223話―嵐の間の小休止

 宴が終わり、次の日。リオとレケレスはラッゾ領で一番大きな歓楽街、ウィニームに赴き観光を楽しんでいた。エドワードが特別手形を発行してくれたため、全ての施設を無料で利用出来る。


 二人は街を巡り、屋台で料理を買って食べ歩きをしたり景色を眺める。レケレスの食欲は凄まじく、手形がなければリオの手持ちのお金がすっからかんになってしまうほど食べていた。


「ケロケロ、この街のご飯は美味しいねえ。おとーとくんも食べる? ワイバーン肉の串焼き」


「じゃあ、ちょっともらうね」


「はい、あーん」


「あーん」


 仲のいい姉弟……と言うよりは、熱々のカップルに見える行動をあちこちで行う二人を見て、ある者は微笑ましそうに和み、またある者は嫉妬の涙をこぼす。


 和気あいあいと観光を楽しむリオとレケレスを、こっそり尾行する者たちがいた。ウィニームの奥、スラムに住んでいる札付きのゴロツキたちだ。


「あいつらか……。おめえら、気付かれるなよ。それとなく進路をスラムの方へ誘導するんだ、いいな?」


「ヘイ、アニキ! 分かってますって!」


 彼らはとある人物に金で雇われ、リオとレケレスを始末するよう命じられていた。街中で襲えば確実に憲兵や猟兵が飛んでくるため、スラムに追い込むつもりでいる。


 リオたちの進む方向を予測し、偽物の行き止まりの看板を使って少しずつスラムへ追い込んでいく。あと少しでスラムの入り口に着くというその時、リオに声をかける者がいた。


「おっ、お前らこんなとこで何やってんだ? そっちはスラムだぞ、あぶねえから帰んな」


「あ、ディシャさん。実は僕たち迷子になっちゃって……」


「なんだ、なら案内してやるよ。こっち来な」


 たまたま街に遊びに来ていたディシャと出会い、リオたちは運良くスラムに入らずに済んだ。街の出入り口の方へ向かっていくリオたちを見ながら、ゴロツキの親分は舌打ちする。


「チッ、もう少しだっつーのにジャマが入ったか」


「アニキ、どうしやす?」


「なぁに、まだチャンスはあるさ。以来主からの情報じゃ、あのガキどもはしばらくラッゾ領に滞在するらしい。いくらでも打つ手はある」


 子分に問われ、親分はそう答える。次の作戦を考えつつ、ゴロツキたちはスラムの中へ消えていった。



◇――――――――――――――――――◇



 街の出入り口に案内してもらった後、リオたちはディシャと別れ再び観光に戻る。今度は奥の方へ行かないよう、しっかりと道案内の看板を見ながら通りを進む。


 さすがに食べ歩きにも飽きてきた二人が適当にぶらぶらしていると、冒険者ギルドが見えてきた。リオは何か暇潰しになるような依頼がないか顔を出すことにする。


「久しぶりにギルドに顔出してみよっと。すみませーん」


「はーい、なんでしょ~?」


 リオたちがギルドに入ると、のんびりした受付嬢の声が聞こえてくる。奥にあるカウンターの方から、ギルドの制服を着た羊の獣人の女性が歩いてきた。


 もふもふの長い髪が地面についてしまうほど伸びており、目はとろんとして今にもねてしまいそうな受付嬢は、リオたちに声をかけてくる。


「冒険者の方ですね~。わたしは受付嬢のメームと言います~。本日はどんなご用件ですか~?」


「えっと、何か依頼があるかなーと思って……」


「本日はですね~、いろいろ依頼が来てますよ~。領主様が雇った冒険者の方がドラゴンゾンビをやっつけてくれたので~、採取系の依頼が増えてますね~」


 メームは依頼書が貼り出されているボードの方へてくてくと歩いていき、いくつかを剥がして持ってくる。リオが吟味している間、レケレスはキョロキョロギルドの中を見ていた。


「冒険者の人たち、誰もいないねー」


「そうなんですよ~。みんな、依頼を受けて出払っちゃってるんです~。今来てる採取系の依頼、報酬に結構色がついてるので~」


 詳しく聞くと、これまでドラゴンゾンビが我が物顔であちこちを破壊して回っていたせいで、薬草や武具の原料になる鉱石等の補充が出来ず、在庫がなくなってしまったらしい。


 そのため、それらを求める依頼主たちは報酬に多少の色を付けて冒険者たちに大量に収集してきてもらっている、ということのようだ。


「へー、大変なんだねー」


「いえ~、ドラゴンゾンビがいた頃よりは仕事があるだけマシですよ~。それもこれも、ドラゴンゾンビをやっつけてくれた方のおかげですね~」


 どうやら、メームのような末端の職員にはドラゴンゾンビを退治したのが誰なのかまだ伝わっていないらしい。とはいえ、昨日の今日なので仕方ないだろう。


 しばらく依頼書を見ていたリオは、とある採取依頼に興味を示す。ウィニーム近隣にあるダンジョン、『コラルの冷洞』に生息するコールドスライムを捕まえてきてほしい、という内容だ。


