第75話 空母天城進水!?

075 空母天城進水!?


海軍工廠横須賀船渠。

関東大震災が発生したその当日の朝のことである。

人々は絶叫していた。

干ドックに水が入れられていたのだ。


このような真似をした、叩き殺してやる」

工事長が真っ赤になって叫んでいた。

何と、改修作業中のドックに、誰かが忍び込んで、海水を入れたのである。

海軍工廠であるため、見張りもちゃんといたはずだった。

工具や資材が海水に沈んでいる。

「憲兵を呼べ、絶対犯人を捕まえろ!」

改修対象の天城が浮いていた。

まさに、鬼畜の所業であった。

きっと米国かソビエトのスパイが忍び込んだに違いないのだ。


憲兵や警察が大量にやってきて、現場検証をしていた時にその揺れは襲ってきた。

「ゴオ――――――――!」地面が大きく揺れのたうったのである。

皆がしゃがみこんで悲鳴を上げた。


ドックの海水がピチャピチャと波打った。


揺れが収まってやっと正気に戻った時、工事長は気づいた。

天城が無事だったのだ。

もしかしたら、落下事故を起こしたかもしれないということに。

天城は、プカプカと浮いていた。


無傷なのは間違いない。浮いていたからである。

その後、犯人捜しは沙汰やみになった。



米国のスパイは嫌がらせに失敗した。

あのままにしておけば、落下事故を起こしたかもしれない、そうすれば重大な損傷を興したかもしれなかった。しかし、嫌がらせに、海水をいれたためにそれが裏目に出たのである。


こうして名前の共通性は守られたのである。

しかし、空母甲板には、どちらも『ア』と書くのだろうか。

『アカギ』に『アマギ』とても似ていて判別しづらいのだった。


これらの空母については、艦政本部から三段空母への改装命令がでた。

だが、それが表に出る前に、ストップがかかった。

伊藤から、三段空母は本当に使えるとは思えないというきつい質問を浴びせたられたからである。艦政本部では、様々な試行錯誤を繰り返しており、英国の空母がこのような改造を行うことを知り、対抗するために行うことに決定したのだ。


しかし、伊藤元老の質問は、的を射ており、本当にこの三段運用ができるのかどうか甚だ疑問というままで、解決できなかった。


そして、最もきつかったのは、航空機が大きくなったらどうするつもりだとの質問だった。

伊藤は、全通甲板でアイランド型艦橋を採用するようにと圧をかけてきた。

とても素人のできることではない。

誰かが、入れ知恵していることは明らかだったが、艦政本部の誰もが返すことができなかったのだ。


残念ながら未だ航空母艦という名称すらきっちりと決まっていない、未知の艦船であり、誰もが試行錯誤せざるを得ない。その中で、解答を見つけることは至難の技であった。


そうして、全通甲板が決まってしまった。

今度は、煙突どうするかという問題が立ちふさがる。

しかし、ここにも煙突は、つけ方により排煙が気流を作り出すので、高い煙突をつけろという要求が遣ってきた。


何故、海軍でもない人間とこのような話をせねばならんのか!

海軍軍人は皆心の中で息巻いたが、天皇陛下がことのほか心配しておられるといわれると、回答に窮するのであった。


そして高い煙突となれば、艦橋と一体型のものにならざるをえなかった。


艦橋はどちらかにつけるかという問題が出たとき、艦政本部では、天城と赤城で別々にしようと考えていた。

天城が右舷側、赤城が左舷側にと、実験的な意味で施工しようとしていたのである。

しかし、『左前』という言葉を知らんのか、死んだ人間のようで、縁起が悪いと、左舷側を完全否定されてしまう。


「己!伊藤め」怨嗟の声が艦政本部に満ちていた。

それでも、誰も先頭を切って抗議にでる者はいない。

そう、彼は元老だ。元勲だ。

天皇に諮問できる人間だ。そのような強力な権力に楯突くなどできるわけがない。

海軍軍人といえども、それはすでに官僚と同じ、権力に抗うことなどなかなかにできることではないのだ。


艦橋は、右舷に取り付けることになってしまったのだった。

だが、これは結果的に大成功になってしまう。

後に、英国の三段空母は、全通甲板に改修されてしまった。

排煙の問題も最後まで残ってしまったのだ。


結果として天城、赤城はそのような問題に悩む必要はなかったのであった。


勿論、今では空母といえばこういうものであるが、当時は試行錯誤の時代だった。

結果的には、全てが試行しない方向で結論に達したことになるのであった。


だが、無駄な試行を省いたことで、より設計に磨きをかけることが可能になったのである。

改修現場では、細かい設計について、議論を戦わせている時には、「わからんなら貴様が伊藤元老に聴きに行け」と罵倒されるほど有名な話になったのであった。


しかし、実際に聴きに行った猛者がいた。

だが、その時には、聞きたかった件とは別の話をされたのである。

飛行甲板は、できるだけ長く、幅を持たせろ!艦形よりも張り出して作れ!と命じられた。

「航空機は今よりも大型化するだろう、その時に置けなくなる。大きければ多く置けるだろう。それに、飛行士も離発着しやすいはずだ!」

出来てもいない物を、飛んだこともない男が断言したのである。


造船将校は、恐れ入って伊藤邸を辞したという。



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