220話―リオVS猟兵団

 翌日、朝早くから猟兵団の訓練場に大勢の猟兵の姿があった。リオとジールの対決を見物しようと、休日であるにも関わらず早起きしてやって来たのだ。


 野山を駆け回り魔物の駆除を主な仕事とする彼らは、世情に疎く魔神のことをいまいち理解していないようであった。そこかしこで、ジールが勝つだろうという声が聞こえる。


「ジール隊長は強いんだ、あんな子どもに負けることはないさ」


「でもよ、たまに街の見回りしてる時に魔神がどうたらとかいうウワサを聞くぜ? 実はあの子ども、強いんじゃないか?」


「ないない、ないわよ。今日の夕食を賭けたっていいわ。ジール隊長が勝つわ」


 圧倒的アウェーな空気の中、リオはパンパンと己の頬を叩き気合いを入れる。エドワードやレケレスが見ているなか、決して負けることは許されない。


 対するジールはというと、リオを瞬殺出来ると思っているらしく、へらへら笑いながら取り巻きらしき女性猟兵たちに向かって手を振っていた。


「ジールさまー、頑張ってー!」


「そんなチビッ子に負けないでー!」


「任せておいてよ。すぐこてんぱんにしてやるからさ」


 きゃーきゃー黄色い声援が飛ぶなか、レケレスも負けじとリオにエールを送る。毒液で作った応援旗――人体には毒性を発揮することはないが――を振り回し、大声を上げた。


「おとーとくんがんばれー! そんなチャラチャラしたやつなんかに負けるなー! やっつけちゃえー!」


「うん! 絶対勝つからね!」


 リオはレケレスにそう答えた後、対戦相手であるジールを眺め観察する。彼は両手に戦闘用に改造した小型のツルハシ、ウォーピックを持っていた。


 盾を回り込んで直接攻撃が可能な形状をしているため、接近戦は有利に立ち回ることは難しいだろう。……全く工夫せず、真正面から力押しで戦うなら、だが。


 当然、そんな愚作を実行するほどリオはバカではない。頭の中では、すでにウォーピックへの対策が浮かんできていた。


「では、そろそろ始めよう。両者構え! ……戦闘開始!」


「先手必勝! これで終わりだ!」


 早くも戦いを終わらせるつもりらしく、ジールは素早く踏み込みリオの懐に潜り込む。が、リオはそんなことは想定した相手の動きの一つでしかない。


 大股開きになっているジールの股をスライディングでくぐり抜け、素早く背後に回る。そして、不壊の盾を作り出して背中に一撃を叩き込んだ。


「えいっ!」


「ぐうっ! 貴様、よくも!」


 ジールはよろめきながらも振り返り、後ろにいるリオにウォーピックによる挟み撃ちを食らわせようとする。が、リオはジャンプし、ジールの頭を踏みつけ再び背後に回った。


 再度背中に一撃を入れ、今度は追撃に蹴りを叩き込んで転倒させる。ジールは盛大にすっ転び、床に顔を打ち付け鼻血を出すこととなった。


「血、血が……。このガキ……よくもオレに鼻血を出させたな!」


「べーだ、こっちまでおいでー」


 怒り心頭なジールを挑発しつつ、リオは不壊の盾を消し飛刃の盾を呼び出す。遊びは終わりだと言わんばかりに、遠距離からのシールドブーメランを連打する。


 その様子を特等席で見ていたデネスたち団長トリオは、手も足も出ないジールを見て目を丸くして驚いていた。末席とはいえ、自分たちと同格の存在が終始劣勢に立たされているのだから無理もない。


「おいおい、マジかよ。ジールの奴全然攻撃出来てねえぞ。そんな相性悪いのか」


「いや、接近戦ならジールの方が有利に立てる。武器の差があるからな。だが……あの少年に関して言えば、接近戦でも勝ち目はないだろうな」


 ディシャとデネスがそう呟いていると、リオはある程度ダメージを蓄積させたと判断し、今度は接近戦に切り替える。ジールはチャンスとばかりに攻撃するが……。


「今度はオレの番だ! その顔をズタズタにしてやる!」


「そうは……いかないよ!」


 リオは相手の攻撃に合わせ、盾でウォーピック先端部分を受け止める。……と同時に、腕を引いた。ウォーピックのツルハシ部分がリオに届く前に、ジールの手からすっぽ抜けてしまった。


「なっ!?」


「確かに、盾はウォーピックと相性が悪いよ。だから引っこ抜いて捨てちゃう!」


 その言葉通り、リオはツルハシの先端ギリギリを盾のフチに引っかけ、腕を引くことで奪ってしまったのだ。まさか真正面から武器を奪われるとは思わず、ジールは固まってしまう。


