212話―神との邂逅

 安らぎの花園を出たリオは、ムーテューラに道案内され神域を進む。しばらく道なりに進むと、リオの住む大地では見たこともない、複雑に張り巡らされた水路と広大な街が現れる。


 リオが驚いていると、ムーテューラはクスクス笑いながら声をかけてくる。彼女曰く、ここは次代の創世六神となる神様見習いたちが住まう居住区であるとのこと。


「こっからは歩きじゃ無理だから、コレに乗っていくよ」


「ゴンドラがあるんですね。じゃあ、失礼して……」


 居住区の出入り口にある乗り場に向かい、小さなゴンドラに乗り込む。水路は黄金色の水に満たされており、陽光を受けてキラキラと輝いていた。


 ムーテューラがゴンドラの後方にあるカンテラに光を灯すと、ひとりでに動き出し水路を進んでいく。居住区は六つの区画に分けられているようで、それぞれ家屋や水の色が違っていた。


「今あーしらがいるのは、光明神見習いたちが住んでるトコね。そっからドンドン水路を進んで……」


「やーっと追い付いた! ムーテューラ様、よくも踏みつけてくれたなー!」


 リオに居住区についての説明をしていたムーテューラの耳に、やかましい声が届いた。心の中で舌打ちしながら後ろを向くと、案の定と言うべきか、スチュパリオスが向かってきていた。


「んだよ、起きやがったのか……。やかましい奴が来ちゃったなぁもう。チッ」


「ちょっ、今舌打ちしましたよね!? 聞こえましたよ!? 流石にそれはない……へぶっ!」


「はいはい、鳥公は水に沈んでてねー」


 説教が始まる気配を感じ取り、ムーテューラは先手必勝とばかりに張り手をブチかまし、スチュパリオスを水路に叩き落としてしまった。


 羽根が水を吸って上手く羽ばたけず、スチュパリオスはそのまま水底に沈んでいく。それを見たリオは助けようとするも、ムーテューラの無言の圧力に負け止めた。


「スチュパっちならへーきへーき。そう簡単にゃ死なないから」


「は、はあ……」


 ぞんざいな扱いをされているスチュパリオスに、リオは心の中で同情する。それからの道中は特にトラブルもなく、二人を乗せたゴンドラは居住区の奥へ進む。


 水路に沿って続く通りにはほとんど人影はなく、家々からも生物の気配がほとんど感じ取ることが出来ない。不思議そうに首を傾げていると、目の前の水路に青色の光の柱が降り注ぐ。


「あ、やべ……」


「ようやく帰ってきたようだな、ムーテューラ。掟を破り生身で大地に降りるとはな……下界は楽しかったか?」


「あー、まー……はい……」


 光の柱が消えると、そこには青と水色の法衣を羽織った青年が立っていた。右手には分厚い本を、左手には時針が付いた捻れた輪が納められた青色のオーブを持っている。


「全く、どこに降りたかと思えば……我々が守護している大地ならともかく、廃地に降りるとは何を考え……ん? 君は……」


「あ……こ、こんにちは……」


 青年はリオに気付き、猛禽類のような鋭い瞳を向ける。神々しくも猛々しいオーラを感じ取り、リオは萎縮しながらも何とか愛想よく挨拶をする。


 しばらくリオを見ていた青年は、何か合点がいったらしく、何度も小さく頷きながら口角を緩める。


「ああ、なるほど。誰かに似ていると思ったが……一つ尋ねたいことがある。君はベルドールという少年の血縁者かな?」


「え、知ってるんですか?」


「ああ、よく知っているとも。自らの力で神域にたどり着いた大地の民の片割れだ、忘れることなどないさ。……おっと、まだ名乗っていなかったね。私はバリアス。時と空間を司る時空神だ。よろしく」


