80話―魔神たちの第二ラウンド
「クヒャヒャヒャヒャ!! 舐めたことほざいてんじゃねえぞ! 二人まとめてゴミクズにしてやるよ!」
狂ったようにそう叫びながら、バルバッシュはアイージャとダンスレイルの元へ突撃していく。迎え撃ったのは、重厚な鎧を着込んだアイージャだった。
バルバッシュの突進を受け止め、ロックアップの体勢になる。手牙が籠手に若干食い込むも、分厚い装甲に阻まれ、それ以上食い込むことはなかった。
「ほおゥ? この俺と力強く比べするつもりかァ? アイージャよォ。クヒャヒャヒャ、てめえが俺に勝てるとでも思ってンのかァ?」
「勝てるさ。兄上よ、妾は変わった。かつての非力な妾はもういない。ここにいるのは……」
アイージャはバルバッシュの腕を剛力で外し、ニヤリと笑う。力負けしたことに驚愕する兄に、勢いよくヘッドバットを叩き込んだ。
「もはや魔神ではない、生まれ変わった新たな妾だ!」
「グッ、ゴアッ……。舐めるなよ、このゴミが! 剛断の牙!」
へし折れた鼻を再生しつつ、バルバッシュは手牙を変化させより鋭い牙を作り出す。アイージャの身体を鎧ごと断ち切ろうと飛びかかるも、そこへダンスレイルが割り込む。
ハイキックを叩き込んでバルバッシュの腕を払いつつ、身体を回転させて追撃の回し蹴りをこめかみに打ち込む。たまらずよろめくバルバッシュに、今度はアイージャが攻める。
「私たちは二人、お前は一人。数の差は元より……お前と私たちの間には、越えられない壁があるんだよ、バルバッシュ」
「壁だァ? ハッ、そんなモンねえよ! 俺は牙の魔神バルバッシュだ! 俺より優れた兄も、姉も、妹も、弟もいねえんだよオオォォ!」
狂ったように叫びながら、バルバッシュは腕を振り回しラッシュをダンスレイルに叩き込む。巨斬の斧で攻撃を捌きつつ、ダンスレイルは魔力を蓄積していく。
「そうかい。なら今一度教えてあげるよ。魔神の長女たる私の力を! ビーストソウル、リリース!」
ダンスレイルの身体から緑色の光が放たれ、その姿が変化していく。全身に植物のつるが巻き付き、命の花が咲き誇る。木を司る斧の魔神の力が、今ここに解き放たれた。
それを見たバルバッシュは舌打ちし、一旦距離を取って体勢を整えようとする。が、それよりも早く、ダンスレイルは巨斬の斧の刃を地面に勢いよく叩き付ける。
「させないよ! ローズバインド!」
「チッ! 面倒くせえなァ!」
斧の刃が叩き付けられた場所を中心に、地面に亀裂が走っていく。亀裂の中から無数のイバラが現れ、バルバッシュを拘束しようと襲いかかる。
身体に絡み付くイバラを引き千切りながら、バルバッシュは鬱陶しそうに舌打ちをする。当然、無防備になった相手を放置しておくほどアイージャはバカではない。
ここぞとばかりに突進し、アムドラムの杖による刺突攻撃を繰り出す。狙うは、バルバッシュの心臓だ。
「一撃で仕留めてくれる! 兄上、覚悟せよ!」
「フン、食らうかよ! ウォーターウォール!」
「むうっ……!」
バルバッシュは水の壁を作り出し、アイージャの攻撃を阻止する。イバラを引き千切り終えた後、水の壁の上に飛び乗り邪悪な笑みを浮かべた。
何をしてくるのかを感覚的に理解したダンスレイルは、アイージャを自分の側に呼び寄せ相手の行動に備える。直後、ドーム状のバリアが作り出され、三人を覆う。
「久しぶりに本気出すとするぜ……! てめえら二人とも! 溺死させてやるよ! オーシャンワールド!」
「アイージャ、空気を吸い込んでから息を止めろ!」
ダンスレイルの言葉に頷き、即座にアイージャは大きく息を吸い込む。刹那、バルバッシュの両手の口から大量の水が吐き出され、ドームの中を満たしていく。
あっという間に、ドームの中は死の水槽と化してしまった。バルバッシュは悠々とドームの中を泳ぎながら、舞うようにアイージャたちに攻撃を仕掛ける。
『クヒャヒャ!! 水中は俺の独壇場! 鎧も翼も、水の中じゃただの枷同然! もうてめえらに勝ち目はねえ、覚悟しな!』
水の中では喋れないため、バルバッシュは念話でアイージャたちに死刑宣告を下す。が、魔神の姉妹は追い詰められてもなお余裕の態度を崩さない。
その姿が、バルバッシュにかつての神魔大戦を思い出させ、苛立ちを募らせる。水の抵抗をものともせず自分の攻撃を捌く二人に、心の中で問いかける。
(なんでだ……なんでてめえらは笑っていられる? 絶望的な状況で……平然としてんじゃねェ!)
