242話―乙女たちの誇りを賭けた戦い

 エルカリオスとの特訓をした次の日、リオは久しぶりに惰眠を貪っていた。このところずっとドタバタしていたため、ゆっくりと身体を休める。


 あったかい布団にくるまり、幸せそうにすやすや眠っていたリオは、ふと気配を感じ目を開ける。いつの間にかベッドの中にダンスレイルが入り込み、リオの目と鼻の先にいた。


「やあ、おはようリオくん。よく眠れたかい?」


「わあっ!? ダンねえ、なんでベッドの中にいるの!?」


「ふふ、なかなか起きないから様子を身に来たんだ。そしたら可愛い寝顔が見えてね。気付いたらベッドの中さ」


 腕と翼でリオをくるみ、よしよしと頭を撫でながらダンスレイルはそう答えた。もふもふの羽毛の感触と、温かな体温にリオはまたうとうとしてくる。


 たまには姉と一緒に寝るのも悪くない……そんなことを思いながら、リオはまた深い眠りへ落ちていった。ダンスレイルはそんなリオを見て、だらしなく顔を緩める。


「ああ、本当に可愛いなぁ。こんなあどけない顔をして……まるで赤ちゃんみたいだね。ふふっ、こんなリオくんを一人占め……いいね、本当」


「果たしてそうなのだろうか? いーや、そんなことはなーい! だーいぶ!」


 その時、部屋の扉が開き、レケレスがベッド目掛けて勢いよくダイブしてきた。ダンスレイルは咄嗟に木のつるを作り出し、レケレスを絡め取り直撃を防ぐ。


「おやおや、いけないねレケレス。寝た子を起こすようないたずらはダメだよ?」


「だってー、おねーちゃんズルいもん! 私もおとーとくんと添い寝したーい!」


 むくれっ面をするレケレスに、ダンスレイルはやれやれと苦笑する。自分も含めて、みんなリオのことが大好きなんだなあと改めて実感していた。


「分かった分かった。じゃあ、明日はレケレスに順番を譲るよ。好きなだけ添い寝するといい」


「わーい! ダンスレイルおねーちゃんやさしー!」


「むにゃ……うるちゃい……」


 大騒ぎするレケレスに眠りを妨げられ、リオはそんな寝言を呟いた。



◇――――――――――――――――――◇



「おはよう、ご主人。手紙が来ているぞ、ほい」


「ありがとリリーさん。誰からだろ」


 それからしばらくして、目を覚ましたリオは一階へ降りる。すると、リリーに手紙を手渡された。封を破り、中に入っていた便箋を取り出し読み始める。


 手紙の差出人はモーゼル・オレロと書かれていた。内容を要約すると、シャーテル諸国連合の盟主国、大シャーテル公国で行われるパーティーへの招待状だった。


「なになに、なんて書いてあったの?」


「パーティーへの招待状だったよ。僕ともう一人、舞踏会のパートナーを招待するって」


「へえ、舞踏会。それは逃せないね……」


 リオと一緒に一階へ降りてきたダンスレイルとレケレスは、すうっと目を細める。なんとしても、リオと一緒にパーティーへ行き、舞踏会に参加しようと狙っていた。


 ……無論、それは二人だけではなかったが。


「話は聞かせてもらった! 拙者が一緒に行こう!」


「わあっ! くーちゃん、どこから出てきたの!?」


 床板の一部が外れ、ニョキッとクイナがエントリーしつつパートナーに立候補する。リオが驚いていると、アイージャとカレンが買い物から帰ってきた。


 リオから事情を聞き、アイージャたちも我こそはと舞踏会のパートナーに名乗りを挙げる。さらには、いつの間にか混ざっていたファティマも加わった。


「ここはよ、リオと一番付き合いが長いアタイが行くべきだと思うんだよ、そうだろ?」


「いいや、妾に行く権利があるだろう? そもそも、リオと最初に出会ったのは妾なのだから」


 カレンとアイージャが互いを牽制しながらそう言うと、ダンスレイルがフッと余裕の笑みを浮かべる。


「いやいや、ここは私に譲るべきだと思わないかい? 魔神の長女だからね、こういうキチンとした宴の作法はよく心得ているんだよ」


「待った待った、作法は心得てても、ちゃんと踊れなくちゃ意味ないよ。その点、拙者なら大丈夫! ワルツからヤウリナ音頭までなんでも踊れるもんね!」


「私だって踊りくらい出来るもん! こーいう時は、一番下の子に譲るべきだと思うんだ!」


 自分の優位点を述べるダンスレイルに、クイナは待ったをかけそう反論する。一方、レケレスは末っ子特権を発動し、自分にパートナーの権利を譲るよう圧をかける。


 てんやわんやの彼女たちをぽつんと眺めていたリオは、リリーと共に食堂の方へ移動しようとする。巻き込まれるのは嫌だと考えていたが、そう簡単にはいかない。


「あら、どちらへ行かれるのです、我が君。ご自身のパートナーをしっかり決めていただかないと困りますよ? ということで、わたくしをお選びくださいませ」


「え? え、えーと……」


 ガシッと肩を掴まれ、リオはエスケープに失敗する。ニッコリと微笑むファティマだったが、目は笑っていなかった。気が付けば、周囲をアイージャたちに囲まれ、逃げ場を失ってしまう。


