第80話 軍縮条約の舞台裏
080 軍縮条約の舞台裏
海軍側武官(山本、山口多聞など)は、絶対反対を繰り返している。
一方、内閣や大蔵省は、そもそも、予算規模の小さい日本では、海軍の希望を叶えることはできないという意見である。
その通りである。
海軍は船にとにかく金がかかる。
そもそも、私に言わせれば、ドックも作らんで船を作れなどとは、片腹痛いわ。と言いたい。
それに、金がないのは、明かである。
海軍は、無理に船を造らせた手前、米国と戦うことはできないということ言えなくなるという副作用も発生するのだ。
あくまでも海軍の仮想敵国は米国である。
金をかけて作っておいて、負けるので戦争できませんとはなかなかに言いづらい。
日本海軍の泣き所なのである。
敵国との交渉以前に、国内ですら分裂気味なのである。
しかも、この使節団は、国内への連絡を諜報機関に傍受され、対米7割で手を打とうとしていることを知られてしまう。
その結果、10対6.975という比率で決定されてしまうのである。
まあ、当初米国は、10対6を要求していたのだから成果といえば成果なのかもしれない。
・・・・・・・
「海軍としては、絶対に譲れません!」山本少将が、若槻全権に食って掛かる。
米国の七割は絶対に死守しなければならないのである。
「しかし、彼我の経済力の差を考えても、致しかたないだろう」
この会議にはそもそも、5大国が参加していた。
日米英仏伊である。現在の国連とは違う。
第一次世界大戦の戦勝国である。
「そうです、財政的に無理なのです」大蔵省の役人が口をはさむ。
「黙れ!これは国家の防衛の話なのだ!金の話ではない」山本が睨みつける。
後ろに控える山口も立ち上がる。さすがに、鍛えられた軍人の気迫が役人を圧倒的に威圧する。
「まあまあ、とりあえず、言うべきところはいうことでいいんじゃないですか」
「咲夜大佐!」山本が今度は私を睨む。
「山本少将、敵は外国です。我々は味方です」
その夜、今度は私の部屋に山本と山口の姿があった。
私は一人部屋を確保していた。
金があるのだから当然と言えば当然である。
「咲夜、シベリア鉄道で打ち合わせしたのとは違うじゃないか」と山本。
「閣下、まあ酒でもどうですか、ウィスキーです。」
「私は飲めん」
「私は行けます」と山口。酒瓶を山口に渡す。
山口は、邪魔をしてはいけませんので、あちらで飲みます。といって別の場所に向かう。
こいつは何をやっているのか?
「では、チョコレートでも食べましょう。」どこからともなくそれは現れた。
「奇術か」
「はい、結構得意なんですよ」アイテムボックスから取り出すと、そのように見えるのだ。山本はこういうのが好きだった。
「しかし、我が海軍では、米英7割はどうやっても譲れん、国家を守るためなのだ」
その話は、シベリア鉄道でさんざん聞かされた。
「閣下、まず初めに、この話は、別に6でも7でも構いません。しかし、交渉の現場では勿論、10を要求しましょう。最後に折れる形で8割にしましょう」
「??」
「我々は、勝手に決めることはできません。国にお伺いを立てる必要があるのです」
「??」山本はよくわからない顔をしている。
「その時には、電信を打つでしょう。それは丸わかりです、ここはロンドンなのですからね」
「!」山本の顔が真っ赤になった。
その時悟ったのである。敵地にいることに。
「それに、もし10割を認めさせても、さっきも大蔵官僚がいう通り、作れる訳がありません。日本、嫌、世界中が不況なのです、国家予算は福祉政策や景気浮揚策に投じられるでしょう」
「しかし!」
「そもそも、どこで作るのですか?横須賀、呉、神戸、佐世保、舞鶴程度しか造船所がないでしょう?」
山本は知った。
いや、知っていた。たとえ8割認めさせたとしても、造船力、予算が大きく不足している事実を。机上の理論ですら、どんなに頑張ってもできるはずがない数値なのだ。
「しかし、閣下心配には及びません、我が社では、ウラジオストク、釜山、仙台に港湾ドックを建造し、国家の為に仕事を出来る態勢を整えております。
戦時改造できる民間貨客船を補助金を出して作りましょう。それを空母に改修するのです」
黒い笑顔の男がズイと前に乗り出してくる。
「なるほど、これからは空母の時代ということだな」と航空主兵の山本が食いついた。
「勿論です、しかし戦艦も必要です」と男。
「航空機が発達すれば戦艦すらも撃沈可能になる」と山本。
「航空機を発艦させる空母はどうしても脆弱なので、防御するために随伴戦艦が必要でしょう」と男。
「とても、無理ではないか、空母は改修で作れても、戦艦は」
「戦艦は、新ロシアで作れば問題ないでしょう」
「なんだと!」
「ついでに言うと足らんと言われている艦船をロシア船籍で作ればなんら問題ないでしょう」
「なんだと!」
「だから言ったでしょう、6割でも7割でも何でもよいと」
「しかし、10割でいって8割で折れると」
「嫌がらせですよ、相手の言う通りにことが運ぶのが面白くないだけです」男は皮肉気な笑みを浮かべた。
「そうなんですよ、咲夜先輩は、とにかくこんな感じの人で、とても迷惑しましたよ」
既に、相当出来上がっている山口が赤ら顔でこちらに声をかけてきた。
「山口、しゃばけを抜いてやろう」これが、先輩が後輩を殴るときの掛け声である。
「ひ!冗談ですよ冗談」
「君の意見は分かったが、本当にそんなことが可能なのか?」
「それは、帰ってからお見せしましょう。その代わり、少将には、色々と融通をきかしていただきますよ」
「よかろう、だが、それらの設備や確約が取れるならだ」
「勿論です、お任せください。伊達にロシア伯爵とスパイ呼ばわりされていないところをお見せしましょう」
こうしてロンドンの夜は更けていく。
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