245話―高原の国へようこそ

 しばらくして、一行を乗せた竜車は大シャーテル公国の首都テンルーに到着する。竜車の発着場に降り立ち、使者に連れられリオとアイージャは公王の宮殿へ向かう。


 テンルーは標高の高い高原にあるため、空気が薄くリオは若干息苦しさを覚える。が、魔神故に高い適応力を持つため、数分もすれば高地の環境に適応してみせた。


「ふむ、他の国と比べて空気が澄んでいるな。ひんやりしていていい気持ちだ」


「そうでしょう、そうでしょう。何せこの街は標高二千六百メートルありますからな。この国で生まれ育った者たちはともかく、他の国から来た人たちは……あんな風に暮らしていますよ」


 深呼吸をして空気の清らかさを堪能しているアイージャに、使者の男はそう言いつつ、近くにある花屋を指差す。店先では、頭に透明な大きい球体を着けた女が水やりをしている。


 使者曰く、あの球体には空気を生み出す高度な魔法がかけられており、高地故の空気の薄さを補っているらしい。余所の国から移り住んできた者は、ああして少しずつ空気の薄さに身体を慣らしていくのだと言う。


「へえー、凄いんだねえ、あれ」


「ええ、我が国は連合を形成する十三の国の中でも特に魔法技術に秀でておりますので。さあ、先へ進みましょう」


 少しでもリオたちを楽しませて得点稼ぎをしようと、使者の男は頼まれてもいないのに観光ガイドの真似事を始める。アイージャは鬱陶しそうにしていたが、リオが楽しそうなので何も言わなかった。


 しばらく大通りを進んでいると、大きな噴水がある広場にたどり着く。広場の中央では、大道芸人たちが芸を披露していた。


「わあ、芸人さんたちだ」


「興味がおありでしたら、少し見ていかれますかな? まだ時間もありますし、五分くらいなら大丈夫ですよ」


「ホント? じゃあ見る!」


 生まれて初めて見る大道芸に、おおいに興味をそそられたリオは群衆に混じって芸を観察する。アコーディオンとラッパが奏でる軽快でヘンテコな音楽に合わせ、女がジャグリングをする。


 バニーガールの衣装に身を包んだウサギ獣人の女は、合計十個のバトンを忙しなくジャグリングしながら、軽快なステップでタップダンスを踊っていた。


「ほう……あの足さばき、素晴らしいな。惚れ惚れする動きだ」


「かっこいいなぁ……」


 アイージャとリオがそれぞれの感想を呟いていると、女の側に控えていたピエロメイクの男が大きめのボールを転がした。すると、女はピョンとジャンプし、玉乗りを始める。


 不安定なボールの上で、一つもバトンを落とすことなくジャグリングを続ける。しばらくして、音楽が終わると共に全てのバトンを横に広げた腕に乗せフィニッシュを迎えた。


 盛大な拍手が起こり、芸を見ていた群衆からおひねりが飛んでいく。ピエロはコミカルな動きで会釈をしながら、おひねりを広いオーバーオールの胸ポケットにしまう。


「我らプリンシア大芸団のショーをご覧の皆様、暖かい拍手と声援ありがとうございます。さて、『いそがしウサギ』のレーナのジャグリングショー、如何でしたでしょうか。続きまして、いよいよお待ちかねのマジックショーのお時間です!」


 一通りおひねりを回収したあと、アコーディオンを引いていた男がそんな口上を述べる。バニーガールがボールから降りて後ろに下がった次の瞬間、ボールが割れ七色の煙が吹き出した。


 煙が晴れると、そこには艶のある黒いタキシードとシルクハットを身に付けたミステリアスな雰囲気の女が立っていた。女は一例した後、観客に向かって話し出す。


「ごきげんよう、お客様。ミス・エヴィーがお送りする魅惑のマジックショーへようこそ。本日は皆様をめくるめく奇術の世界へご招待致します」


 そんな口上を述べた後、ゆったりとした音楽が流れ始める。ミス・エヴィーは音楽に合わせてシルクハットを取ってひっくり返す。そして、どう見ても入りきらない長さのステッキを出した。


