92話―創世神の策略

「この人、怪我してる……。お姉ちゃん、この人手当てしてあげなきゃ。テントに戻ろう」


「だな。なんかヤバそうだしな」


 川遊びを続けていられる雰囲気ではなくなってしまい、二人は少女を連れ急いでテントに戻る。テントに戻ると、設営が終わったクイナたちが帰り支度をしていた。


 まだ彼女たちが帰っていなかったのをこれ幸いに、とリオは川であったことをクイナに話して聞かせる。一通り話を聞き終えた後、クイナは部下の一人を呼ぶ。


「おーい、確か怪我によく効く丸薬があったよね? それ持ってきてー」


「了解です、頭領!」


 一人のゴブリンの女性が薬を取りに行っている間、リオはテントの中に入り少女を毛布の上に寝かせる。しばらくして、薬を持った女性が戻ってきた。


 クイナは薬を飲ませ、少女の額に出来た火傷の手当てを行う。その最中、カレンはボソッと呟く。


「ひでえ傷だな。一体どこのどいつがこんなことしやがったんだ? 身なりもいいし、案外どこかイイトコのお嬢様だったりしてな」


「かもしれないね。本当、酷いことを……」


 その時だった。凄まじい轟音と共に、落雷が発生する。驚いたリオたちは一斉に外に出て、空を見上げ――一様に驚愕の表情を浮かべた。


「な、なにあれ!?」


「あれは……結界か? 帝都のほうを包んでやがるぞ」


 遥か遠くに見える真っ白なドーム状の結界を見て、リオは嫌な予感を覚える。つい最近、似たようなシチュエーションを味わったからだ。


 しかし、リオはまだ知らない。結界を発生させたのが魔王軍ではなく、創世神ファルファレーであるということを。



◇――――――――――――――――――◇



 ――アーティメル帝国の帝都、ガランザ。ユグラシャード王国の首都、ハールネイス。ロモロノス王国の首都、セルンケール。そして――魔界。


 四ヶ所が創世神ファルファレーの力で外部との交通を遮断されてしまい、断絶してしまった。魔界では、軍団再編の会議が行われており、魔王が異変に気付く。


「ほう、これはこれは……。とうとう創世神が動いたか。ここまで強力な結界を張るとは……よほど、余の干渉を受けたくないとみえるな」


「魔王様、どうします? 俺の切り札を使えば、あの結界を消滅させることが出来ますが」


 広い部屋の中心に浮かぶ、漆黒の球体に包まれた玉座に座ったまま魔王グランザームは呟く。そんな魔王にグレイガが問いかけるが、グランザームは否を唱える。


「放っておけばよい。少なくとも、我らを封じ込めているということは、狙いは余ではないからな。下手に動くより、奴らがターゲットとの戦いで疲弊したところを狙い打ちにすればいい」


「かしこまりました。では、空席となった三つの幹部の席の補充についてですが……」


 グレイガはあっさりとグランザームの言葉に従い、会議を続行する。一方、魔界以外の三ヶ所ではそんな余裕はなく、パニックが発生していた。


 混乱を鎮めるために帝国軍が出動するなか、屋敷に留まっていたアイージャとダンスレイルはファルファレーの気配を敏感に感じ取り、倒れてしまう。


「この、気配……! 間違いない、奴だ……!」


「だろう、ね……。遠く離れていても、あいつの……創世神ファルファレーの敵意を感じるよ。なるほど、私たちを隔離するために結界を張ったってことか」


 二人はなんとか身体を起こし、息も絶え絶えに床に座り込む。全身に突き刺さる激しい敵意の波に、動くことすらままならないのだ。


 二人には、結界の外にいるであろうリオとカレンの無事を祈ることしか出来なかった。



◇――――――――――――――――――◇



「……では、もう一度作戦を確認する。我らは二人一組になり、鍵を持って逃亡した姫の捜索を行う。よいな?」


「うむ。しかしバウロスよ、四ヶ所も結界を張る必要があるのか?」


 その頃、聖礎では神の子どもたちカル・チルドレンが作戦会議を行っていた。リーダー格である長身痩躯の男――バウロスのに、緑色の法衣を着た少女が問う。


「魔界と地点Aガランザは敵対勢力の封じ込めに必要だ。地点Bセルンケールには鍵の一つがある。確実に確保するための封じ込めだ」


「なるほど。では最後の一つはどういう意味だ? あの地には鍵はあるまい?」


「……我らが父の御心は、時として解し難い。兎も角、我らは姫を抹殺し鍵を奪うのみ。私はジェルナと共に行く。ローレイはバギードと行け」


 残りの三人はバウロスの指示に頷き、空間の歪みを二つ作り出す。エリルを始末するため、神の子どもたちカル・チルドレンは活動を開始した。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……こりゃ普通じゃねえな。リオ、どうする? 下手にここから動いても危なそうだぜ」


