153話―レケレスという魔神

 揺れる車内にて、アイージャは語り出す。自身の妹である、鎧の魔神……レケレスについて。


「……あの子はのう、いろいろとイレギュラーなのだよ。妾たちの中で、最後に産まれた子でな、それ故に……不安定な存在だった」


「不安定……?」


 リオが首を傾げると、アイージャは座席のひじ掛けに肘を乗せ窓の外へ視線を向ける。吹雪が吹き荒れる雪原を見ながら、物憂げな口調で話を続けた。


「……あの日も、こんな吹雪の日であったな。レケレスには一つ問題があった。あやつは……不安定な存在故に、自分の力をコントロール出来なかったのだ。ある吹雪の日……とある事故が起きた」


「事故……ですか」


「そうだ。とても悲しい……事故だ。レケレスの司る毒の力が暴走し、エルカリオスに重傷を負わせてしまったのだよ」


 その言葉に、リオは目を見開き驚く。一方、ファティマは特に動じることなく、ジッと耳を傾けていた。


「レケレスはひどく落ち込んでな……。それ以来、妾たちと距離を置くようになってしまった。存在の不安定さは少しずつ解消されてきたが……その矢先にファルファレーに、な」


「そうだったんだ……」


 不仲になったまま封印され、和解を果たせなかったアイージャの気持ちを察し、リオは悲しそうな表情を浮かべる。ファティマは複雑そうな表情を浮かべつつ、質問を投げ掛けた。


「……それは辛いですね。ですが、あなたたち魔神は互いがどこにいるのかをある程度は感知出来ると聞きました。妹さんを探し出せるのではありませんか?」


「無理なのだ。ファルファレーの封印そのものが強力な上に、レケレスは存在が不安定……故に、全く気配を探れぬ。今もまだ封印されているのか、解放されてどこかをさ迷っているのかも分からぬのだ」


 ファティマの問い掛けに、アイージャは悲しそうにうつむきながらそう答える。どれだけ妹の身を案じても、探し出すすべを彼女たちは持たないのだ。


 この広い大地の中から、手がかりの一つもなく妹を探し出すというのは、藁の山に落とした針を見つけ出すような……到底、不可能なことなのである。


「……まあ、幸いにしてファルファレーは滅びたでな、魔王との戦いの間にレケレスをさが……」


「お二人とも、伏せてください」


 その時、ファティマは右腕を平べったい板へと変形させ、窓を覆うように叩き付ける。直後、列車の外から何かが飛んでくる音と、ガラスの砕ける音が響く。


「な、なに!? なんなの!?」


「……敵性生命反応を列車の外に四つ確認。魔力の波長からして、十中八九魔族かと」


 ファティマの言葉に、リオは驚きをあらわにする。グランザームと結んだ協定で、一ヶ月の間魔王軍は大地へと侵攻を中止すると宣言されていたからだ。


 そう主張するリオに、ファティマは列車の外にいる者たちのスキャンをしながら話しかける。


「我が君、残念ですが魔王軍とて完全な一枚岩ではありません。ほとんどの者がグランザーム様に心酔し服従していますが、そうでない者たちもいるのです」


「じゃあ、今回はそういう奴らが襲ってきたってこと?」


「はい。おそらく、グランザーム様を出し抜き、鼻を明かしてやろうという魂胆かと」


 窓の外から断続的に響いてくる金属音を聞きつつ、リオは思案する。予想外の襲撃であり、さらには自分たちが乗っている列車を追走してくる敵と戦う。


 そんなシチュエーションでの戦闘は今回が初めてだったため、どう戦うべきかいい考えが浮かんでこないのだ。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。