「そ、そんなバカな……」


「驚いた? でもね、悪いけどもう終わりにするよ」


「え? ぐふっ!」


 そう言うと、リオへ目にも停まらぬ速度でジールの懐に入り込み、強烈なアッパーを顎に叩き込む。脳を揺らされ、ジールは一瞬で気絶してしまった。


 勝利を確信したリオだったが、次の瞬間背後から好戦的な女の声が聞こえてくる。


「へえ、ジールを倒すなんてやるな。じゃ、次はアタシと遊んでくれよ!」


「え? わっ!」


 なんと、ディシャが乱入しリオに襲いかかってきたのだ。どうやら、二人の戦いを見ているうちにスイッチが入ってしまったようだ。


「だ、ダメですよディシャさん! これはあくまでもジールさんの……」


「いんだよ細けぇこたぁ! アタシがりたくて仕方ねえんだ、別にいいだろよ!」


 リリアナは止めようとするも、ディシャは聞く耳を持たずリオに向かって大剣を振り下ろす。おろおろしながらも、リリアナはなんとか場を収めようとする。


「ど、どうしましょう……。どうやって止めたら……」


「いや、放っておけ。ディシャも一通り戦えば鎮まるだろう。それに、エドワード様も続きが見たいらしい」


 デネスはそう言うと、エドワードの方を見る。キラキラと目を輝かせ、レケレスと一緒にリオとディシャの戦いを大はしゃぎしながら観戦していた。


「おお、凄いぞ! ディシャの一撃を受け止めおった! なんと!? 弾き返したぞ!」


「凄いでしょー? おとーとくんはね、スッゴい強いんだから!」


 二人のみならず、猟兵たちも熱に浮かされたようにリオとディシャの戦いの行方を見守る。盾と剣がぶつかり合うなか、ディシャは楽しそうに笑う。


「ハハハ! お前やるなぁ! アタシの一撃を弾き返せる奴なんて、デネスくらいしかいねえと思ってたんだがな!」


「世界は広いってことだよ、お姉さん。……はあっ!」


「ぐっ! ……へっ、こりゃアタシの負けだね」


 飛刃の盾の一撃がディシャの手首に吸い込まれるように叩きつけられ、大剣が床に落ちた。リオはしっぽを使って大剣を遠くに弾き飛ばし、ディシャに敗北を認めさせる。


 今度こそ戦いが決着し、リオは勝ち名乗りを受ける。猟兵たちはリオを讃え、万雷の拍手を送りつつディシャとジールの健闘にも賛辞を送った。


「すげえ! すげえぞあの坊主! ジール隊長とディシャ隊長を倒しちまった!」


「マジか……魔神ってのはすげえ強えんだなあ。俺、見直したよ」


「……今日の夕食がああ」


 歓声が訓練場を包むなか、突如けたたましい鐘の音が鳴り響いた。ドラゴンゾンビがラッゾ領に出現したことを告げる、次なる戦いの合図だ。


「チッ、このタイミングでかよ。おめえら、出撃するぞ! こっちにゃ心強い用心棒がいるんだ、今度こそドラゴンゾンビをぶっ殺すぞ!」


「おおー!!」


 ディシャの言葉に大声で応えた後、猟兵たちはドラゴンゾンビ討伐の準備のため訓練場を去っていく。デネスたちも準備をするため、観戦席を立つ。


「リオ少年、見事な戦いだった。噂には聞いていたが……魔神という者は、我々では追い付けないほど強いのだな」


「いえ、そんな……今回は作戦が運良くはまっただけですよ」


「そう謙遜することはない。ドラゴンゾンビとの戦い……頼りにしているぞ」


 柔らかな微笑みを浮かべながら、デネスはリリアナとディシャを連れそう言い去っていった。リオはレケレスと一緒に屋敷に戻り、戦いの支度をする。


 一方、訓練場の外……屋敷から南西に十キロほど離れた荒野を、竜の屍が歩いていた。その側には、暗い青色のローブを身に付けた女……オリアがいた。


「うふふ、今の魔王軍は便利になったわねぇ。すぐに標的を見つけられる……。魔神と言ったかしら、どれだけ足掻いてくれるのか楽しみだわ。五分くらいはもってくれるといいけれど」


「ゴルルルルルル……」


 ドラゴンゾンビの首には、オリアの眷属であることを示す紅の首輪が新たに嵌められていた。グランザームの命を受け、オリアがしもべにしたのだ。


 エドワードの屋敷を目指しながら、オリアは右手にドス黒い炎を呼び起こす。炎は形を変え、禍々しい大槍となる。


「七百年ぶりに、あの方のために戦う……。ああ、なんて甘美な響き。あの方の邪魔をする者はぜーんぶ……私が灰にしてあげるわ」


 オリアの口元に、邪悪な笑みが広がった。

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