7話―悪魔との遭遇
「まあまあ、そう気落ちするなって、リオ。よし、今度はアタイの強さを見せてやるよ。よーく見ておきな」
「でも、カレンさん素手ですよ? 大丈夫なんですか?」
しょんぼりするリオの気持ちを上向きにしようと、カレンは今度は自分が実力を見せようとする。が、リオに指摘された通り、カレンは武器を持っていなかった。
二の腕と太もも、腹筋を露出した赤い鎧と金属製のブーツ、籠手とポーチしか身に付けておらず、完全な素手であった。カレンはニッと笑い、右手を前方に差し出す。
「問題ねえさ。アタイは武器召喚の魔法が使えるんだよ。だからこうして……ウェポン・サモン!」
「おお……すっごーい! かっこいい!」
カレンの右手に光が集まり、身の丈ほどもある金棒へと変化した。黒光りする六角形の金棒を見て、リオは耳をパタパタさせ興奮する。
自身の得物を誉めてもらい上機嫌になるカレン。そんな彼女は、無造作に左手を顔の横へ振り上げる。次の瞬間、木々の間から飛んできた矢が籠手にぶつかり地に落ちた。
「……出てこいよ。さっきからチラチラ見やがって。アタイが気付いてないとでも思ってんのか?」
「ほう、我らに気付くとは。ただのオーガだと思っていたが、そうでもないようだ」
殺気のこもったカレンの言葉に、木々の間から出てきた悪魔が答える。総勢四体いる悪魔たちを見たリオは、無意識にしっぽを逆立て威嚇する。
ボグリスたちとの旅の中で、リオは彼らによく似た魔王軍の刺客となんども相対していた。だからこそ即座に理解出来た。悪魔たちは、自分を狙って現れたのだと。
「我らは偉大なる魔王様に支える者だ。女、そのガキを渡してもらおうか。そうすればお前に手は出さないことを約束しよう」
「はあ? リオを渡せだあ? やなこった。てめえらみてえなどこの馬の骨ともしれねえ奴らに、リオは渡せねえな。欲しいんだったら力ずくで奪いな!」
「僕だって戦う! お前たちなんかに負けないぞ!」
金棒を悪魔たちに突き付けながら、カレンは勇ましく啖呵を切る。リオは飛刃の盾を二つ作り出し、両腕に装着し戦闘体勢に入った。
「よし、やるかリオ。二人ずつだ。いけるか?」
「はい! 頑張ります!」
二人は背中合わせになり、自分たちを囲むように陣形を組む悪魔たちを睨み付ける。次の瞬間、二人は同時に走り出す。真っ先に仕掛けたのは、カレンだった。
「さあ、てめえら二人ともぶっ飛ばしてやるよ! あばらへし折ってやるから覚悟しな!」
「フン、返り討ちにしてくれるわ!」
二人の悪魔は両手の指を鋭い爪に変化させ、カレンに襲い掛かる。カレンは一瞬後ろを見てリオから十分離れたことを確認し、金棒を持った右腕を大きく振り回す。
「おらっ! ふっ飛べ!」
「な……ぐがっ!」
二体の悪魔のうち、一体はバックステップで金棒を避けることに成功する。が、金棒を受け止め反撃しようとしたもう一体の末路は悲惨であった。
金棒を受け止めようとした左腕ごと半身の骨を粉々に砕かれ、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。激しい音と共に木に激突し、崩れ落ちて動かなくなった。
「一撃、だと……!? あり得ん、この女どれだけの力を……!」
「アタイを甘く見んなよ? オーガ族の女の中でもなあ、アタイは特に……パワーと頑丈さはピカ一なんだよ!」
相方が一撃で屠られたのを見た悪魔は驚きをあらわにする。カレンは肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべ、左へ振り抜いた金棒を右へ薙ぎ払う。
「おらっ! これで終わりだ!」
「くっ、魔族を舐めるなよ! 終わりなのは貴様のほうだ!」
悪魔はタイミングを合わせて金棒をスライディングで潜り抜ける。そして、剥き出しになっているカレンの脇腹に向かって鋭い爪を突き立てた。
……が、爪はカレンの腹を抉ることはなく、逆に粉々に砕けてしまった。
「ぐあああっ! お、俺の爪があっ!」
「へっ、さっきも言ったろ? アタイはオーガ族の中でも特別頑丈なんだよ! そんなへなちょこな攻撃、アタイにゃあ……効かねえのさ!」
爪を砕かれて悶える悪魔目掛けて、カレンは渾身の力を込めて金棒を振り下ろした。ぐしゃっ、という音と共に、悪魔の生涯に幕が降りた。
