第79話 88mm対空砲
079 88mm対空砲
その後、ウーデッドはうまく話をまとめた。
88mm対空砲の直輸入は勿論、新ロシアでのライセンス生産も了承され、技術者の派遣や製造機械の手配などが行なわれていった。
派遣された技術者は、クルップの人間で、シベリア鉄道でウラジオストクにやってきた。
彼らは、独ソのラッパロ条約に基づいて、ソビエト国内で兵器の開発を行っていた。
そして、自国の復興のために、喜んでその兵器を高く売りつけるためにやってきたのである。
此方は、高くうられても全く問題なかったので、ウィンウィンの関係になった。
こうして、ウラジオストクに大砲工場が作られることになった。
いざというときには、この工場で作った大砲を、ドイツに逆輸出も可能になると彼らは喜んだ。
ソビエトと新ロシアは休戦中だというのに、そんなことは可能なのだろうか。
しかし、そのような水を差すようなことは誰も言わなかった。
ついでにいうとそのソビエトとナチスドイツは戦う可能性が非常に高い。
そもそも、ロシアとドイツは仲が悪い、長い間戦争をした間柄なのである。
そして、そのヒトラーの思想では、スラブ人は下級民族である。
勿論、日本人などはもっと下級扱いなのだが、日本人は真実を知りたがらない。
簡単に言うと、殺しまくってもよい民族ということだ。
アーリア人という人種(実際誰の何がアーリアかは不明)でないと優良でないのだ。
まあ、私の場合、人種?(神種か!)なのかどうかも不明だ。
そもそも神の子つまり神と同義であるため、そのようなくくりは用をなさないのは明白だったがな。
この88mm砲は、新たな展開を予想させる代物である。
対空砲だったが、後に対戦車砲として用いられる。
つまりは、戦車砲に転用できる能力を持っていたということなのだ。
そして、対戦車砲として使えるということは、戦車砲になるという流れである。
この砲が完成した暁には、ディーゼルエンジン社の小型大馬力のディーゼルエンジンを搭載した戦車が完成するだろう。
製造ラインもトラック用のラインを修正すればできるだろう。
それ以前にトラックの製造ラインも増強されることだろう。
新ロシア軍では、もはやトラックが無ければどうしようもないくらいなのだから。
クルップの技師たちは、ロシアで良い暮らしを満喫できた。それが彼らの変質をもたらす端緒となってしまうのだが、それはまだ先の話である。
何しろ、ソビエトでは食料不足が深刻なのだ。
先の飢餓で数百万人が死んだともいわれているし、スターリンの大粛清でもっと人が死んでいるらしい。
新ロシアという戦争の相手がいるにも関わらず、そのような凶行に及ぶとは、共産主義というものは、相当に恐ろしいものなのだろう。
因みに日本国内で特高警察におわれた日本人共産主義者は喜んでソビエトに滞在していたが、彼らもスパイ容疑でスターリンに処刑されている。
まあ、彼らも共産主義の聖地で殉教したのだから文句はないだろう。
クルップの技師を巧みにこちら側の陣営に落としてしまうように、大判ぶるまいが続く。
その噂を聞きつけた、ボフォースの社員らも、次の年には、40mm機関砲の試作が完成したので取り急ぎ来訪してくれた。餌がよいと食いつきがよい。
試作の砲は、まだ洋上にいるらしい。
試作品より先に来て何をする気なのだろうか?
兎に角、金と女と酒だけは用意されていた。
このころの技師は皆男なので、そこらへんは勘弁して欲しい。そういう生き物であると理解されたい。
1929年(照和4年)
日本では、照和と改元されている。
私は、海軍大佐に進級した。
大佐といえば、戦艦クラスでも艦長を努める。
ベテラン佐官になる。しかし、私はいつの間にか、海上勤務からはるかに遠ざかっていた。
ほとんどが、ウラジオストク勤務であった。
新ロシアとの調整役に適任であったからである。
そして、語学堪能であるため、ある会議への出席を命じられる。
ロンドン海軍軍縮会議への随行である。
若槻禮次郎元首相を首席全権のとする一団は、その年の年末にかけてロンドンに向かっていた。
その中には、少将に進級した山本五十六や山口多聞中佐がいた。
「よう、山口元気そうだな」声を掛けられた山口は氷ついた。恐怖の記憶が蘇ってくるのである。
「これは、咲夜大佐ではありませんか?」山本少将にすら使わないような硬い語り口調である。
「どうした、私も随員として行くように、軍令部から命令された。お前は陽に焼けて真っ黒だが、私は、冬の国で暮らしていたので真っ白だ」と自嘲する。
まるで、陽に焼けていない海軍士官である。
そもそも、陽にあたっても黒くならないのは、もともとの仕様であるらしい。
「君が、噂のロシア伯爵か」となりにいた上席の山本が声をかけてくる。
「はい、山本少将、咲夜大佐であります」
「それにしても、多聞丸を恐れさすとは、なかなかだな」
「いえいえ、彼は、先輩の顔を立てているだけです」
あんたは、先輩の顔を殴りつけていたがな!山口多聞は心の中でそう叫んでいた。
棒倒しでは、上級生でも殴って問題ない。
日ごろ横暴な上級生も、咲夜だけには手を出さないようになっていた。
棒倒しでは、真っ先にお礼参りにやってくることを学んだからである。
「それより、ちょうどよかった、君も私たちに力を貸してくれ」
「どういうことでしょうか」
「情報では、我々の艦船の数が、米英よりも減らされるようだ」
もともと、そうなのだから仕方がない。
「そうですね、もともと、そのような不平等条約ですからね」
「断固粉砕抗議しなければならん」
「そうです、咲夜大佐、こんなことは許されない」と山口も怒っている。
「なるほど」
シベリア鉄道の夜は長い。
初日から、軍縮会議でどのように論戦していくのか策を練り始める海軍武官たちだった。
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