第8章―氷炎の魔将と暗月の女神

211話―ようこそ神域へ!

 突如として現れた創世六神の一角、ムーテューラと予想外な出会いをしたリオたち。騒ぎになるのはまずいと判断し、ひとまず聖礎エルトナシュアへ向かう。


 界門の盾を使い大聖堂の前に到着すると、ムーテューラは興味深そうにふーんと呟く。どうやら、大聖堂を見て何かしら思うところがあるらしい。


『おー、なかなかセンスいいじゃーん。とりまお邪魔するわー』


「ど、どうぞ……」


 仮にも女神を名乗っているにも関わらず、かなり軽い口調で話すムーテューラにリオは戸惑いを隠せない。アイージャもアイージャで、胡散臭そうな目を向ける。


 ムーテューラが大聖堂に入っていくのを見ながら、二人は小さな声でヒソヒソ話をする。本当に彼女は創世六神の一人なのか、と。


「ねえ様、あのムーテューラって人どう思う?」


「ふむ……正直言って、かなり怪しいの。ま、悪人であればそもそもここに来た時点で兄上が迎撃に出てくるであろうから、その点では問題あるまい」


 そんなことを話しつつ、二人もムーテューラに続いて大聖堂の中に入る。礼拝堂に行くと、そこにエルカリオスとムーテューラの姿があった。


 二人は話をしているらしく、ムーテューラが身振り手振りで何かを伝えようとしている。その様子をリオたちが見ていると、エルカリオスが気付き手招きする。


「来ていたか、リオとアイージャ。悪いが、代わりに相手をしてほしい。……どうにも、この御仁は苦手だ」


『えー? あーしはあんた好きだけどなー。おちょくって遊べるし』


 たった数分会話しただけで、エルカリオスはかなり消耗してしまったようだ。掴み所がなく終始軽い調子のムーテューラとは、根本的に相性が悪いのだろう。


 彼女の相手をリオたちに押し付け、さっさと奥へ戻っていってしまった。残されたリオとアイージャがどうしようか考えていると、ムーテューラは手を叩く。


『あ、そうだそうだ。あーしってば大事な用事あるんだった。ねえそこの二人、あーし探してる人いるんだけど。リオっていう子をね、知ってる?』


「え? それ、僕のこと……」


『およ? チミがそうなん? へー、なるほど。ま、ただ者じゃないのは一目見て分かってたけど』


 ムーテューラはお目当ての人物が目の前の小柄な少年であることに驚きつつ、調子のいいことを口にする。実際には分かっていなかったのは内緒だ。


 ごそごそとドレスの胸元をまさぐり、しわくちゃになった一通の封筒を取り出す。封筒の表には、六神を象徴する六つのオーブが描かれている。


『はい、これ』


「え? これは……」


『あーしからの招待状。なんとー、チミを神域にご招待しちゃいまーす。いえーい、ぱちぱちー』


 封筒を受け取り怪訝そうな顔をするリオに、ムーテューラはそう言いつつやる気のない拍手をする。数分沈黙した後、リオたちはムーテューラの言葉を理解し、驚きの叫びを上げた。


「えええ!? し、神域!? それって……」


「かつて我らの父が到達した、神々の住まう地……」


 ――神域。遥か昔、魔神の始祖ベルドールとその仲間ラグランジュが到達した、創世六神が住まう聖なる場所。そこへの招待状と言われれば、驚くなというのが無理なことだ。


 驚愕するリオたちがよほど面白かったのか、ムーテューラは腹を抱えて笑い転げる。しばらく笑った後、ゆっくりと立ち上がりリオの手をそっと握る。


『そゆこと。実はさぁ、あーしの前任が悪名高いペルテレルでねぇ。チミが始末してくれたって聞いて、お礼しよーと思ったのよー』


「ええっ!? ペルテレルって、あのペルテレル!?」


 ムーテューラの爆弾発言に、リオはさらに驚く。かつて、ファルファレー一味との戦いの最中に現れた、六人の異神……その一角として死闘を繰り広げたのが、ペルテレルだ。


 しかし、まさかムーテューラがペルテレルの後任だとは夢にも思っておらず、リオは空いた口がふさがらなくなってしまう。一方、ムーテューラはチラッと上を見て小さく呟く。


『……やべ、気付かれた。こりゃ傷が浅いうちに帰った方がいいな……よし、早速いくよー! ほい、ゴーゴー!』


「え、ちょっと待っ……わああー!?」


「リオー!」


 どうやら、内緒で神域を抜け出してきたのが仲間にバレたらしく、ムーテューラはリオを連れ帰還することにしたようだ。大聖堂の中に紫色の光の柱が降り注ぎ、リオとムーテューラを包む。


