244話―鎧魔神レケレス・トキソニアン
レケレスの周囲に毒液の渦が発生し、彼女の身体を包み込んでいく。これまでのように、アマガエルの姿へと変わっていくが……今回は、巨大化はしない。
人のように直立したカエルを模した鎧が、ぴったりとレケレスの身体を包み込んでいたのだ。この姿こそが、カエルの化身たるレケレスの真の姿なのである。
「なんだぁ? カエル人間になっただけかよ。そんなみょうちくりんな姿で何が出来る!」
「出来ることならいっぱいあるよ。例えば……お前の炎を無効化したり、ね」
上空から降り注ぐ無数の火球を見上げながら、レケレスはそう口にし不敵に笑う。その言葉通り、レケレスに直撃した火球はカエルの鎧に阻まれ傷一つ付けられなかった。
「なっ!? バカな、そんなことあるわけが……」
「そー思うならもっかいやってみたら? ま、ムダだと思うけどね!」
攻撃が効かなかったことに驚くザラドに、レケレスはニヤニヤ笑いながら挑発をする。躍起になったザラドはギリンと共に火炎の嵐を降り注がせた。
が、どれだけ炎を浴びせてもレケレスはケロッとしていた。カエルだけに。
「ざーんねん。この鎧はね、私の機動力をほぼなくしちゃう代わりにどんな攻撃も防げるすっごい代物なのだー。どーだ、恐れ入ったか!」
「有り得ねえだろ、なんだそのフザケた鎧は……!」
レケレスは得意気にそう言うと、非常にゆっくりとした動きで腕を組む。リオの不壊の盾をも上回る防御力を持つ代償に、レケレスの動きをかなり阻害するようだ。
魔王軍でも把握出来ていない能力を使われ、ザラドは狼狽えてしまう。今の状況では、互いに相手に有効打を与えられない千日手の状態になってしまうからだ。
……、
「まあいい、貴様の魔力が尽きるまで粘れば……」
「そんなこと出来ると思う? あんたさー、一人忘れてないかなー? 私なんかよりもっと凄くてつよーいおねーちゃんをさ」
「なに……? そういえば、もう一人がいない!?」
「ふっふっふっ……拙者ならここさ!」
ザラドはレケレスの魔力が切れるまで待つ戦法を採るつもりでいたが、彼女の言葉にふとあることに気付く。側にいたはずのクイナの姿が、どこにもないのだ。
周囲をキョロキョロ見渡していると、ザラドの背後からクイナの声が聞こえてくる。ザラドが振り向くと、そこにはすでに獣の力を解き放ち、サメの化身となったクイナがいた。
レケレスがザラドの気を引いている間に、姿をくらまし気配を消す忍術を使い、空を泳いで一気に敵に肉薄したのだ。すでに切り札たる【
「ほーら、お前が殺した帝国兵のみんなの恨みを思い知れ! とりゃあー!」
「ぐっ……ギリン、旋回だ!」
森羅万象の全てを絶ち斬る手刀の情報はすでに把握しており、ザラドは素早く距離を取って攻撃を回避する。しかし、クイナにはその程度は想定済み。
この好機を逃すまいと、一気に畳み掛ける。
「逃がさないよ! 奥義、天海領域!」
「ぐっ、身体が……!」
不可視の海によって拘束され、ザラドは動きを鈍らされてしまった。ギリンも思うように動けず、身じろぎしながらクイナから逃れようとする。
が、クイナは敵を逃がさない。腕に水の刃を纏わせてリーチを伸ばし、確実にザラドとギリンを仕留めんと必殺の一撃を叩き込んだ。
「ガルル……グラアッ!」
「これで終わり……ありゃっ!?」
「ギリン、お前……!」
絶対絶命の危機に追い込まれた主を救うべく、ギリンは捨て身の行動に出た。背中をおもいっきりバウンドさせ、跨がっていたザラドを大きく弾き飛ばしたのだ。
その結果、ザラドはクイナの手刀から逃れることが出来た。しかし、幼少の頃から共に過ごしてきた相棒は、身体真っ二つにされ息絶えるこことなってしまう。
「ギリーン! てめえ、よくも……! 絶対にてめえだけは許さねえ!」
「そうかい。いいよ、許さなくても。それが戦場の常だからね。でも……もう時間切れだよ! レケレス、ゴー!」
相棒を失い、怒りに燃えるザラドは火事場のバカ力を発揮し剣を振るう。クイナを斬り殺そうとするも、遥か下から浮上してきたなにかに阻まれる。
