第197話 目論見
197 目論見
ウーデッドは、その拳を躱して、フレーゲルを殴り倒す。
「貴様!帝国新貴族、ヒトラーユーゲントの私にこのようことをしてただですむと思うなよ」
このころ、ナチスはヒトラーユーゲントなる若者の集団を作っていた。
見目の良いアーリア様式(彼等が勝手に考えているもの)にそった若者をヒトラーユーゲントとして取り立て、新貴族とし貴族家を興していたのである。
フレーゲルがウーデッドに殴り倒されたのは、ヒトラーユーゲントだからである。
見た目基準が大事なので、肝心の部分では兵士に向いていなかったりするのだ。
「黙れ、若造が。儂は貴様がおむつをしていた頃から戦場にいたのだ。すっこんでろ」
「もう一度いう。降伏せよ」うーデッドが降伏勧告を行うが、基地内からの返答はすげない。
「断る」基地司令はすでに死を覚悟している。
その時、無線の向こうで何かが起こる。
無線が混乱している。何者かが割り込んできているのであった。
「猊下!」
「猊下直々にお言葉を」
「兵士、諸君、君たちの忠誠は受け取った。死をも恐れず戦う君たちの献身に礼を述べる」
「そんな猊下、もったいない」
「しかし、無駄死にすることは無い。生きてこそ雪辱できるのだ。爆撃機は諦めて君たちは無事に脱出するのだ」
「猊下!」基地守備隊の誰もが涙を流していた。
「ウーデッド将軍、猊下より指示を受けたので降伏する。しかし、我々は虜囚となることは出来ない。必要な数の爆撃機で脱出するので、攻撃をしないようにお願いしたい」
「わかった、こちらは新型爆撃機を鹵獲できれば問題ない。適切な判断に礼を言う」
「今度会ったときは必ず、あなたたちを殺す」
「そうかもしれないな」ウーデッドは不機嫌にそういった。
それから数十分の間に、基地内の兵たちは、爆撃機に分乗し、退避した。
ドイツ軍は基地内に進入し基地を接収したのである。
ユーゲントのフレーゲルが親衛隊上層部に訴えたが、無事に新型爆撃機を鹵獲したウーデッドはお咎めなしとされた。
そして、上級大将の地位を返上したいと辞表を提出した。
ヒトラーは形だけ留意したが、彼の意思を変えることはできなかった。
「新型爆撃機接収記念の式典には出席してくれるのだろう?」
そもそも、このようなケチなことをしなければ自分も辞表など提出しなかったろうに。
ウーデッドは暗い顔をした。
「閣下がそれを望むなら」
「うむ、出席してくれ、君は最大功労者だからな」もはや功労者すら強く慰留されない。
それが第三帝国の姿になりつつあったのである。
親衛隊が幅を利かせ、謎の新貴族が興隆する。
そして、これらの行為はいよいよ、太平洋連邦に対する宣戦布告も同じである。
ウーデッドは恐怖を感じた。
どちらにしても、私は殺されるのではないだろうか。
ナチスか連邦の教信者かの違いだけなのだ。
まあ、飲まないとやってられないな。
彼は、自室で酒瓶を呷った。
総統執務室。
「予想外なことは発生したが、ウーデッドはよくやってくれた」
「しかし、余計な真似をされたために、猿どもは逃げ延びました」
「長官、まあ、猿などというものにこだわっては駄目だ。まあ、これを機会と攻撃してくれば、我ら人類の力を示せばよいだけだ」
「総統のおっしゃる通りではありますが、やる気のないウーデッドがなぜ出しゃばってきたのかと」
「奴は、猿との生活も長い。ペットに対する情も移るというものだ。しかし結果として、無傷の爆撃機、しかも新型を手にいれたのだ、我がドイツの技術力であれを上回る爆撃機を大量生産して、まずは北米を手に入れようではないか」
「はい、全力で生産します」
「ヒムラー、まずは北米だ、その次は分かっているな」
「はい、総統、猿の殲滅であります」
「そうだ、そして貴様が目障りだと言っていたウーデッドは辞表を提出したのだ。我々の前途は神に嘉されているぞ」
「ハイル、ヒトラー!」
そうだ、そして私こそが、地上の神となる。
ヒトラーは小さな体に、生気をみなぎらせていた。
もはや世界の2分の1を手にいれたも同然だった。
新型爆撃を大量生産すれば北米は、簡単に落とせるだろう。
だが、奴らに戦争を吹っ掛ける時は気をつけなくてはならない。
それは心の片隅にひっかかるものであった。
米国東海岸を壊滅させた原子爆弾という兵器である。
残念ながらいまだドイツでは完成していなかった。
「デーニッツが馬鹿正直に奴等を通したことが悔やまれる」
一人部屋にのこったヒトラーがそう呟いた。
戦争を開始すればこの兵器による攻撃を受ける可能性がある。
しかし、既に戦争は開始しているのではないだろうか。
彼等は自分がしていることが非常に重い行為であることに気づいていない。
戦略爆撃機を鹵獲したのだから、皇国あるいは連邦は戦争状態に突入しているということである。
『やられたら3倍やり返す』それがこの皇国の信条である。
そして、総統府に対して爆撃機を返還するように、外交文書が届けられている。
ドイツは、局地戦であり、偶発的な戦闘であったと回答している。
それに対して、賠償と即時返還の通知が届く。
十分な賠償を支払い、いずれ機も返還するという回答がなされる。
そう、たとえ太平洋連邦と言えども、このドイツ第三帝国にそう簡単に戦争を仕掛けることなどできはしまい。
すでに、欧州覇者となった第三帝国は巨大な軍事力・工業力を有しているのだ。
ヒトラーと首脳部はそう考えていたし、その上でどうしても欲しかったものを無理やり接収したのである。
何よりも、下等な猿に返してやる必要などなく、多少の餌でも撒いてやれば、猿は喜んで忘れるだろう程度にしか考えていなかったのだった。
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