222話―天空の戦い!

「グルガアアア!!」


 リオを睨み付けながら、ドラゴンゾンビは怒りの雄叫びを上げる。本来、ドラゴンゾンビは知能がない。辛うじて残る本能のままに暴れることしか出来ないが、この個体は違う。


 オリアによって知性の炎を灯され、生前の狡猾さを取り戻しはじめていた。翼と尾は完全に白骨化しているものの、胴体はある程度腐肉を纏っている。


 胸の辺りは肉が腐り落ち、ぽっかりと大きな穴が空いているものの、ドラゴンゾンビにとって支障はない。リオを殺すには、ブレスと膂力があればいいのだから。


「グウゥ……ギシャアア!」


「うわっと!」


 ドラゴンゾンビは灼熱の炎を吐き出し、リオへ浴びせかける。リオは空を飛び回ってブレスを避けつつ、反撃のチャンスを見極めようとする。


 が、ドラゴンゾンビはリオが近付くと離れ、離れると近付く……というように、常に一定の距離を保ち攻撃範囲から絶妙に外れ続けていた。


「くっ、ダメだ……微妙に飛刃の盾が届かない。あいつ、何が狙いなんだろう?」


 相手の狙いが分からず、リオは迂闊に動くことが出来ずに手をこまねいていた。どう攻めるべきか考えていたその時、ドラゴンゾンビが再び炎のブレスを放つ。


 対峙しているリオではなく、地上にいるレケレスや猟兵団の面々に向かって。


「いけない! 巨壁の……」


「グラアアア!」


 次の瞬間、急降下するためリオが視線を離した隙を突きドラゴンゾンビが尾を伸ばした。槍のように鋭く尖った尾の先端がリオの左の脇腹に突き刺さり、肉を抉る。


 地上にいる仲間を攻撃すれば、確実にリオが助けに向かう。それを理解したからこそ、ドラゴンゾンビは行動に移ったのだ。尾が引き抜かれ、鮮血が地に落ちる。


「うぐっ……!」


「グギャアッ!」


 呻き声を漏らすリオに向かって、ドラゴンゾンビは追撃を叩き込む。尾を水平に薙ぎ払い、先ほど抉った脇腹へさらなるダメージを与えるべくぶつけた。


 咄嗟に防いだリオだったが、勢いを殺しきることが出来ず地面に叩き付けられてしまう。うずくまってゲホゲホと血を吐いていると、レケレスたちが駆け寄って来る。


「おとーとくん、大丈夫!?」


「ゲホッ……。なん、とかね。ちょっと油断してたよ。まさか、あんな戦法を使ってくるなんて思わなかった」


 傷を治しつつ、リオは空を見上げる。ドラゴンゾンビは次なる攻撃の準備を始めており、口の中に炎をチャージしていた。このままでは、纏めて焼かれてしまうだろう。


 そうなってしまう前に、ドラゴンゾンビの元に戻らねばならない。とはいえ、無策で戻ればまた似たような手を食らってしまう可能性があった。


「おとーとくん、いいものあげる。はい、これ」


「こ、これなに?」


「毒カエルの舌! 鞭みたいに使えるよ! わたしは空飛べないし、代わりにこれ使って」


 どう対策を立てるか考えていたリオに、レケレスはピチピチ跳ねるカエルの舌を手渡す。ぷにぷにと手に吸い付く心地よさに緊張がほぐれ、リオはニッと笑う。


「ありがとう、おねーちゃん。これでドラゴンゾンビを倒してくるからね!」


「うん! 頑張って!」


 リオは再び双翼の盾を広げ、大空へ飛び立つ。その様子を、オリアは終始無言で見つめ続ける。リオがどう出るのか……見届けるつもりなのだ。


 一方、ドラゴンゾンビは急上昇してくるリオへ向かって炎のブレスを吐き出す。それに対抗し、リオは先ほど不発に終わった巨壁の盾斧を呼び出し防ぐ。


「今度はやられないぞ! ドラゴンゾンビ!」


「グルル……ガアッ!」


 ドラゴンゾンビは三度目の尾による攻撃を敢行する。今度は頭上から尾を叩き付け、少し遅れてブレスで焼き尽くそうと目論むが……。


「もうその手は食わない! てやっ!」


「ギガッ……!?」


 この時、ドラゴンゾンビはリオが盾で尾を防ぐと考えていた。が、リオはそうはせず、レケレスから渡されたカエルの舌を振るい、尾を弾いたのだ。


 大きさ、重量、破壊力……全てにおいて勝っているはずの己の尾が弾き返されたことが信じられず、思わずブレスを吐くのを忘れてしまう。


「今だ!」


 その隙を見逃さず、リオは目にも止まらぬ速度でドラゴンゾンビの懐に飛び込む。胸元に飛び込まれてしまっては、必殺のブレスも尾も届かない。


「食らえ! キリング・スラッシャー!」


「ギギャアアーッ!!」


 巨大な盾斧の一撃が、ドラゴンゾンビの肋骨の中に納められた炎の核を真っ二つに両断した。オリアから与えられた力が消え、竜の屍は見る間に力を失っていく。


 最後の力を振り絞り、ドラゴンゾンビはリオへ向かってところどころ骨が剥き出しになった腕を伸ばす。リオを抱き抱えるようにして拘束し、道連れにして墜落するつもりなのだ。


