243話―くじ引きの行方

「ふふふ、こういう時に妾は強いのだな。やはり、リオと妾は強い絆で結ばれているというわけだ」


 幸運の女神が微笑み、くじ引きを制したのはアイージャであった。くじ引きをしてから三日後、リオと共に馬車に乗り込んだアイージャは心底嬉しそうにしている。


 大きく背中の開いた銀色のドレスを纏い、耳には氷の結晶を模した水色のピアスを着けている。この三日間、彼女は気合いを入れてドレスアップしたのだ。


「他のみんなは残念だったけど、その分楽しもうね。お土産もいっぱい買って帰ろ」


「だな。それにしても……ふふふ、あの時の姉上の顔は傑作だったな。この世の終わりが来たような顔をしていたぞ」


 馬車に揺られながら、リオとアイージャはそんな会話をする。シャーテル諸国連合は険しい岩山に囲まれた天然の要害であり、途中で乗り換えをする必要があった。


 まずは中継地点となるアーティメル帝国北東の町、ニステラーへと向かう。そこで待機している大シャーテル公国の使者と合流し、竜が引く車で山を越えるのだ。


「お二人さん、もう少しでニステラーに着きますよ」


「はーい、分かりましたー」


 御者に声をかけられ、リオとアイージャは降りるため支度をする。馬車は町へと入り、専用の駐車スペースへ行く。舞踏会を楽しみにする二人だったが、この時……何が起こるのかまだ知らなかった。



◇――――――――――――――――――◇



「ようやく着いたな。ここか、魔神どものいる国ってのは」


 同時刻……オルグラム配下の四竜騎の一人、火竜騎ザラドがアーティメル帝国の南の国境地帯に現れた。相棒である火の龍サラマンダーに跨がり、上空から地上を眺める。


 四竜騎は単独での活動を旨としているため、他の三人の姿はなかった。ザラドは魔神抹殺の前の肩慣らしにと、目についた町へ手をかざす。


「さぁて……まずは軽く肩慣らしだ。久々の『狩り』だ……楽しませてもらわねえとな。なあ? 相棒」


「グルルルルルル……」


 残虐な笑みを浮かべるザラドに、相棒のサラマンダーは獰猛な笑みを返す。一人と一頭は眼下の町へ急降下していった。


 その頃、リオの屋敷では戦いくじ引きに敗れた女たちが意気消沈していた。床に突っ伏したまま動かなくなる者、呆けたように虚空を見つめる者、ブツブツ何かを呟く者……反応は違うが、皆悔しがっていた。


「あーあ……まさか負けるだなんてな……。もーダメだ、やる気が完全に消えた……」


「我が君……我が君……我が君……」


 この三日ですっかり腑抜けてしまったカレンたちだったが、いつまでもそのままでいられない。カレンたちに、帝国兵から悪い知らせがもたらされたからだ。


 南の国境の町が、何者かの襲撃を受け壊滅状態に陥った――その報告を聞き、のっそりと立ち上がった者が二人いた。クイナとレケレスである。


「ああー……敵かぁ……やる気出ないけど放置は出来ないなー……鬱憤晴らしにっちゃうかぁ」


「私もいくー」


 リオが不在である今、対処出来るのは彼女たちしかいない。くじ引きで外れたストレスを発散するべく、クイナとレケレスはいまいちやる気のない中、南へ経つ。


 何度も水のリングを作り出し、国境へ最短経路で向かう。たどり着いた場所で二人が見たのは、腑抜けた状態を脱するのに十分な凄惨な光景だった。


「これは……」


「ひどい……みんな燃えちゃってる……」


 かつて、リオたちがエリザベートと出会い、ユグラシャード王国へ旅立つために立ち寄った町は見るも無残に燃やし尽くされていた。あちこちに黒焦げとなった遺体が散らばっている。