「そうだね……。あの人もまだ目覚めないし、ここにいたほうがいいかな。幸い、人数はいるし」


 結界を見たリオとカレンは、クイナたち黄昏の旅団のメンバーと集まり今後のことを相談していた。最終的に、空から落ちてきた少女が目覚めない以上、ここを動くのは得策ではないと結論付けた。


「頭領! 女の子が目を覚ましました!」


「お、話をしてれば……よし、それじゃ様子を見に行こうか、リオくん」


「うん」


 テントで少女を介抱していたゴブリンのくノ一からの伝令を受け、リオたちはテントへ戻る。少女は上半身を起こし、ボーッとしていた。


 リオたちがテントの中に入ってきたのを見て、少女は身をすくませる。彼女からすれば、怪しい人物が複数でテントの中に入ってきたのだから無理もない。


「あ、あなたたちは……?」


「信じにくいかもしれないけど、僕たちはあなたの敵じゃないよ。空から落っこちてきたから、テントに運んで治療したんだ」


「空から……? そう、それじゃあ転移石テレポストーンはちなんと機能したのね……」


 少女はリオの言葉を聞き、そう呟く。自分を介抱してくれたお礼を言ったあと、彼女は自己紹介を始める。


「……まだ名乗っていなかったわね。私はエリル。エリル・ゼオノーア・デ・ケリオン。アーティメル帝国の西にある国の第一王女よ」


「ええ!? お姉さん、お姫様だったの!?」


「……そうよ。もう、この肩書きになんの意味もないけれどね」


 驚くリオに、少女――エリルは自虐的な笑みを浮かべながら答える。そして、自分が何故空から落ちてくることになったのかを彼らに話し出す。


 創世神を名乗る一味が現れ、国に生きる全ての命を文字通りの意味で『根絶やし』にしたこと。一味の目的は、五つ集めれば神の住まう地へたどり着ける鍵を奪うこと。


 そして、父であるケリオン王から鍵を託され、王国唯一の生き残りとして逃がされたことを。話を聞き終えたリオたちは、しんと静まり返る。


「……許せない。自分たちの目的のために、何の罪もない王国の人たちを皆殺しにするなんて……! 創世神だかなんだか知らないけど、これ以上好き勝手させるもんか!」


「無理よ。創世神は強い。いえ、創世神だけじゃない。あいつが子どもたちと呼んでた四人組にさえ、兵士たちは勝てなかった」


 憤るリオに、エリルはそう答える。目の前で起きた惨劇を思い出し、エリルの目から涙が溢れ出す。そんな彼女をしっぽでぐるぐる巻きにし、リオは優しく抱き締める。


「大丈夫だよ。絶対に僕があなたを守る。絶対に殺させないから」


「ああ。安心しなよ、お姫さんよ。リオは強いんだぜ? なんてったって、盾の魔神なんだからな!」


「えっ……!? う、嘘でしょ……? あなたが、あの有名な……」


 リオとカレンの言葉に、エリルは驚愕で目を見開く。その時だった。一人のくノ一が、とてつもなく慌てた様子でテントの中に飛び込んできたのだ。


「と、頭領! 広場の端に突然光の柱が! 誰かが出てこようとしてます!」


「光の柱……? リオくん、悪いけど様子を見てきてくれるかな。拙者はここでこの娘を守ってるから」


「分かった。お姉ちゃん、行こう」


 カレンを伴い、リオはテントから出る。念のため、両腕に飛刃の盾を装着し、くノ一に案内され光の柱へ向かう。ソレはすぐに見つかり、リオたちは目を見開く。


 どこまでも高く伸びる真っ白な柱を見ていると、突如柱の中から凛とした少女の声がリオたちの耳に届いた。


「案外早く見つかったな。早速、お前の『真眼』が役に立ったようだな」


「だろう? オレの探知能力は……おっと、他にも下等生物がいるようだ」


 光の柱から現れたのは、緑色の法衣を身に付けた少女と、単眼の巨漢だった。リオと神の子どもたちカル・チルドレンが、ついに出会った。

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