「き、消えてしまった……。一体、何が何やら……」


 アイージャは手を伸ばすも、寸前で届かずリオたちは大聖堂から姿を消してしまう。置いてきぼりにされたアイージャは、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……嫌な気配は消えたな。何者かは知らねえが、これでもう、計画に支障は出ねえ」


 同時刻、魔界。グレイガは自身の城の玉座に座りながらそう呟く。大地に顕現したムーテューラの気配を敏感に感じ取り、一時侵攻計画を中断していたのだ。


 気配が消えたのを確認し、グレイガは立ち上がる。城の地下に向かい、そこで建造されている『切り札』の様子を窺う。


「よおてめーら! 建造作業は進んでるか?」


「はい、つつがなく侵攻しております。現在、魔導飛行要塞は三基中一基……『オメガレジエート』が完成しています。明日、性能テストを行う予定です」


「ほう、そいつぁなかなか幸先がいい! んじゃ、残る『アッパーヤード』と『ジャスティスデストロイヤー』の建造も進めとけ。急ピッチでな!」


 城の地下には、広い広い空間があった。地下全体が一つの巨大な製造プラントとなっており、大地侵攻のための兵器……三基の魔導飛行要塞『オメガレジエート』、『アッパーヤード』、『ジャスティスデストロイヤー』の三基が建造されている。


 すでにオメガレジエートは建造を終えており、性能テストを合格すればすぐにでも出撃出来る準備が整っていた。高台から製造風景を見下ろしつつ、グレイガは笑う。


「クククク。今に見てな、魔神ども。戦いは数だってことを教えてやる。たった七人で大陸全土を守れるならやってみな。オレの配下……デストルファイブと五行鬼が相手をしてやるよ」


 主君たる魔王グランザームの野望のため、そして、ダーネシアの敵討ちのため……グレイガは兵器を作り出す。その目には、氷のような冷徹さと、炎のような残虐さが秘められていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「あーもう、どこ行っちまったんだムーテューラ様は。バリアス様がおかんむりだっつうのによぉ」


 一方、神域ではあちこちを一羽の白い鳥がムーテューラを探して飛び回っていた。神の遣いである聖鳥、スチュパリオスはブツブツ文句を言いながら周囲を見渡す。


「ったく、最近の闇寧神はどうなってんだか。ペルテレル様もムーテューラ様も、ちゃらんぽらんでよ……ん、反応アリ! どこだ!?」


 安らぎの花園と呼ばれる花畑を探していると、ムーテューラの気配を捉えた。スチュパリオスがキョロキョロと周囲を見ていると、紫色の光の柱が降り注ぐ。


 スチュパリオスの真上に。


「たっだいまー!」


「うわあっ!」


「へ? んぎょあっ!」


 突如光の柱に包まれ、身動きが取れなくなったスチュパリオスはムーテューラとリオに踏み潰されてしまう。尻の下に違和感を覚えた女神は、チラッと目を向ける。


「あれ、いたんだスチュパっち。あーしの尻の下で何してんの?」


「……ずっとあんたをなぁ、探して……ぐふっ」


「ああっ、鳥さん! しっかり、しっかりして!」


 リオは慌ててスチュパリオスの上から飛び退き、目を覚まさせようとブンブン振り回す。その様子を見ながら、元凶たるムーテューラは呑気にあくびをしていた。


「んー? だいじょぶだいじょぶ、その程度じゃスチュパっちは死なないって。仮にも神鳥なんだから、ほっといてもへーきへーき。さ、いこ。他の神に紹介したげる」


「い、いいのかな……。ごめんね、鳥さん」


 気絶してしまったスチュパリオスを残し、リオはムーテューラに連れられ花畑の奥へ進む。その途中、チラリと後ろを見ると大きな門を見つけた。


 遥か昔、ベルドールとラグランジュがくぐった、神域へ至るための門だと――この時、まだリオは知ることはなかった。


「そんなきんちょーしなくてもだいじょぶさ。みんなねっこはいい奴らだからさ。……たぶん、きっと、めいびー」


「本当に大丈夫なのかな……」


 適当すぎるムーテューラの言葉に、リオはため息をつくことしか出来ない。こうして、波乱に満ちた新たな日々が始まりを告げた。

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