 あまりにも酷い光景を見てクイナたちが立ち竦んでいると、帝国兵たちが近付いてくる。近くの町に駐屯していた彼らも救援に来たらしいのだが、残念ながら手遅れであった。


「おお、あなた方は……加勢に来てくださったのですか、ですが……見ての通り、手遅れなようです」


「そうみたいだね……。こりゃ、生存者はいなさそ……危ない!」


 帝国兵たちと話していたクイナは、ふと空を見上げる。何かを見つけたらしく、咄嗟に水のベールを作り出した。その直後、無数の火球が降り注いでくる。


「へえ、よく反応したな。流石魔神だな」


「お前、何者だ!? 名を名乗れ!」


 遥か上空から、サラマンダーに跨がったザラドがゆっくりと降りてくる。左手に手綱を握り、右手には燃え盛る炎の剣を持っていた。


「ハッ、いいぜ。なら冥土の土産に教えてやる。俺はザラド! 魔王軍最高幹部が一人、オルグラム様にお仕えする四竜の騎士だ!」


 ザラドはそう叫ぶと、再び火球の雨を地上へ降らせる。今度火球は威力が凄まじく、水のベールを突き破り帝国兵たちを炎で包み込んでしまう。


「ぐああああ!!」


「熱い! 熱いいい!!」


「大丈夫、すぐに鎮火するよ! ゴブリン忍法『流々水蛇』の術!」


 なんとか火球から逃れたクイナは水流を巻き起こし、炎に焼かれた帝国兵たちを消火する。その間、レケレスは毒液のシャボンを作り、ザラド目掛けて投げつけ攻撃をさせない。


「えい! えい! これでも食らえ!」


「ハッ、そんなチャチなシャボン玉なんざ、相棒にゃ効かねえんだよ! ギリン、お前の火炎の威力を見せてやれ!」


「グルオオオアアア!!」


 サラマンダーのギリンは大きく息を吸い込み、ザラドの火球に勝るとも劣らない火炎のブレスを吐き出す。凄まじい高温の炎によって、シャボンは役目を果たすことなく蒸発してしまう。


 が、時間稼ぎには役立った。火が消えた帝国兵たちは、火傷を治癒魔法で治しつつ一斉に弓を構える。総攻撃でザラドを撃ち落とすつもりなのだ。


「総員、発射!」


「拙者も援護するよ! ゴブリン忍法『冷水纏い』の術!」


「私もー!」


 一斉射に合わせて、クイナも忍法を使う。冷えた水が矢を包み込み、勢いを殺すことなく炎への耐性を与える。さらに、レケレスの放った毒液のシャボンが追従して飛んでいく。


 隙のない二段構えの攻撃を前に、流石のザラドも対処せざるを得ないだろう……そう思われた。しかし、悪竜の騎士はこれまでの敵とは格が違った。


「くだらねぇな。そんなお遊戯で俺とギリンに傷を付けられるものかよ。ほら、みんな燃えちまいな!」


「なっ……!?」


 ギリンが頭を下げると、ザラドは勢いをつけて右腕を大きく薙ぎ払う。すると、刀身に宿る炎が拡散し、飛んできた矢とシャボンを一撃で消滅させてしまった。


「うっそー!? 全滅ー!?」


「まずいねぇ、こりゃ。このままじゃ埒があかないよ、あいつを引きずり落とさないと……ひゃあっ!」


「ハハハハハ!! 人竜一体である限り、俺に敗北の二文字はない! さあ、全員焼き尽くしてやる!」


 ザラドはクイナたちの攻撃が届かない上空から、ギリンと共に火炎による攻撃を行う。燃え盛る炎のように苛烈な攻めを受け、退避する暇もなく、帝国兵たちは次々と倒されてしまう。


「ぎゃあああ!!」


「ああ……もう、ダメだ……」


「ちくしょう、こんなところで……」


 クイナとレケレスは彼らを助けようとするも、自分の身を守るのに精一杯で動けずにいた。目の前で死んでいく帝国兵たちを、悔しそうに見ていることしか出来ない。


「ハッ、肩透かしだな。魔神ってのはどれだけ強い奴らなのかと期待してたが……どいつも雑魚だってことだな!」


 絶対的な優位に立っているのをいいことに、ザラドはそう叫びクイナたちを挑発する。この一言が、くじ引きに負けフラストレーションが溜まっている二人の怒りに火を付けた。


「ふーん……そんなこと言うんだ。決めた、ぶっ殺す。ドロッドロのグッチャグチャに溶かしてやるんだから! ビーストソウル……リリース!」


 静かに怒りを燃やし、レケレスは獣の力を解き放つ。猛毒を宿すカエルの化身が、目覚めようとしていた。

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