終章4話

終章04


まるで人が変わっていた。

玉兎が、法王を蹴り飛ばす。


「不敬、不敬、不敬!」顔は光輝いていたが、顔つきは怒っているように見えた。

玉兎は、弟、ニコラ・テスラに似た顔であったが、その顔は今や全くの別人になっていた。


けり飛ばされた法王は、真赤な血をまき散らしながら、クルクルと床を転がった。

「グハ!」法王はひときわ、大量の鮮血を吐き出した。

その血の色は深紅で動脈を破壊されたことは明らかだった。


「人間ごときが、神に歯向かうとなんという不敬!断じてゆるされぬ」

陰々と響く声、その神性を帯びた声は、会場のすべての人間に聞こえていた。


「玉兎」血を吐きながらも法王が弟の名を呼ぶ。

「馬鹿めが、その玉兎とやらの魂は、もともと我の信者である。おかげでたやすく乗っ取ることが出来たわ!」吐き捨てるように、玉兎は言った。


そう、王妃アナスタシアはロシア聖十字教会、ダン・テスラは十字教の信者として生きていた。


「猊下!」親衛隊の兵が叫んだ。


何者かに憑依された玉兎が手を振るうと、全ての時がとまった。

「汝の処刑を誰にも邪魔はさせん!」


「己」法王は苦し気に呻く。

流石に、神の御技、時間を止めるなどということが可能なのだ。


「まあ、虫けらが何匹かかってこようと何ら、邪魔にはならないが、不快であることは間違いないからな」


その間にも出血は続いている。

「その傷は汝の臓器を深く傷つけている。もはや助かることは無かろう。ゆっくり死んでいくがよい、それが私の汝への慈悲である」ニタリと男の顔が唇の端を大きく釣り上げる。


「勝ったつもりでいるのか」

「汝に何ができるというのか」


その視線は、虫けらを見下すような侮蔑の視線であった。


「私は常に、不思議におもっていたのだ。何故、同じ神を崇める人々が争うのか」

大量の血を流しながらも、法王は驚異的な体力を有するのか話始めた。


それは、歴史上何度も行われた、十字軍遠征である。

十字教がアラー教の地へ遠征し、各地を破壊するというものである。

当然、逆侵攻もなんどかあった。

イベリア半島がアラー教により支配されたことなどもある。


「何を世迷言をいっているのだ」


「そこで仮説を立ててみたのだ」


「・・・・・・・」


「神の信徒は、すべからく神の声を聴いたという。聖書であり、新約聖書、クルアーンである」


「・・・・・・・」


「皆が皆、教えに忠実に生きようと信仰しているのにも関わらず、同じ神をいただく者同士が何故戦い続けるのか?」


「・・・・・・・」


「そこに、信仰に対する優劣があるのか?」


「早く死ね!」神が手を上げる。


「何か都合が悪いことでもあるのか?」


法王は血を流しながらも語り続ける。そこらへんは通常の人間よりもはるかに優れた身体能力を有しているのだろうか。


「さあ、答えよ、(偽神)よ!」


顔が怒りと驚愕に歪む。

「それとも、と呼んだ方が良いのかな!」


神の手から光の矢が何本も放たれ、法王の体を貫いた。

「グア~~!」


「私を殺して、証拠を抹殺するつもりか」


「当たり前だろう!塵に返してくれる、魂を地獄で永久に焼いてやる!」

怒り狂う玉兎に乗り移った何者か。


光りの剣を手にした玉兎が近づいてくる。


法王はもはや血まみれで動くことすらできそうになかった。

通常の人間ならとうに即死するほどの傷を負っていた。

最初の一撃からして即死攻撃だったが、時間とともに心臓を回復させていたのである。

まさに、人間ばなれした回復能力である。


「シネ、ニンゲン!」

振り下ろされる光の剣。

しかし、驚くべきことに、法王はトーガから、槍のような武器で神を攻撃したのである。


「ク!」

神は咄嗟に、飛びのいた。


「愚か者め、神に物理攻撃など無効に決まっておろう」


法王は、血まみれの顔でニヤリとした。

「さすがは、偽神も神という訳かい」


「儂は正真正銘の神である。控えよ!」

物質的な圧力が法王を床に叩きつけようとするが、こちらも人外の能力で耐えきった。


「ぐお~~~~~~~~~~!」今度は神が吠えた。


槍は、玉兎の足を貫いていた。

玉兎の体から、何かが抜けていく。

神にも気づかせないほどの瞬間的な攻撃。

まさにと呼ばれる所以である。


抜けていくそれは神霊であった。

その神霊は人間の姿をとって光っていたが、貫かれた足の部分が黒く変色していた。


「馬鹿な!神たる儂を傷つけられるなどありえぬ!」

だが、黒い侵食は明らかに広がっていた。

神霊は、足を切り飛ばした。

このままでは、本体にまで汚染が広がってしまう。


それでも、切り飛ばした足などは何の問題にもならない。

神霊であるがゆえに、足などは問題になることは無い。


すぐに元の人型に戻るのだった。


だが、その時には、法王も立ち上がっていた。

足元には、例の神薬の包み紙が落ちていた。


「さあ、これからが本番だ」

法王はニヤリと笑い、槍を握った。


「あんたなら、この槍が何だか知っている筈だが?」

それは何ということは無い槍である。

西洋の槍であり、飾り気のない武骨な槍である。


「貴様~~~~!」神はさらに激怒する。


「確か、これに刺されて死を確認された人間がいた。そいつは明らかに生き返る筈だった。それが奇跡だからな。しかし、その生死の確認をしたこの槍には、呪いが掛けられていた。神殺しの呪いがな!」法王はそういった。


そう、だから生き返る筈の『神の子』がそのまま死んでしまったのである。


「だから、生き返ることが出来なかったのだ!そうだろう?違うのか?」

法王は神霊を難詰していた。


「そして、成りすましたんだろう?だから、同じ信者同士で殺し合うんだろう?何とか言ったらどうだ!」法王はすでに完全に復活していた。


「何故、貴様は復活した?あの薬は10包しかないといっていたではないか?」と神霊が声を震わせる。神の威光はすさまじく、通常の人間であれば意識が吹き飛ぶほどの力がある。


「そんなことを生真面目にいう訳ないだろう?あんただってだまして、この槍使わせたんだろう」法王はニヤリと笑った。その槍とは、使った人間にちなんで『ロンギヌスの槍』と命名されていた。


「絶対に貴様をここで消さねばならん」

そう、ここは神が創り出した瞬間。

周囲の人間全ての時が止まっている。


この会話も聞こえている人間はいない。


緊迫した空気が場を支配していた。


この男は決して人間が知ってはならない秘密を今ここで公然と話していた。

決して許されることはない暴挙である。


今こそ、この不敬なる人間に『神罰』を下さねばならないのだ。

絶対に知られてはならない真実を隠蔽するために。







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