 青年――バリアスはそう言うと、今度はムーテューラに厳しい目を向ける。こっそりゴンドラを降りて逃げようとしていたようだが、そう上手くはいかないらしい。


「さて、ムーテューラ。何故彼をここに連れてきた? 事と次第によっては、厳罰を処すことになるぞ」


「あー、えっと、ほら、議題にも上がってたじゃん? トンズラこいた異神たちを潰してくれた大地の民のこと。調べたらさ、この子なんよねぇ。だから連れてきたのさ」


「ほう……本当にそうか少し調べさせてもらうとしようか。少年、失礼する」


「え?」


 次の瞬間。バリアスは一瞬でリオの背後に回り、本を空高く放り投げる。フリーになった右手をリオの後頭部にかざし、過去の記憶を『読み』始めた。


 激しい目眩に襲われ、リオは立っていられず片膝を着いてしまう。しばらくして、過去を『読み』終えたバリアスはリオから離れ元いた場所に戻る。


「……確かに、この少年に間違いない。しかし、そうか……ベルドールの力を継承した者たちがいるとはな」


「ぼーや、大丈夫?」


「な、なんとか……」


 とてつもない疲労感に襲われたものの、数分じっと身体を休めたことでリオはほぼ回復した。回復の速さに感心しつつ、バリアスは空中に浮かんだままの本を呼び戻す。


「いつまでもここにいるわけにもいくまい。ムーテューラの捜索に駆り出していた者たちも居住区に戻るよう伝えねば。さ、行くとしよう。我らの居城に」


 そう言うと、バリアスは指を鳴らす。直後、光の柱が降り注ぎリオたちを包み込む。あまりの眩しさに、リオは咄嗟に目をつぶる。しばらくしてまぶたを開けると、目の前に白亜の城がそびえていた。


「ようこそ。我ら創世六神の居城へ」


「かんげーするよー」


 目を丸くするリオに、バリアスとムーテューラはそう声をかけた。二人に導かれ、リオは城の中へ歩を進める。入ってすぐ、大きなホールにたどり着く。


 様々な絵画やタペストリーが壁に飾られ、天井からは巨大なシャンデリアが吊るされている。豪華絢爛な内装に見入っているリオに、バリアスが話しかける。


「驚いたかい? このホールには我々神の歴史を描いた絵やタペストリーを飾ってあるんだ。じっくり見ておくといい」


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ホールを進みながら、リオは絵画とタペストリーを眺める。神々の誕生や、大地の創造を行っている場面を描いたタペストリーに混じり、小さな絵があった。


 その絵には、頭を垂れる二人の少年少女に白色のローブを着た人物が一対の籠手を授ける場面が描かれている。紛れもなく、ベルドールとラグランジュが神と邂逅した場面だ。


「あの二人はよく覚えている。数多の艱難辛苦かんなんしんくを乗り越え、自らの力で神域に到達した、唯一の者たちだからな。……懐かしいものだ、もう一万年以上も前の話だ」


「そん頃、あーしはまだ生まれてないんよね。あーあ、あーしもバリアスみたいに不老不死になりたいなぁ」


「神様って、みんな不老不死じゃないんですか?」


 ムーテューラの言葉に、リオは疑問を抱き問いかける。バリアスは首を横に振り、説明を始めた。


「いいや。私以外は皆赤子として産まれ、歳を取り成長し老い死んでいく。神とて不滅ではないのだよ。私には全てを見続ける使命があるから、死なないというだけさ」


 そう答えた後、バリアスはホールの最奥部にある両開きの扉を開く。扉の先は長い回廊が地平線の向こうまで続いている。窓からは、晴れ渡る青空が覗いていた。


「さ、行こう。君を他の神々にも紹介せねば。我らに代わって事象の地平から逃亡した異神たちを討伐してくれた礼もせねばならないからね」


「にしし、楽しみにしときなー? あーしらが大地の民をもてなすなんてこと、もう二度とないかもしれないからねー」


 バリアスの後ろに着いて回廊を歩きながら、ムーテューラはリオにそう耳打ちする。リオをもてなすための神々の饗宴ゴッズパーティーが、始まろうとしていた。

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