221話―ドラゴンゾンビを討伐せよ

 時は少しさかのぼる。グレイガと別れたオリアは、グランザームの元に出向き七百年ぶりの再会を祝っていた。ただ一人心から愛した女性の復活に、グランザームも喜びをあらわにする。


 しばしの間二人だけの宴を楽しんだ後、オリアはうっとりとした表情で想い人の顔を見つめる。ワインを飲み干していると、グランザームが声をかけてきた。


「……オリアよ。よくぞ戻ってきた。そなたの帰還は、心から喜ばしいことだ。そなたの力があれば、余の抱く二つの野望の達成に大きく前進出来よう」


「そう言っていただけて嬉しいですわ。あなた様の二つ目の野望……お聞かせ願えますか?」


 オリアが尋ねると、グランザームは語り出す。原初に抱いた目的である大地の征服とは別の、もう一つの目的……己の好敵手であるリオとの戦いを望んでいることを語る。


 長い時を生きた末に出会った、生涯最高にして最強の敵足りうる存在、リオと存分に戦いたい。かつて異神たちとの戦いで共闘した時から、魔王はそう望むようになっていた。


「かつての野望も忘れたわけではない。だが、優先順位は下がっている。オリアよ、グレイガと協力しかの者への試練となってはもらえぬか? かの魔神がより強く……余と戦うに相応しき者となるために」


「かしこまりました。あなた様のお言葉ならば、このオリア再び死すとしても従いましょう。全ては、偉大なるあなたの御心のままに……」


 グランザームの本心を知り、オリアは改めて忠誠を誓う。彼女自身、グランザームが喜ぶ顔さえ見られれば、どんな命令が下されようが関係ないのだ。


 宴が終わった後、手早くグレイガと接触し、リオがどこにいるかを突き止め単身襲撃を仕掛ける。全ては、グランザームが望む最高の舞台を整えるために。



◇――――――――――――――――――◇



「……そろそろ来るかしら? 私の力でパワーアップしたあなたを早く見せてあげたいわね」


「ゴルル……グルアッ」


 荒野を抜けたオリアとドラゴンゾンビは、ラッゾ領にある寂れた山村を訪れる。手頃な村を焼き討ちし、リオをおびき寄せるつもりなのだ。


 村から二十メートルほど離れた場所にドラゴンゾンビを伏せさせ、オリアは背中にそっと手を乗せる。すると、ローブに刻まれた紋様が赤く明滅をはじめた。


属性付与・炎エンチャントファイア……さあ、始めましょうか。紅蓮の狼煙を上げましょう? 全ては、あの方のために!」


「グルルルガアアア!!」


 炎の力を与えられたドラゴンゾンビは、雄叫びを上げる。背中に残っていた、かつて翼だった骨格の間に、炎の皮膜が瞬く間に広がっていく。


 生前のような力強い羽ばたきで空に浮かび上がり、ドラゴンゾンビは村に攻撃を仕掛ける。肋骨の中に生成された炎の塊から火炎のチューブが伸び、口の中に向かう。


「グルルルガアアア!!」


「そうはさせない! 巨壁の盾斧!」


 耳をつんざく雄叫びと共に、灼熱の火炎が吐き出される。扇状に広がる火炎が村を包み込み、村人たちがのたうち回りながら炭になっていく……ことはなかった。


 ギリギリのところでリオが現れ、斧と一体化した巨大な盾を用いて炎のブレスを遮断したのだ。すんでのところで村を守り抜き一安心しているリオに、オリアが声をかける。


「あらあら、凄いわねえ。まさかあのブレスを防ぎきっちゃうだなんてね」


「あなた……誰? ドラゴンゾンビを操ってる元凶かな?」


「うふふ、さあ……。それが知りたいなら、あのコを倒してごらんなさいな」


 リオに問われたオリアは、適当にはぐらかしながら両足に炎を纏う。ふわりと遥か空の上に飛び上がり、文字通り高見の見物を決め込むつもりのようだ。


 遅れてレケレスや猟兵団の面々も到着し、本格的にドラゴンゾンビとの戦いが始まった。空を飛んでいる敵相手に普通の武器では届かないため、弓と魔法が使えない者は村人の避難誘導をする。


