213話―宴の後にあるものは……

 神域にて、リオは生まれて初めて不思議な感覚を味わう。精霊たちが運んで来る料理や飲み物は、大地のソレとは違う、ヤミツキになる美味しさだった。


 セイレーンの歌声が宴の会場に響くなか、リオは周囲をキョロキョロと見渡す。広い部屋の中にいる宴の主役は、リオとバリアス、ムーテューラの三人だけだった。


「やー、悪いねえ。まさか残りの四人みーんないないとは思わなかったわ」


「いえ、忙しいなら仕方ないですよ」


「礼堂にこもって、新創地に影を送っているのだろう。ここ最近闇の眷属たちの活動が活発だからな」


 六神のうち、バリアスとムーテューラ以外の四人はそれぞれ所用があるらしく宴を欠席していた。神様なんだからきっと凄く忙しいのだろう……リオはそう考える。


 精霊たちのショーを心行くまで楽しんだリオは、大地へ帰ることとなった。来た時と同じように、ムーテューラが送り届けることに決まったらしい。


「ムーテューラさん、今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」


「ん、そーお? ならよかった。んじゃ、お土産あげる」


 ゴンドラに乗り、居住区を進みながらムーテューラはそう口にする。ブツブツと何かを唱えると、手の上に紫色のハチガネが出現した。


 ムーテューラはハチガネを持ち、リオの額に巻きながら説明を始める。


「このハチガネにはねぇ、あーしの魔力がこもってんの。死んでも一回だけ蘇生出来るよ。ま、効力発揮したら壊れるけどね」


「そんな強力なもの貰っちゃって、いいんですか?」


「いーのいーの。子どもはそんな細かいこと気にしちゃいけないんだぞー」


 驚くリオの頬をむにっと摘まみつつ、ムーテューラはニシシと笑う。ゴンドラ乗り場に到着した後、再び安らぎの花園に向かい歩いていく。


 安らぎの花園に着いた後、ムーテューラはリオを元いた大地に返すための準備を始める。紫色の光の柱が降り注ぎ、リオの身体を包み込む。


「ムーテューラさん、ありがとうございました。バリアスさんにもよろしくって伝えてください」


「はいはーい。んじゃ、さいならー」


 光の柱に包まれ、リオが消えていくなか――ムーテューラの耳にある音が響く。遥か遠く、どこかで……決して砕けてはならないモノが、砕け散った音が。


(ん? 今の音……まさか! 鎮魂の園の結界が砕けた!?)


 自身が直轄する地に異変が起きたことに気付き、リオを送り終わったムーテューラはすぐ様安らぎの花園を離れる。彼女の首筋を、冷や汗が伝っていく。


(ヤバいヤバい、今の感覚からして……絶対なんか抜け出したって! ああもう、ペルテレルのクソ野郎め! 鎮魂の園の修繕サボって逃げたせいで大変なことになったじゃねーかッ!)


 全力疾走しながら、ムーテューラは頭の中でそう捲し立てる。もう一つの波乱が今、始まろうとしていた。



◇――――――――――――――――――◇



「……ああ、やっと結界に穴が開いた。コツコツ突っついてきた甲斐があったわ。これでやっと……やっと、グランザーム様の元に帰れる」


 その頃、神域の下層にある死者の魂が眠る地……鎮魂の園にて、一人の女性が微笑みながら外へ向かって歩いていた。彼女の後ろには、園を守護する衛兵たちの屍が点々と続いている。