よく見ると、それはレケレスだった。鎧は動きを阻害こそすれど、重量は
「てめ……」
「あんた、さっき言ってたよね? 人と竜が一体なら敗北はしないって。なら、竜を失ったあんたに……勝ち目なんてないよね!」
そう叫ぶと、レケレスの頭を覆っている兜の前面が開き、顔があらわとなる。すうーっと息を吸い込み、ザラド目掛けて猛毒の霧を吹き掛けた。
「ぐあああっ! め、目がああ!」
「さあ今度こそ終わりだよ! レケレス、姉妹のコンビネーションいくよ!」
目を潰されもがき苦しむザラドの前後から挟むように、クイナは空を泳ぎ移動する。そして、レケレスに向かって大声でそう叫んだ。
「はーい! 奥義……」
「渦毒の魔転刃!」
クイナとレケレスはそれぞれの力を使い、水銀の刃で構成された渦を作り出す。ザラドは全身を斬り刻まれ、悲鳴を上げる間もなく力尽きた。
「バ、バカな……四竜騎の一人たる、俺が負けるなど……」
「拙者たちを見くびるからこうなるのさ。あの世に行く前に、いい勉強になったね」
「そう、だな……。だが、俺は四竜騎の中でも一番の新参……最弱の騎士だ。今はせいぜい、勝利に浮かれるがいいさ。本当の地獄はこれからだからな……」
最後にそう言い残し、ザラドは息絶えた。クイナは天海領域を解除し、ザラドとギリンの死体を地面に落下させる。レケレスは鎧を解除し、クイナと共に降りていく。
「一時はどうなるかと思ったけど、勝ててよかったねー。でも……兵士さんたち、可哀想だね……」
「仕方ないよ、レケレス。戦いってのはこういうものだもの。せめて、手厚く葬って安らかに眠ってもらうとしようよ」
「うん……」
クイナとレケレスは、ザラドによって殺された帝国兵たちを丁寧に埋葬し、墓標の代わりに石を置く。冥福を祈りつつ、二人はエルカリオス報告するため聖礎エルトナシュアへと向かった。
◇――――――――――――――――――◇
一方その頃、戦いがあったことなど知ることもなく、リオとアイージャは優雅な空の旅を楽しんでいた。竜車に乗り込み、大シャーテル公国の首都テンルーへ向かう。
「ふむ、なかなか座り心地のいい椅子だな。いい素材を使っていると見える」
「ええ、何しろ最高の賓客をお迎えするためのものですから、壁板から座席のクッションに至るまで最高級の素材を使っているのですよ」
リオが窓から外を眺めている間、アイージャは座り心地の良さに感心していた。二人の向かいに座っている公国からの使者は、ご機嫌を取るように揉み手しつつそう答える。
公国に到着するまでの間、二人を満足させられれば、自分の評価はうなぎ登り……そんな打算を腹の中に隠しつつ、使者の男はリオに声をかけた。
「どうです、お坊っちゃん。綺麗な空を見ながら、お一つ美味しい飴でも」
「ホント? 飴食べたいな。ねえ様も食べよ」
「ふむ、気が利く奴じゃな。どれ、妾も一つもらおうか」
「かしこまりました。では、お好きなのをどうぞ」
そう言うと、男は車内に備え付けられていた箱を取り出し、蓋を開けリオたちに中を見せる。箱の中には包装用紙に包まれたいろいろな味の飴が入っていた。
しばらく迷ったあと、リオは濃いミルク味の飴を、アイージャはレモン味の飴を選ぶ。満足そうにしっぽをふりふりしているリオを見ながら、アイージャは微笑む。
「飴は美味いか? リオ」
「うん!」
「ふふ、そうか。まったく、本当にお主の笑顔は可愛いのう」
リオに自分のしっぽを絡め、よしよしと頭を撫でてアイージャは全力で可愛がる。仲の良い姉弟と言うより、アツアツのカップルに見える二人に、使者は若干メンタルダメージを受ける。
彼は齢三十六にして、未だ独身だった。
「た、大変仲がよろしいのですな……。ハハハ、ハハ……」
「おじさん、どうして泣いてるの……?」
「いえ、目にゴミが……ええ……」
不思議そうに男を見ながら、リオはまだ見ぬ新天地へ思いを馳せる。大シャーテル公国まで、もう少し。新たな出会いが、リオたちを待っている。
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