 それ以外の者たちは、リリアナの指揮の元ドラゴンゾンビに魔法や矢による攻撃を行う。


「みなさーん! 一斉に攻撃してください! 相手が攻撃する暇を与えてはいけません!」


「おおー!!」


 リリアナも風の刃を放ち、矢の勢いを加速させサポートと攻撃を同時に行う。その技量の高さに感心しつつ、リオは猟兵たちの邪魔にならないよう避難誘導に加わる。


 界門の盾を作り出し、エドワードの屋敷に向かう途中で見た街に繋げ村人たちを逃がしていると、背後から強烈な視線を感じ取り振り向く。


 そこには、憎しみをこめた視線を送るジールがいた。リオと目が合うと、ジールはさっと身を隠してしまう。先ほどの戦いでのことを根に持っているらしい。


「あの人……」


「やーな奴。負けたのは自分が悪いのにねー。おとーとくん、気にしちゃダメだよ? 早く関係ない人たちを逃がし終えて、わたしたちも戦いに加わろ!」


「うん、そうだね。早く終わらせちゃおう!」


 レケレスやデネス隊の面々と共に避難誘導をしているリオを見下ろしながら、オリアは頬を膨らませる。リオを戦いの場に引きずり出さなければ、使命を全う出来ないからだ。


「しょうがないわねえ。少し邪魔者を減らさないと。フレアレイン」


「!? あ、あれは……総員、退避してください! アクアウォール!」


 オリアがパチンと指を鳴らすと、上空に大量の魔法陣が出現する。魔法陣がゆっくりと回転をはじめ、少しずつ加速していき……炎の雨が地上に降り注ぐ。


 リリアナは水の壁を作り出して炎の雨を防ごうとする。が、炎の勢いが強すぎて逆に蒸発させられてしまう。炎に被弾し、猟兵たちはのたうち回る。


「ぐあああっ! あ、熱いいい!」


「か、顔がああ! クソッ、消えろ、消えろよ! なんで消えないんだよぉ!」


「うふふ、おバカさんたち。私の炎は呪いの炎……私が念じない限り消えることはないわ」


 大火傷を負った猟兵たちを見て、オリアは嬉しそうに笑う。部下たちに起きた惨劇を目の当たりにし、デネスはリオに戦いに加わってくれるよう頼む。


「避難はほぼ終わった。後は私とディシャの隊でなんとかなる。少年はリリアナに加勢を!」


「分かりました! おねーちゃん、行くよ!」


「はーい!」


 リオとレケレスは負傷したリリアナ隊を助けるべく、炎の雨が降り注ぐなか突撃する。レケレスは毒液のドームを作り出し、リリアナでも出来なかった炎の完全遮断を実行した。


「さーみんな、今助けるよ。舌で巻いて一気に運ぶからね!」


「僕はドラゴンゾンビたちを。こっちは任せたよ!」


 リリアナたちの救助をレケレスに任せ、リオは背中に双翼の盾を装着し上空へ舞い上がる。オリアへの道を阻むかのようにドラゴンゾンビが降下し、リオと対峙する。


「ゴルルル……」


「こいつ……ただのドラゴンゾンビじゃない。どれだけの魔力を注げば、こんな化け物になるんだろう……」


 一目見ただけで敵の異常性を察知し、リオはそう呟き身震いする。本来ならないはずの、理性の光がドラゴンゾンビの眼窪に赤々と灯っていたのだ。


 ドラゴンゾンビは口角を歪め、いびつな笑みを浮かべる。その直後、素早く身体を反転させ、骨の尾を鞭のようにしならせリオに叩き付けた。


「くっ、不壊の盾!」


「ギイガアアア!!」


 咄嗟に不壊の盾を呼び出し、リオは攻撃を防ぐ。間髪入れず、ドラゴンゾンビは体勢を戻してリオに突進攻撃を行う。大口を開け、ノコギリのような牙を見せつける。


 受けるのは危険だと判断し、リオは急降下して突進を避ける。ただ避けるだけでなく、空いていた左腕に飛刃の盾を呼び出しカウンターを叩き込む。


「食らえ! シールドブーメラン!」


「ギギィアァ!!」


 リオの攻撃がクリーンヒットし、ドラゴンゾンビの肋骨のうち一本をへし折った。屍となっていても痛みは感じるらしく、ドラゴンゾンビは悲痛な叫びを上げる。


 さらに攻撃を畳み掛け、リオは急上昇し背中の上に回り込む。炎の翼を破壊して墜落させようとするも、ドラゴンゾンビは退避してしまう。


「それなりに知能も戻ってるみたいだね……。ちょっと厄介だけど、倒せない相手じゃないかな」


 ドラゴンゾンビの吐いた炎のブレスを避けつつ、リオはそう呟きニッと笑う。一方、一人と一頭の戦いを見物しながら、オリアも笑みを浮かべた。


「うふふ、ドラゴンゾンビ相手に何をするのか……見せてもらうわよ。私の炎で強化されたドラゴンゾンビをどう倒すのか……興味深いわ」


 その言葉には、絶対的な自信が満ちていた。

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