「ギギ……アア……!」


「お前の狙いは分かるよ。でもこれで終わりだよ、バイバイ。アイスシェイク・トルネイド!」


 リオは右手を握り締め、ジャスティス・ガントレットの力を解放する。青と灰色の宝玉が輝き、冷気の刃が渦を巻きドラゴンゾンビをバラバラに切り裂いた。


「ギュ……ギィ……」


 八つ裂きにされたドラゴンゾンビは、かすれたな鳴き声を漏らした後塵になりながら紙面に落ちていく。ようやく勝利を納めたリオは、今度はオリアと戦おうとするが……。


「あれ? い、いない……。もう一人の敵はどこ行ったんだ?」


 ドラゴンゾンビの敗北を見届けた直後、オリアは姿を消してしまった。今回の目的である、リオの実力の調査と試練を与え結末を観察すること……それぞれを達成したからだ。


 オリアはすでにグランザームから借り受けた冥門の一つ、『参の獄――天地流転』を使い魔界へ帰還していた。すでにグレイガには連絡を済ませており、後を任せるつもりでいる。


「うふふ、面白いものを見せてもらったわ。確かに、あれならあの方が期待を寄せるのも納得ね。遥か昔にも、こんなことがあったわね……」


 そんなことを楽しそうに呟きながら、オリアは魔王城へ歩いていく。遥か昔……グランザームがまだ大魔公だった時のことを思い出しながら。


「さて、あの子の居場所はグレイガちゃんに連絡したし……後は彼の部下がなんとかするでしょう。確か……デストルファイブだったかしら? 騒がしくて楽しい子たちだったけど、どう戦うのか楽しみね」



◇――――――――――――――――――◇



「えー、今回は皆よく頑張ってくれた! おかげで村が焼かれずに済んだ。今日は存分に飲んで食って騒げ! 以上!」


 その日の夜……ドラゴンゾンビを無事討伐することが出来たことを祝い、エドワードの屋敷で宴が開かれた。リオの活躍で村人に死傷者は出ず、猟兵たちは皆感謝していた。


 ……ただ一人、ジールを除いては。


「クソッ、あんのガキめ! あいつのせいでオレはとんだ赤っ恥だ。部下たちも冷たい目しか向けてこねえ……ムカつくぜ」


 大広間が解放され、宴に招かれた近隣の村人や猟兵団の面々を遠目に見つつ、ジールは怨嗟の声を漏らす。もっとも、それはただの逆恨みにしか過ぎないが。


 一つの見せ場もなくリオにのされ、ドラゴンゾンビとの戦いではろくに活動もしなかったせいで、ジールは部下や同僚たちから完全に見限られていた。


 これまで黄色い声援を送ってくれた取り巻きの女性猟兵たちも、今はすっかりリオに鞍替えしてしまったこともジールのプライドを著しく傷付けていた。


「私、坊やのこと見直しちゃった! あんなに強いなんて知らなかったわ」


「いえ、そんな……。僕なんて、兄さんにはまだまだ及びませんよ」


「いや、謙遜することはないぞ少年。君は我々の恩人だ。その強さを誇りにするといい」


 猟兵団の面々に囲まれ、楽しげに宴を満喫するリオを見て、ジールは決意する。必ず、リオに復讐してやる、と。


(今に見てろ……。オレにはオレのやり方ってやつがある。必ず、オレをコケにした報いを受けさせてやるからな!)


 心の中でそう呟きつつ、ジールはこっそり大広間を抜け出す。彼の行動に気が付いた者は、この時点では誰もいなかった。



◇――――――――――――――――――◇



 その頃、グレイガの城の地下プラントでは、次なる魔導飛行要塞……『ジャスティスデストロイヤー』が発進の時を迎えようとしていた。


 目指すは、ラッゾ領にいるリオだ。


「よーし、そろそろ出発だな。デストルファイブ! 作戦の成功を祈るぞ!」


 発着場にある指令部にて、グレイガはジャスティスデストロイヤーに乗り込んでいる部下に激励の言葉を送る。彼らにはあらかじめ、何かあったら撤退するよう口酸っぱく言い聞かせていた。


『ハッ、お任せくださいグレイガ様。必ずや、あなた様に勝利を捧げてみせましょう。我ら……悪逆戦隊デストルファイブが!』


 ドラゴンゾンビとの決着はついたが、新たなる敵と陰謀が動き出そうとしていた。

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