アイージャたちを睨み付けるバルバッシュの脳裏に、一万年前の出来事がよぎった。
◇――――――――――――――――――◇
『待ってくれ! いくらなんでも無謀だ! 戦いなんてやめて逃げよう、創世神に勝てるわけがない!』
一万年前。とある砦の中にて、バルバッシュは必死に兄妹たちにそう訴えていた。生まれて間もない七人の魔神たちは、おぼろげに残るベルドールの記憶を頼りに、創世神との戦いの準備をしていたのだ。
『フッ……そう怖じ気付くな、我が弟バルバッシュ。大丈夫だ。このオレの神殺しの右腕がある限り、敗北などあり得ない』
黒い毛並みの狼を人型にしたような、槍を持った男がカッコつけながら答える。そんな槍の男に、蛇のような切れ長の瞳としっぽを持つ男が声をかけた。
『まーたグリオ兄ィのカッコつけ癖が始まったな。そういうのはいいからよ、早くおっ始めようぜ。オレサマ、もう戦いたくて仕方ねえんだ』
『ミョルド、落ち着きなよ。私たちはまだ生まれたばかり。創世神ファルファレーのことをほとんど知らない。闇雲に突撃しても返り討ちにされるだけだよ』
小ぶりな鉄槌を振り回しながらはしゃぐミョルドなる男を、ダンスレイルがたしなめる。そんな兄妹たちに、バルバッシュは苛立ちを募らせていく。
壁に拳を叩き付け、兄や姉、妹たちに向かって大声で怒鳴りつける。
『だから! さっきから何度も言ってるだろ! なんで顔を知らねえベルドールの敵討ちなんかしなきゃならねえんだ! そんなくだらねえことしねえで、大地で好き勝手すればいいじゃねえかよ!』
そう叫んだバルバッシュを、残りの六人は冷ややかな目で見つめる。彼以外は皆、産みの親たるベルドールの敵討ちをすることを最大の目的にしていたのだ。
『……もういい。そんなに好き勝手したいなら、我らと袂を別ち消えよ。貴様のようなモノは不要だ』
『ぐっ……』
竜のような鋭い眼光を放つ男に睨まれ、バルバッシュはたじろぐ。生まれたばかりの自分一人では、大地で生きるすべを得る前に死んでしまう。
それを理解しているからこそ、バルバッシュは逆らうことが出来なかった。自分たち兄妹の、長兄たる男――剣の魔神、エルカリオスに。
『確かに、絶望的な戦いには違いない。だが、希望はいつでも我らの手のひらの中にある。例え敗れても、いつか我らの遺志を継ぐ者が、必ず横暴なる創世神を打ち倒す日が来る。その礎になれるなら、私は本望だ』
エルカリオスの言葉に、バルバッシュ以外の五人が頷いた。彼ら六人の思いは同じ。無残に殺され、遺体を引き裂かれた産みの親の無念を晴らす。
そのために、戦うことを決めたのだ。ただ一人、牙の魔神バルバッシュを除いて。
(……クソどもが! まあいいさ。いずれ時が来たら裏切ってやればいい。俺を怒らせたことを後悔させてやる。お前らが……勝利の栄光を掴むことはない!)
心の中でそう誓い、誰にも見えないよう顔を背けつつ、バルバッシュは邪悪な笑みを浮かべる。その誓い通り――後に、彼は兄妹たちを裏切り、敗北させたのだ。
◇――――――――――――――――――◇
(……ああ、あの時と同じだ。イライラするぜ。最初からあんなガキを見捨てておきゃあ、溺死することもなかったのになァ!)
そう心の中で叫びながら、ダンスレイルの喉笛を食い千切るべく必殺の一撃を放つ。が、その一撃が届くことはなかった。アイージャが身を呈して庇ったのだ。
『アイージャ……てめえ!』
『兄上よ。お主は決して妾たちには勝てぬ。何故なら、お主は孤独だからだ!』
『黙れ! 群れなきゃ弱え雑魚の分際で! 俺をバカにするな!』
手首をアイージャに掴まれながらも、バルバッシュは少しずつ前進していく。が、その時身体に異変が起きた。手牙から植物のつるが生えてきたのだ。
『なっ!? これは……』
『ようやく生長したね。お前をイバラで拘束した時、こっそり種を仕込んでおいたのさ。お前の体内にね! これでもう、お前は自由に動けない!』
ダンスレイルはニヤリと笑いながら、巨斬の斧を振るう。バリアは両断され、中を満たしていた水が溢れ出ていく。アドバンテージを失ったバルバッシュに、反撃のすべはなかった。
「お前の敗因は一つだ、バルバッシュ。いつまでも私たちを見下し、対策を怠ったからだ! これで終わりにしてやる! 潔く散るがいい!」
「行くぞ姉上! ダークレイザー!」
巨斬の斧を振りかぶり、ダンスレイルはバルバッシュに斬りかかる。そこへアイージャの闇魔法がぶつかり、加速した斧が牙の魔神の身体を両断した。
「クソがあああァァァ!!」
断末魔の叫びを残し、バルバッシュの分身は消滅した。リオとの約束通り……二人は、バルバッシュを打ち倒したのだ。
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