終章2話
終章02
「ミカエル・トハチェフスキー元帥に命じる。オーバーロード作戦を直ちに実施し、アフリカ南部を切り取ってまいれ!」
「は!猊下の命を神の命として、命を賭して果たしてまいります」
彼が顔を上げたときその瞳は涙にぬれていた。
「泣くな、馬鹿者」
「は!」
彼は泣いていた。
そう、なぜなら彼の銃殺されたはずの妻が、列席者の内にいたからである。
彼もまた、あの薬により、現世に顕現した者であったが、妻(粛清で銃殺された)は死んだままであった。
彼は復讐者として、スターリンを仇として討ち取り、ペルシャ皇国を打ち立てた。
そのペルシャ皇国を法王の息子(ロシア側)に譲ることにより、その報酬として妻が奇跡の復活を遂げたのである。
強制収容所に送られていた生き残った身内たちも親衛隊特殊部隊により救出されていた。
彼は幸せだった頃をようやく取り戻すことが出来たのである。
奇跡の薬は有限である。
どのように望んでも、使える数が決まっている。
そしてその残りはわずかであった。
妻の命と巨万の富を比べれば、・・・・・・。
考え込む人間もいるだろう。しかし、ミカエルはまったく悩まなかった。
そもそも、富は、十分蓄積できるのだ。アフリカ南部は資源地帯、当然に指揮官たる自分が何某かの権利を与えられる。
そして、何より、法王に逆らえば、ペルシャ皇国の王などやっていられるわけもないのだ。
彼は、権力者の考えを痛いほど理解していたのだった。
邪魔になったら除かれる。
戦争が終われば、シドニーの郊外にでも土地を貰い家族でゆっくり住みたいものだ。
彼はそう考えていた。たとえ娘達が自分よりも年を取って見えたとしても。
私も妻も娘よりも若く見えた。
しかし、それがどうしたというのだろう。
家族と共に暮らす、これほど幸せなことはないのだ。
妻と死に分かれた彼にはそれが痛いほど理解できた。
その前に、『オーバーロード作戦』を成功させなければならない。
この神聖月読皇国には、兵士が山ほどいる。
これからは平和に向かう。その時に邪魔なのは、兵士たちである。
平和な世界に兵士は必要最小限で良いのだ。
そういう意味でも、このオーバーロード作戦は派手に実施される。
全軍を引き連れて、アフリカ大陸に攻め込むのだ。
アフリカ大陸に、強敵はいない。
自分が指揮すれば、半分の兵士でも十分であるはずだった。
兵器、兵士の質、物量全てが、圧倒的なのだ。
明らかに、過剰戦力である。
しかし、それでも良い。
過剰戦力で戦争して何が悪いのだ。
それに、私は、作戦終了後は、帰還できるだろう。
トハチェフスキーには、見えていた。
「ペルシャ皇国の新王は、我が息子、マキシム・ロマノフ・サクヤとする」
誰もが、口を挟まない。
この場では、口を挟んでもよいことになっている。
異論を述べることがあらかじめ許されていた。
会場内には、連邦内の各国、満州、ロシア、モンゴル、チベットなどの同盟国の元首もいるのだ。
そして、ペルシャ皇国とは、世界の原油そのものである。
だが、誰も口を挟まない。
というか、挟めるものではない。
今ここで、不満を言えば、帰り道で不慮の死を遂げることは確実だ。
ここは、聖都サンクトゲントブルグ(旧シドニー)、月読教の総本山、教主(法王)に逆らうことなどできるはずがない。
そんなことが許されるはずがない。
親衛隊の中には、暗殺部隊が存在しているというのに。
連邦各国、同盟諸国は、石油を完全に握られている訳だが、それは問題ではない。
必要分を回してもらえるかが問題なのだ。
逆らえば廻してもらえなくなるという弱みを握られている。
輸送面においても、インド洋、ペルシャ湾、インドネシアの各海峡も完全に掌握されている。
ついでに言うと、パナマ運河、スエズ運河も支配されている。
仲間外れにされると、貿易に掛かる費用が物凄いことになるだろう。
「うむ、皆に異論はないようだ。次に、この聖都を含めた、月読の地(オーストラリア)は、我が息子咲夜龍兎に継がせようと考えている。」
「あなた、ちょっと!」それは、ロマノフの娘、アナスタシア王妃(正妃)が声を発した。
マキシムの下にも当然息子がいたのである。
「控えよ、妃と言えども政治に口だししてはならん!」
周囲の国家元首、高官たちは、それは当然であると考えていた。
発言を許されるのは、政治家であって、妻ではないのだ。
何よりも、世界の軍事バランスを考えれば、戦争を経験した、咲夜龍兎は現実を知っている。
そして、これからも太平洋の平和を守ってもらわねばならないのだ。
ロシア側の王子が従軍した記録はない。
母親が安全を優先した結果であるし、父親(法王)も強要はしなかった。
龍兎の場合は、戦争のために、生まれたといっても過言ではないような人間だった。
法王曰く、『
龍兎以下11人の息子(非接触型のPS)もそれは同様であった。
連邦軍のエース岩本徹三少佐は、こう語っている。
「あの日の空戦で、法王の息子の一人、名前は分からないが、確かに撃墜されたのだ。対空砲が直撃したので即死だったはずだ。しかし、2、3日後のブリーフィング時には、もう座っていたのだ、これは間違いない事実だ」
撃墜されて、即死したはずなのに、2,3日後には、既に存在していたのであるという。
いかにも、奇妙な話だったが、その後岩本はその話をすることはなかったという。
ハワイが太平洋の中央の守りであるならば、この月読国(旧オーストラリア)は角にいる強固な守りのである。
オーストラリアからインド洋に向かう海上は、石油輸送の重要なライフラインである。
各国は、オーストラリアの防衛が万全であれば、非常に安心できるというものである。
経済にとってはなによりも、優先されるべき事柄であった、嫁が私情で口出ししてよい話ではなかったはずであった。
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