219話―ラッゾ家の秘密

 馬車に揺られて二日が経ち、リオたちは帝国の南にあるラッゾ領へ到着した。エギルに案内され、二人はラッゾ家の屋敷へと足を踏み入れる。


 屋敷の前に広がる庭には、通路に沿って両脇に計八体の銅像が建てられている。いずれも、弓を構え、横たわる獣を踏みしめた精悍な狩人を模したものだ。


「わあ、カッコいいなぁ」


「そうでしょう? この銅像、実は侵入者撃退用のリビングドールという魔物なんですよ。旦那様がテイムして庭番代わりにしているんです」


 エギルの説明を受け、リオは目を丸くする。勇者パーティー時代に、サリアから教えてもらったことがあるのだ。魔物をテイムするには、対象を屈服させるだけの実力が必要なのだ、と。


 加えて、リビングドールは擬態能力を持ち、集団で行動する知能の高い厄介な魔物として冒険者たちの間でよく知られている。エドワードという男は、かなり実力があるようだ。


「さ、行きましょう。旦那様がお待ちかねです」


「はーい」


「はーい」


 リオとレケレスは元気よく返事をし、エギルの後について屋敷へ向かう。途中、リビングドールたちにジロッと睨まれるも、二人が客だということを理解しているのか何もしてこなかった。


 エギルが屋敷に入り、リオたちも後に続く。玄関をくぐり抜けた直後、二人の頭に大きなタライが落ちてきた。ゴイン、という音が響くと共に、ホールの奥にある階段からひげ面の男が来る。