「わあ、凄い! あんな長いステッキ、どうやって出したんだろう」


「ただの手品じゃよ、リオ。……聞こえとらんな」


 手品を見て夢中になるリオに、アイージャは苦笑する。なんだかんだ言って、リオもまだまだ子どもなのだということを改めて認識する。


 その間にもマジックは調子よく進み、いよいよクライマックスを迎えた。最後のマジック、人体切断ショーが始まった。


「さあ、名残惜しくも最後の演目となりました。本日最大のメインイベント、人体切断マジックのお時間です。ここまでは私一人で行ってきましたが、ここからはお客様の中から一人、協力してくれる方を募りましょう」


 後ろで芸人たちがマジックに使う箱と剣をよういしている間、ミス・エヴィーはゆっくりと観客たちを見回す。そして、リオを見てにっこりと微笑んだ。


「ああ、あんなところになんと可愛らしい少年が。決めました、本日はあの子になる協力してもらいましょう」


「え? ぼ、僕?」


 まさか自分が使命されるとは思ってもいなかったリオは、目を丸くして仰天してしまう。が、こんな機会は滅多にないと思い直し、手招きするミス・エヴィーの元へ向かう。


「よく来てくれました、ありがとう少年。さて、ショーをするにあたって君の名前を聞いてもいいかな?」


「あ、はい。僕はリオっていいます」


「リオ! オーケー、とても素敵な名前だね。さ、まずはこの台に寝そべってもらえるかな?」


 ミス・エヴィーはそう言うと、リオを台の上に寝かせた。その上から箱を被せつつ、観客たちに向かってオーバーな身振り手振りをしつつ話しかける。


「さあ皆様、お待たせしました。これより、ミス・エヴィー最大の奇術……人体切断マジックを始めます! ここにあるのは、なんの変哲もない剣。これを使って、リオ少年を生きたまま真っ二つにしてみせましょう!」


 音楽が変わり、緊張感を煽り立てる緊迫感のあるものになる。側に控えていたピエロから投げ渡された剣を受け取り、ミス・エヴィーは箱をリオや台ごと真っ二つにしてしまった。


 アイージャたちが息を飲むなか、ミス・エヴィーは箱を上下にずらし、切断されていることをこれでもかとアピールする。そして、寝ているリオに声をかけた。


「さあ、ご覧の通り箱は真っ二つ! ですがご安心を。リオ少年はピンピンしています。ほら、ご覧の通り」


「ど、どうもー」


 リオは寝そべったまま観客の方を向き、ぎこちなく笑いながら手を振る。そらを見た観客たちは、マジックの成功を理解し拍手を送った。


「たくさんの拍手、ありがとうございます。ですが、もうショーも終わりの時間。楽しい時はあっという間に過ぎ去っていくものです。最後に、リオ少年を元に戻してショーの終幕としましょう」


 そう言うと、ミス・エヴィーはズラしていた箱の位置を合わせ、ピッタリと押し当てる。ドラムロールが鳴り響くなか、勢いよく箱が取り去られた。


 リオはゆっくとり立ち上がり、切れ目一つない自分の身体を観客たちにアピールする。万雷の拍手と歓声が広場に響き、無事ショーは円満に終了した。


「どうだ、楽しかったか? リオ」


「うん! 最後のマジックね、ホントに斬られたみたいな感触があったんだよ。凄かったなあ」


 宮殿に向かう道すがら、リオは興奮気味にアイージャへそう告げる。大道芸人たちのショーを満喫し、すっかりご機嫌になっていた。


 そんなリオだったが、ふと懐に違和感を感じ手を突っ込む。しばらくまさぐると、入れた覚えのない小さく折り畳まれた紙が出てきた。


「なんだろ、これ……?」


 不思議そうに首を傾げつつ、リオはこっそり紙を開く。――そして、記されていた文字を見て驚きをあらわにする。紙には、こう書かれていた。


――警告。南東より来る者たちに注意せよ。彼らは、君を陥れようとしている。必ず、影と離れるな。ミス・エヴィー――


 ショーの最中、あの奇術師はリオの懐にこんな手紙を忍ばせていたのだ。記されている言葉の意味を理解出来ず、リオは動揺してしまう。


「ん? どうした、リオよ」


「ううん、何でもない」


 アイージャに尋ねられ、リオは咄嗟に紙を拳で握りつつそう答える。何故かは分からないが、自分一人の秘密にしなければならないという感情が芽生えていたのだ。


「さ、もうすぐ宮殿に着きますよ。まずは公王様に謁見していただいて、それから会食を……」


 今後の予定について説明する使者に生返事をしつつ、リオは一人紙に書かれた言葉の意味を考える。大きな嵐が、もうすぐそこまで迫ってきていた。

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