 たった一人……それも丸腰で、十人以上の武装した衛兵を全滅させてしまったのだ。左の頬にある三日月のような形をした傷痕を撫でながら、女性は呟く。


「早く帰りたいわ。あの方の元に……。ただ一人、私が愛したいとしい方……ああ、グランザーム様……。今、『暗月炎姫』オリアが参ります」


 己の主君の名を口にするオリアの頬が朱に染まる。血にまみれたその姿は、おぞましく――艶やかであった。



◇――――――――――――――――――◇



 一方、異変が起きたことなど露知らず、リオは帰ってきた。……見知らぬ密林のど真ん中に。どうやら、焦ったムーテューラが座標を大幅に間違えたようだ。


 キョロキョロと周囲を見渡しながら、リオはポリポリ頬を掻き苦笑いする。界門の盾を使い、ようやく聖礎エルトナシュアに帰還することが出来た。


「ねえ様ー、ただい……」


「リオ!? おお、ようやく見つかった!」


 大聖堂に入り、アイージャに声をかけると物凄い勢いで突っ込み抱き付いてきた。あまりの勢いに驚き、リオはアイージャに声をかける。


「ど、どうしたの? ねえ様」


「どうしたもこうしたも……お主、三日も見付からなかったのだぞ! 妾はもう、心配で心配で……」


 その言葉に、リオは目を丸くして驚いてしまう。リオの感覚では、せいぜい二、三時間程度しか神域にいなかった。が、どうやら大地とは時間の流れが違うらしい。


 アイージャの言う通り、リオは丸三日の間行方不明になってしまっていたようだ。リオはアイージャに心配かけたことを謝った後、これまでのことを話して聞かせる。


「ふむ、なるほど……神域に招かれていた、か。トラブルに巻き込まれたわけではないのだな、よかったよかった」


「ごめんね、心配かけちゃって」


「なに、こうして無事に帰ってきてくれたのだから問題はない。カレンたちは妾が誤魔化しておいたから、特に騒ぎにはなっておらん。安心するがいい」


 大事にならないよう、アイージャが根回しをしておいてくれていたらしい。リオは彼女の気遣いに感謝しつつ、二人仲良く家路に着く。


 大聖堂を出て聖礎の外に転移しようとしたその時……屋根の上から陽気な声が響いてきた。


「けろりーん! ぼでぃーあたーっく!」


「え? わあっ!?」


 いつの間にか大聖堂に来ていたレケレスが、リオ目掛けて飛び降りてきたのだ。リオは避けるわけにいかず、そのままレケレスの下敷きになってしまった。


 幸い、普段の鎧ではなく紫色のワンピースを着ていたため、特に怪我をせずに済んだ。突然のことに驚いているリオを見ながら、レケレスはにぱーっと笑う。


「いえーい、ドッキリ大成こーう! どうどう? びっくりしたー?」


「おねーちゃん、何でここに?」


「オレが連れてきたんだよ。暇だ暇だってうるさくてな……」


 ケロケロ笑うレケレスにリオが問い掛けると、物陰からダンテが現れた。どうやら昼寝をしていたらしく、普段は整っている髪がボサボサになっている。


「この三日、オメーが修行しに出掛けてたから遊び相手がいねえってむくれてたんだよ。おかげで大変だったぜ、ホント」


「あはは……ごめんね……」


 アイージャはリオが修行の旅に出ていたことにしたらしい。話を合わせ、苦笑いしながらリオはダンテに謝る。改めて四人で家路に着こうとしたその時……リオは強大な魔力反応を感知した。


「! この反応……」


「リオも気付いたか。何か、膨大な魔力を帯びたモノが現れたようだ。この感じ……おそらく、向かう先はアーティメル帝国か……」


 リオだけでなく、アイージャたちも魔力に気が付いたようだ。嫌な予感を覚えた四人は、反応が合った場所に座標を合わせて転移石テレポストーンを使い移動する。


 四人が着いたのは、リオが送られた密林だった。反応の元を探していると、不意に大きな影が密林を覆い尽くす。リオたちが上を見ると、そこにはあり得ないモノが浮かんでいた。


「なっ!?」


「な、なーにあれー!?」


 アイージャとレケレスは驚き、目を見開く。四基のプロペラを備えた巨大な金属の塊が、空を飛んでいるのだ。ダンテも唖然とした表情をして、天空に浮かぶ『ソレ』を見つめる。


「おいおい、何だよありゃあ……。目の錯覚……じゃあねえな」


「なんだろう……なんだか、嫌な予感がする……」


 胸のざわめきを感じ、リオは呟く。彼が抱いた予感は、残念ながら的中することとなる。この巨大な金属の塊こそ、グレイガが建造した魔導飛行要塞『オメガレジエート』なのだ。


「ネモ艦長、標的を発見しました。恐らく、オメガレジエートの魔力に感付いて姿を現したようです」


「ほう、それはちょうどいい。早速、このオメガレジエートの性能を見せ付けてやるとしよう。いい肩慣らしになるだろう。……お前たちも出るか?」


 オメガレジエートの艦橋内にて、艦長が乗船していたエイメイとガガクにそう問いかける。ダーネシアの敵討ちに燃える二人には、出撃以外の選択肢はない。


「当然だ。むしろ、我々二人で行く。砲撃で礼の少年を分断してもらえば、残り三人の首はお前たちにくれてやる」


「了解した。では見せてやろう。オメガレジエートの力をな」


 巨大要塞の脅威が、リオたちに襲い掛かろうとしていた。

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