一方、リオはと言うと、残る二体の悪魔と激しい格闘戦を繰り広げていた。体格面で遥かに劣るリオが相手なら、すぐ決着が着くだろうとタカをくくっていた悪魔たちは焦る。
「くっ、このガキ手強いぞ! チビのクセになんつうパワーだ!」
「よっ! はっ! てやっ! パワーなら負けないぞ! えい!」
敵の攻撃を避けつつ、刃が取り除かれた盾のフチでリオはアッパーを放つ。一体の悪魔の顎を捉え、見事クリーンヒットとなった。
「ぐふっ……」
「くそっ、やられちまったか! このガキめ、こうなったら……これでも食らえ!」
「わっ!?」
相方が倒されたことで危機感を募らせた悪魔は、折り畳んでいた背中の翼を広げ空中に飛び立つ。リオが驚いた隙を突き、足に生やした鋭い爪を用いて蹴りを放った。
蹴りはリオの左の頬を抉り、深い傷を付ける。リオが痛みに呻くなか、決着が着いて周囲を見る余裕が出来たカレンが一部始終を見て激昂する。
「てめえ! よくもリオの顔に傷を付けやがったな! ぶっ殺してやる!」
「カレンさん、大丈夫。これくらいの傷、すぐに治るもん!」
殺気立つカレンに、リオは大声で告げる。その言葉通り、魔神の持つ治癒能力によってみるみる頬を傷が治っていく。その様子を見た悪魔は悟る。
自分たちではこの二人に勝つことは出来ない、と。悪魔はリオたちに背を向け、一目散に退却していく。が、それを許すリオではない。
「逃がさないよ! シールドブーメラン!」
「なっ……!? ぐはっ!」
リオは右腕に装着した盾のフチを刃へと変え、逃げていく悪魔目掛けておもいっきりぶん投げた。盾は悪魔の身体を両断し、一撃で息の値を止めることに成功する。
魔神の力を継承してからの初めての戦いにて、見事リオは勝利を納めることが出来た。カレンはリオの頭を撫でながら、健闘を誉め称える。
「やったなリオ! 途中からだけど見てたぜ、お前の戦いっぷり! やっぱすげえよリオは」
「えへへ、それほどでも……。カレンさんも凄かったよ、ドーンって殴ってピューンって吹っ飛んで……」
リオは謙遜するも、よほど嬉しいらしく耳もしっぽもちぎれんばかりに右に左に揺れていた。擬音全開で誉めてくるリオを見てカレンはニヤニヤしていたが、違和感に気付き顔をしかめる。
「……ん? そこにぶっ倒れてたはずの悪魔がいねえな。どこに行きやがったんだ?」
「あれ? ホントだ、いつの間にかいなくなってる……」
カレンの言葉に、リオは首を傾げる。顎を砕かれ気絶したはずの四人目の悪魔が、いつの間にかいなくなっていたのだ。探しに行くべきか迷う二人だったが、追わないことに決めた。
深追いしたところで見つけられるとは限らず、森の中で仲間が罠を張って待ち伏せしている可能性を考慮し、このまま町へ帰ることにしたのだ。
悪魔たちの死体が黒い煙となって消滅したのを見届けた後、カレンは少し離れた場所に横たわるブラックベアーの死体を指差す。
「よし、邪魔者もいなくなったし、今日はブラックベアーを土産に帰るとするか。深追いしてもいいことはないからな」
「分かりました。じゃあ、早速解体を……」
「その必要はねえよ。アタイが担いで行くから」
ブラックベアーを解体しようとするリオを制し、カレンはブラックベアーの死体に近付く。炎魔法で首の断面を焼いて血止めをした後、片手で軽々と担ぎ上げた。
……余談ではあるが、成体になったブラックベアーの体重は軽くても八十キロ、重い個体なら百三十キロは越える。それを軽々と片手で担ぎ上げるというのは、恐るべき怪力だと言えた。
「……かっこいい」
片手でブラックベアーを持ち上げてみせたカレンを見上げ、リオは尊敬の眼差しと共にそう呟く。耳敏くその呟きを聞いていたカレンは、満面の笑みを浮かべていた。
◇――――――――――――――――――◇
(クソッ、ぬかった……。まさかあれだけの力を備えているとは)
一方、無事逃走に成功した悪魔の生き残りは、森の中に身を潜めていた。砕かれた顎の痛みに耐えながら、憎々しげにリオの顔を思い出す。
(だが、顔は覚えた。ザシュローム様へ情報を持ち帰れただけよしとしよう。魔神の継承者よ、次こそは貴様を捕らえてやる!)
悪魔は心の中でリベンジを誓い姿を消した。自分たちの知らないところで、魔王軍が動きだそうとしてることを、リオはまだ知らない。
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