところで、これは何の木なのでしょうか」

「そういえば言ってなかったですね」

「そうですね、聞いていなかったので申し訳ありません」

「ゴムの木ですね」護謨を漢字で書く。

「ゴムですか」

「ええそうです」


「・・・・」

父には、この偉大な事実がわからないようだが、これは非常に重要な事業なのである。

ついでに言うと、この前植えたのは、サトウカエデだ。


この世界、この当時、甘味は貴重なのである。




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