 魔族たちがまかり間違って先頭車両や車輪を攻撃し、列車が脱線するようなことになれば大事故は避けられないからだ。最悪、何十何百人と犠牲者が出てしまう。


「よし、こうなったら外に出て戦うしかない! ねえ様、ふーちゃん、手を貸して!」


「うむ。任せておくがよい、リオよ」


「かしこまりました、我が君」


 承諾した二人に、リオは思い付いた作戦について話す。一方、列車の外では背中に翼が生えた四人組の魔族の兵士たちが、ボウガンに矢を装填しながら話をしていた。


「あら、窓が塞がれちゃったわねぇ。どうする? 二人とも」


「へっ、焦るこたぁねえよ。最悪、車輪を撃ってやりゃあ他の連中ごと魔神を殺せるんだ、問題は……ぐあっ!」


 その時、列車の方から飛んできた飛刃の盾が魔族兵の一人に直撃し、雪原へ叩き落とした。お喋りしていた残りの三人が列車の方を見ると、リオが飛び出すのが見える。


「なんだあ? あのガキ、飛び降りるつもりか!?」


「ヒャハハハ! バカな奴だ! 自分から死にに行くつもりかよ!」


 列車は現在、時速八十キロメートルで線路上を北へ走行している。なら、飛び降りればまず死ぬだろう。


 だが、魔族たちは失念していた。リオはただの子どもではなく魔神であり、凄まじい耐久力とバランス感覚を持っているということを。


「せーの……それっ!」


「リオよ、尻尾を離すでないぞ!」


「うん!」


 リオは自分とアイージャのしっぽ同士を強く結び、高速で走行する列車から飛び降りた。両足には氷で出来高スノーボードを装着しており、まるで雪上スキーをしているような状態になる。


「わっとと……よし、なんとかバランスは取れるね。これなら戦える!」


「我が君、無理はなさらないでください。もしもの時はわたくしが援助します」


 列車から二メートルほど離れた場所に着地したリオは、どうにかバランスを整える。腹部には重心を安定させるため、ファティマの頭部が装着されていた。


 それを見た魔族兵たちは、驚きで目を丸くする。列車から飛び降り、そのままスノーボードを始めるとは夢にも思っていなかったからだ。


「んなっ!? あのガキ、なんつう無茶をしやがる!」


「落ち着け、こりゃチャンスだ。わざわざ狙いを着けやすいように出てきてくれたんだからよ」


「ええ。楽に殺せるってもんだわ。エルディモス様にいい報告が出来るわね」


 が、三人はすぐに考えを改めてニヤリと笑う。標的が自ら外に出てきてくれたのだ、三人でかかれば容易く始末することが出来る、と。


 魔族兵たちはボウガンを構え、リオへ狙いを定める。一斉にトリガーを引き、矢を発射した。それを見たリオは両腕に飛刃の盾を装着し、迎撃する。


「我が君、来ます!」


「大丈夫、これくらい……全部打ち落とせる! てやあっ!」


 リオは飛来する矢を見つめながら、腕を振る。三本の矢全てを叩き落としたリオは、魔族兵たちに狙いを定め左腕を掬い上げるように振り盾を投げた。


「食らえ! シールドブーメラン!」


「なっ!? ぐあっ!」


 矢を叩き落とされ驚く魔族兵の一人に、飛刃の盾がクリティカルヒットした。雪原に落下した魔族兵は、当たりどころが悪かったのかそのまま動かなくなった。


「クソッ、あのガキよくも!」


「ぶっ殺してやるわ!」


 残り二人となった魔族兵は、仲間を倒された怒りを晴らすべくリオに向かって突進する。遠距離からの射撃は効果がないと判断したのだろう。


 しかし、リオからすればその方が都合がよかった。高速で走行する列車に引きずられながら盾を投げるより、接近してきた相手にカウンターを叩き込む方が楽なのだ。


「自分から来てくれてありがとう。じゃ、ばいばい」


「な……ぐはっ!」


 先にリオに到達した魔族兵が、拳による一撃を受けて吹き飛ばされる。それを見たもう一人の魔族兵は慌てて急停止し、逃げようとするが……。


「あら、どちらへ行かれるのでしょう? 言っておきますが、わたくしからは逃げられませんよ」


「ヒッ! な、なにこれ!?」


 ファティマの髪が伸び、魔族兵の身体に絡み付き動きを封じてしまったのだ。必死に逃げようとする相手を手繰り寄せ、リオの前に差し出す。


 リオは相手のみぞおちに拳を叩き込み、気絶させた後列車内に戻っていく。魔族兵の手足を縛って自由に動けないようにしていると、アイージャに声をかけられる。


「なんだ、そやつ連れてきたのか」


「うん。魔王軍の誰が約束を破って襲撃を指示してるのか聞き出さないといけないからね」


「ええ。とても大事なことです」


 ファティマは頭部を身体に繋げながら、リオの言葉を肯定する。少しして、魔族兵は目を覚ました。リオたちに囲まれていることに気付き、驚きで目を見開く。


「あ、あんたたち……私をどうするつもり!?」


「どうするって……ねえ? 僕たちとさ、しようよ」


 怯える魔族兵に、リオはいじわるな笑みを浮かべつつそう言い放つのだった。

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