 誰を選ぶのか……無言の圧力をかけられ、リオはしどろもどろになってしまう。誰を選んでも大騒動になることは明白であり、リオはどう穏便に場を収めるか頭をフル回転させる。


 その時、屋敷の玄関から久方ぶりに高笑いが聞こえてきた。


「オーッホッホッホッ! 何をつまらない争いをしているのかしら? 舞踏会ならば、適任な者がここにおりますわ!」


「あ、エッちゃん!」


 手を顎に添え、自信満々に高笑いしつつエリザベートがエントリーしてきた。ごそごそと懐をまさぐり数本のヒモを取り出す。


「いつかこのような日が来るだろうと、わたくしあらかじめくじ引きのくじを作っていましたの。先端が赤いヒモが当たりのくじですわ。さ、師匠、ヒモの下半分が隠れるように握ってくださいませ」


「う、うん」


 リオはエリザベートから七本のヒモを渡され、先端が見えないよう握りつつシャッフルする。その様子を見ながら、アイージャたちは気合いをみなぎらせる。


「フッ、くじ引きか。よかろう、妾が引き当ててくれるわ」


「これならフェアだね、正直リオくんに選んでもらえなかったらメンタルが死ぬからね……まだ拙者はこの方がいいかな」


 クイナの言葉に、その場にいた全員が心の中で頷く。なんだかんだ言って、皆もし自分が選ばれなかったら……と戦々恐々としていたのだ。


 そのため、エリザベートの行為を全員がナイスアシストだと心の中で誉めていた。その時、リオのシャッフルが終わりくじを引く準備が整う。


「みんな、もう引いていいよ」


「おっけー。んじゃ、せーのでやるか」


 カレンがそう提案すると、全員が頷く。それぞれが一本ずつヒモを手に取り、当たりを引けますようにと神頼みしながら一斉に引いた。


 果たして、幸運の女神が微笑んだのは……。



◇――――――――――――――――――◇



「久しぶりだな、モーゼル。こうして会うのは八年ぶりか?」


「そうだな、レンザー。相変わらず元気そうで何よりだ」


 同時刻、大シャーテル公国の首都ラウィカントの宮殿にて、世界四大貴族の一角、バンコ家当主レンザーとオレロ家当主モーゼルが秘密裏に会談をしていた。


 しばらくとりとめのない世間話をした後、レンザーが本題を切り出す。これまで調査を進めてきた、ドゼリー・レザインの動きについての話だ。


「しばらく前から、あのごうつくばりは裏で何かこそこそしておったが……最近、何かよからぬ動きを見せ始めておるぞ」


「こちらも把握しているよ。我々の予想しているように、魔族たちと通じているのか……はたまた、別の何かを企んでいるのかまでは分からぬがね」


 顔じゅうに深いしわが刻まれた老紳士……モーゼルは、そう呟きながら紅茶をすする。何人も密偵をレンドン共和国に送り込んでいるが、あまり成果はなかった。


 ドゼリーは決して尾を見せず、のらりくらりとレンザーたちの調査から巧く自身の野望を隠し続けていた。相手の企みを暴けない以上、おおやけの場で追及することも出来ず、二人は手をこまねいていた。


 ……そう、これまでは。


「ま、案ずることはない。すでに手は打ってある。レンザー、この前言っていた例の……魔神だったか、彼を呼んである。ドゼリーは彼を狙っている……それだけは判明しているからな」


 そう、モーゼルはすでにドゼリーがリオを狙って何かをしようとしていることを嗅ぎ付けていたのだ。そこで、リオを自国に招き、保護下に置くつもりでいた。


 ドゼリーの手を知り尽くしている自分なら、リオを守れる。その自信があった。


「なんだ、先を越されたか。こっちもそのつもりで準備金していたんだが……なら、今回は任せる。とは言え、油断は出来ん。俺の方も裏で手伝おう」


「そうしてくれると助かる。近頃、諸国連合の和を乱す不埒な輩がいるのでな」


 そこまで話した後、レンザーとモーゼルは今後の動きについての打ち合わせを行う。リオたちの知らないところで、新たな陰謀が動きつつあった。

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