第16話 護謨の種
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「一粒、50円だと!」あっけにとられるような値段を提示される。
「そうです、これは神聖なる種ですからね」
どこからともなく取り出した、護謨の木の種、鶉の卵のような模様である。
どこが神聖なのか、ちょっと見ではわからない。
そのとおり、只のパラゴムの木の実である。神聖とは、表現にしか過ぎない。
神聖と考えれば神聖なのだ。
「そんなに高いわけないだろう」
現代価値に換算すると、一粒5万円といわれているのだから当然だろう。
「無理にとは言いません、そもそも、この護謨は金のなる木なのですから。それに、あなた方は、南方から買い付ければ問題ありませんよね」
そうだった。
そもそも、日本の本土それも東北地方で護謨の木が育つわけがない。
熱帯系の木なのだから。
それを可能にしているのは、この新種である。(そう思い込んでいる時点で神聖なのかもしれない)
だから買いに来ているのである。
「無茶苦茶言いやがって、買ってから目がでるかもどうかわからないものに50円もだせるか」逆切れ発言をはじめる男。
「うるさい人ですね、芽が出るかどうかなんか初めからわからないでしょう、そもそも、心が汚い人だと育たないといっているんですから、芽が出なければその人が悪いのです」
「いいや、初めから不良品を売りつけようとしているんだ」
「じゃあ、買うなといっているのです」今度は子供が怒る。
「何だと、大人に向かってその態度はなんだ」
「子供に切れる大人の方がどうかしてるだろうが!」
スッと音がする。
若い男が、いつの間にか刀を抜こうとしている。
もはや交渉は決裂。
「おい、
「まあいいでしょう、発芽迄見届ければ、不良品呼ばわりしないように、それでいいですね」子供が、仲裁案を出す。
「まあ、それでいい」
「では、発芽料込で一粒60円でお受けしましょう」
「何!」
「そもそも、なかなかに発芽が難しいのです。本来ならば500撒いて、数十が芽を出せば儲けものでしょう。そのことを思えば確実に、確実に芽が出た状態のものを手に入れることができる。安いものでしょう。私も心の汚い人の所為で不良品を売りつけたなどとは言われたくないのです」
「・・・・」目から火がでるような表情をしているが、そこは我慢する役員。
「100も用意すればよいですか」
それだけで6000円(現在の価値で600万円)の取引である。
「とりあえず、100用意してくれ」
「現金取引を希望します。お宅はどうも信用できません」相手は財閥系商社である。
己よくも!煮えたぎるよう怒りを感じながら、植林がうまくいけばあっという間に潰してくれるわ!そう思いながら我慢する役員。
もともと、商社は自分の製造がうまくいけば当然、咲夜商店を吸収合併か、倒産させるほどの攻勢をかけるつもりだったのだから当然と言えば当然であった。
10円札の札束を六つ持った男が再度、仙台を訪れる。
「絶対あの会社は、潰してやらねば気が済みません」社長にも事の顛末を話した幹部社員。
「まずは、護謨の生産がうまくいくまでは、そうはいかないだろう」もちろん、社長も面白いはずもないが、今は何もどうすることができない。
結局300買うことにした。
そして、種ができれば、買いまくった山林に植えまくってやろうと怒りをかみ殺してやってきたのである。
100本の苗木が、根の部分を布にくるまれて待っていた。
既にできている。
初めて、幹部がやってきてからまだ幾日も経ってはいない。胸糞わるいので先に金を叩きつけに来たのである。
「100本できている、もって行って植えたまえ」
「後200本分も渡していく」金の話は電報でつけている。
「ああ、好きにすると良いでしょう、5日後に来ればできているでしょう」子供は超然と言い放った。
こうして、大金18000円が支払われ、100本の苗木が持ち去られる。
隣の山が買い付けられ、伐採されているのでそこに植えるのであろう。
そして、5日後男達は再度やってきて、苗を受け取り植えに行く。
300本の苗木が全て植えられる。
しかし、半年も経たないうちにすべて枯れてしまったのである。
当然、秋がやってきて、冬が近づけば熱帯の護謨の木では生きていくことはできない。
枯れて当然であった。
そうして、冬の前には、戦闘員をのせたトラックが3台も、仙台の咲夜家の前に現れる。
「おいコラ、全部枯れちまっただろうが!」
あの幹部が先頭にたって吠えている。このころトラックはかなり珍しい。
流石に、一流の財閥系商社、トラックでやってきた。
引き戸の扉が開き、家主と息子、護衛の3人が現れる。
対する彼らは運転手、幹部、戦闘員合わせて30数人は下るまい。
「今更、何を言っている、私ははっきりといった。心がねじ曲がった、心も顔も汚い人間に世話をされると枯れるのだと、はっきり言った。聞いていなかったのか低脳君」
言ってもいなかった悪口すら加わり罵詈雑言の嵐である。
「何だと、新品種を寄こさなかったからだろうが」
「誰が、新品種だといったのかね」
「普通にある種で苗木を作ったんだろうが」
「馬鹿かね、神聖な種故に、心も顔も汚い君たちに世話をされて、枯れてしまっただけだというのに」と小首をかしげる子供。
「そんな馬鹿な話が通るとでも思ってやがるのか、こっちは、種代、人夫賃、土地代、馬鹿にならない経費をかけてやってるんだ、舐めてんのか」
「話にならん、警察を呼べ」
「ははは、警察は今日、休みだとよ」
男の顔に邪悪な笑顔が浮かぶ。
財閥の力なのか、賄賂の力なのか、警察は休みになったようだ。
世知辛い世の中ということである。
かといって、この男達をすべて殺して山に植えるには、ここは人通りが多すぎる。
少なくとも、ここは街中なのである。
近所の人が窓の奥で様子をうかがっているのを察知できる。
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