「メームさん、これだけ他のと内容がちょっと違いますよ?」


「そうなんです~。コールドスライムは街のお湯屋さんがお風呂の温度調整に使っている魔物なんですが、数が足りなくなっちゃったらしいんですよ~。それで、捕まえてきてほしいって依頼が来たんですが~……」


 そこまで言うと、メームは言葉を濁してしまう。何か冒険者たちが依頼を敬遠する理由があるようで、リオが尋ねるとワケを話してくれた。


「……ここだけの話なんですが~、実は領主様子飼いの猟兵団の中に魔王軍と通じてる者がいて、コラルの冷洞を根城にしてる……って噂があるんです~。実際、冷洞に調査に行った方が皆行方不明になってしまって……寄り付く人がいなくなっちゃったんです」


 その言葉に、リオとレケレスは驚いてしまう。猟兵団の中に裏切り者がいる……そんな噂があるなど全く知らなかったからだ。とはいえ、聞いたからには放置することなどリオには出来ない。


 噂の真偽を確かめるためにも、リオはコールドスライム捕獲の依頼を受けることを決めた。万が一、本当に裏切り者がいるならば、エドワードに報告せねばならないからだ。


「お姉さん、僕たちこの依頼受けます」


「本当ですか~? そう言ってくれるのは嬉しいんですけど~、子どもに任せるわけには~……」


「だいじょーぶ! わたしたち、こう見えても高ランクの冒険者だもんね、おとーとくん!」


 子どもを危険な場所に行かせることを躊躇うメームに、レケレスは自信満々にギルドカードを見せる。リオもギルドカードを差し出し、ニッコリ笑う。


「どれどれ~、ギルドカードを拝見……!? はわっ!? あ、あなたがあのSランクの……」


「ね? だから大丈夫。僕たちに任せて」


「わ、分かりました。では、ご武運を!」


 ギルドカードを見て眠気が吹っ飛んだらしく、メームはハキハキした口調でそう口にする。リオたちは地図を借り、早速コラルの冷洞へ向かう。


「よーし、噂が本当か確かめるぞー! あと、コールドスライムも集めるぞ!」


「えいえいおー!」


 遠足にでも行くかのようなノリで、二人はギルドを経つ。その様子を、物陰からゴロツキが一人覗いていた。二人がコラルの冷洞に行くということを知り、ニヤリと笑う。


「ヒヒッ、こりゃイイコト聞いたぞ。早速親分に報告だ。こりゃ面白くなるぞ!」


 そう呟いた後、スラムへ向けて走っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「……そうか、奴らはコラルの冷洞に向かっているんだな?」


「へい、確かにそう言っていたと俺の部下が聞いたようですぜ、旦那」


 リオたちが街を出た後、スラムにてゴロツキたちの親分ととある人物が密会をしていた。黒いフード付きのローブと、声を変える魔法で正体を隠した人物は、しばし考え込む。


(……奴ら、何故このタイミングでコラルの冷洞に? まさか、オレが裏でやってるコトが漏れたのか? ……いや、いくらなんでも有り得ないか。奴らがラッゾ領に来たのは数日前だからな)


「旦那、どうします? 金さえ積んでくれるなら、なんだってやりますぜ」


 ゴロツキの親分にそう聞かれると、ローブの人物は考え事をやめ腕を懐に入れる。しばらくごそごそとやった後、金貨がたっぷり入った袋を取り出し机に置いた。


「いいだろう、追加で金をくれてやる。オレと共にコラルの冷洞に来い。部下を全員連れてな……。奴らはあそこで始末してやる」


「へへ、さすが旦那、金払いの良さは相変わらずだ。お望み通りに腕っぷしの強い奴らを集めてくるぜ、期待して待ってな」


 金貨の入った袋をしまい、ゴロツキの親分は粗末な小屋を後にする。一人残ったローブの人物は、強く拳を握りながら呟いた。


「必ず始末してやる。待っていろ……クソガキども。オレに与えた屈辱、必ず晴らしてやるからな」

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