 その顔には、いたずらの成功を喜ぶ子どものような笑みが浮かんでいた。


「ワッハッハハハ! 引っ掛かった引っ掛かった! どうだ、いいサプライズだったろ! ん?」


「いてて……。な、なにするんですかいきなり……」


 突然のことに、リオは頭をさすりながら目に涙を浮かべる。そんなリオに、男はグッとサムズアップしながらイイ笑顔で声をかけてきた。


「ハッハハハ! いやーすまんすまん! 久しぶりの客だったからついついサプライズをな……おぐっ!」


「おとーとくんに何をする! えいっ!」


 謝ってくる男のみぞおちに、レケレスが伸ばした舌がクリーンヒットした。呻き声を漏らしながら崩れ落ちる男を見つつ、エギルがコホンと咳払いする。


「えー、お騒がせしました。この方が、当屋敷の主……エドワード・ノルン・ラッゾ様です。現在、冒険者として活動しているダンテ様の実父でもあります」


「へー、そうなんだ……って、ええっ!? ダンテさんのお父さんなの!?」


 エギルの口からさらっと語られた事実に、リオは仰天してしまう。やたらとサプライズを連呼することから、引っ掛かるモノを感じていたリオはようやく合点がいった。


 ひたすらレケレスに舌でドツキ回されているエドワードを見下ろしつつ、エギルは肩をすくめながら頷く。その目には、呆れの色が浮かんでいる。


「詳しい話は、また後ほど致しましょう。まずは、お二人が宿泊する部屋へご案内しますので」


「分かりました。おねーちゃん、もういこ? 僕は気にしてないからさ」


「んー、おとーとくんがそう言うならいいよ!」


 エドワードをドツいていたレケレスは、リオにそう言われケロッと怒りが収まった。リオたちが去った後、ホールにはボロ雑巾のようになったエドワードだけが残される。


「ふ……サプライズが出来たのだ……悔いは……ない。がふっ」


 そう言い残し、力尽きた。



◇――――――――――――――――――◇



 ドラゴンゾンビを討伐するまでの間に使うことになる部屋へ案内されたリオとレケレスは、荷物を置いた後エギルに案内されて食堂に向かう。


 その途中、三階の廊下を歩いていると窓の外に大きな建物が見えた。あれは何かと問うと、猟兵団が暮らす宿舎兼訓練場なのだという答えが返ってくる。


「猟兵団の皆様は、普段は宿舎で訓練をしたり町に出て治安維持のための見回りをして過ごしています。今回のように有事になれば、討伐にも出向きますがね」


「そうなんですか……。ところで、何でダンテさんじゃなくて僕を呼んだんですか?」


「そのことですが……旦那様から直接聞いた方がいいでしょう。もうすぐ晩餐の時間ですので、その時にでも、ね」


 どうやら、息子であるダンテではなくリオにドラゴンゾンビの討伐を依頼したのは何か理由があるようだ。すでに陽が落ちかけており、窓からは夕焼けが見える。


 晩餐の時間になるまで、リオとレケレスはエギルに屋敷を案内してもらうことにした。一階に降りて食堂を通り抜け、絵画や騎士の像が飾ってある広間へ行く。


「わあ、絵がいっぱい……」


「ここは騎士の間と言いまして、騎士たちの英雄譚にまつわる絵画が多く飾られています。晩餐の時間まで、ごゆるりとご観賞ください」


 エギルの言葉に甘え、リオは一枚ずつ絵を観賞する。多くの絵には、勇壮な騎士がドラゴンやヒュドラ、アークデーモンといった魔物を倒した姿が描かれている。


 が、その中に紛れて、一つだけ異質な絵が存在していた。黄金の鎧を着た騎士が、暗い青色のローブを身に付けた女性とその後ろにいる炎の悪魔に剣を向ける絵だ。


「あれあれ? この絵だけ騎士さんの敵がモンスターじゃないよぉ?」


「はい、なんでもその絵は七百年前に起きた、とある戦いを巨人の画家が描き遺したものなのですよ」


 そう言うと、エギルは絵についての説明を始めた。曰く、この絵は七百年前に起こった魔王軍との戦いのワンシーンを描いたものなのだという。


 当時の魔王軍の最高幹部、『暗き月の炎の姫』と呼ばれた魔族と、勇者の対決が始まったまさにその瞬間を描いた……とされているらしい。


「まあ、眉唾モノではありますがね。その巨人の画家も、すでにこの大地から去っているようなので、真実かどうかは分かりません」


「へぇー……」


 『生ある者への讃美歌』と題されたその絵をリオたちが眺めていると、晩餐の時間を知らせる鐘の音が鳴り響く。エギルに案内され、二人は食堂に向かう。


 食堂に入ると、すでにエドワードが席に座っていた。彼の両脇には、男女が二人ずつ座っている。おそらく、猟兵団の関係者なのであろう四人は、リオたちに気付き視線を向ける。


「おっ、来た来た、来ましたよ。ウワサのお坊ちゃんが」


「……ジール、そういう言い方はするな。彼に失礼だろう」


 リオを見た四人のうち、ジールと呼ばれたヘラヘラ薄ら笑いをする青年と、チョビヒゲが生えた厳格そうな男がそんな会話をする。


 残りの二人、筋肉質なつり目の女と、目元を髪で隠した物静かそうな女はジッとリオを見つめていた。エドワードは四人を気にすることなく、リオに声をかける。


「おお、来たか! ささ、好きな席に座ってくれ。今日はご馳走だ、たくさん食べてくれよ。子どもはたくさん食うのが仕事だからな!」


「わーい、ご飯ご飯!」


 レケレスは嬉しそうに席に座り、隣の椅子をポンポン叩く。リオが座ると、エドワードが話を切り出す。


「えー、さてと。食事が来るまでの間、自己紹介でもしておこうか。オレはエドワード。この屋敷の主でラッゾ家の当主だ。ここにいる四人は、第一猟兵団から第四猟兵団の団長たちだ」


 エドワードが促すと、四人はリオの方へ顔を向ける。どうやら、先ほどジールを叱った男以外は、あまりリオたちを歓迎していないようだ。


「あなたがあの有名なリオさんですか。私はデネス。第一猟兵団の団長をしています。以後お見知りおきを」


「……アタシはディシャ。第二猟兵団の団長だよ」


「あ、あの、えっと……わ、私はリリアナと言います。第三猟兵団の団長の任を賜っています……」


 ジール以外の三人は、リオに対して自己紹介をする。が、最後の一人であるジールだけは、リオとレケレスに胡散臭そうな視線を投げ掛けつつ呟く。


「ケッ、こんなガキどもに何が出来るんだか。オレらでも手こずってるっつーのに、ドラゴンゾンビを退治出来るわきゃねーよ」


「ジール! 失礼だろう!」


「いーや、オレは信用しないね。魔神だかなんだか知らねーけどよぉ、オレはこんなガキどもと共同任務に就くのは嫌だ」


 デネスに諌められても、ジールは態度を改めようとしない。ディシャとリリアナも、どことなくジールに賛同しているようだ。


 流石にムッときたリオが言い返そうとしたその時、エドワードがジールに向かって話しかけ、とある提案をする。


「ほう、そこまで言うか? なら、オレにいい案がある。明日、お前さんとリオ少年で戦ってみればいい。自分で実力を確かめてみろ。そうすりゃ、丸く収まるだろ?」


「いいよ、オレはそれで。ま、あんなチビに負けるこたぁねえよ。もし負けたら、猟兵団を辞めてやらあ!」


「む……言いましたね。僕、絶対負けませんから」


 心底舐めきった態度を見せるジールに、流石のリオもむかっ腹が立ったようだ。翌日の戦いで、ジールの鼻を明かしてやろうと決意しつつ、運ばれてきたステーキにかぶりつくのだった。

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