5話―勇者たちの行く末

 リオがカレンと共に宿に向かっていたころ、ジーナとサリアは暗い森の中を歩いていた。朝起きた時にリオがいなくなっていることに気付き、ボグリスを問い詰めたのだ。


 ボグリスがリオを崖の下へ落としたことを知った二人は烈火のごとく怒り、谷底まで降りて来ていた。月の光と魔法の明かりを頼りに、ジーナたちは森の中を探索する。


「リオー! どこにいるんだー!? いるんなら出てきてくれー!」


「リオくーん、出ておいでー。私たちと一緒に、ボグリスから離れて町に帰りましょー」


 今回の騒動を切っ掛けに、二人はパーティーから脱退することを決心していた。リオを見つけ出し、三人で新しい人生を生きようと、二人は必死に森の中を進む。


「ダメか、見つかりゃしねえ。リオは肉体強化の魔法が使えるから、崖から落ちた程度じゃ死なねえはずなんだが……」


「もしかしたら、この森にはいないのかもー。とっくに森を抜けて、町にいたりしてー」


 ジーナもサリアも、リオが死んだなどとは微塵も思っていなかった。ボグリスからリオを守れなかったことを悔い、何としてでもリオを見つけ出そうと必死であった。


「よし、なら一か八かタンザに行くか。この森から一番近い町だからな、もしかしたらそこに……」


「行かせるわけにはいかぬのだ、勇者の仲間よ」


 最後の望みを賭け、森を出てタンザの町へ向かおうとする二人に、唐突に声がかけられる。ジーナたちが振り向くと、いつの間にか見知らぬ人物が立っていた。


「……なんだァ? てめえ。アタシらに何の用だ?」


「私の名はザシュローム。偉大なる魔王、グランザーム様にお仕えする六将軍が一人。我が主の勅命により、貴様らを捕らえに来た」


 全身を漆黒のフード付きローブで覆った男――ザシュロームは、唯一露出している目を光らせながらそう口にする。一刻も早くリオを探しに行きたいジーナは、苛立たしげに斧を構えた。


「クソったれが。こんな時に魔王の刺客かよ。仕方ねえ、やるぞサリア!」


「分かったわー。さっさとやっつけて、リオくんを探しに行きましょー」


 サリアはジーナの呼び掛けに答え、杖を構え魔力を集める。それをみたいなザシュロームは、声を押し殺し静かに笑う。


「ふっ。私をあまり甘く見ないほうがよいぞ? さあ、来い。お前たちも我がコレクションに加えてやろう」


 そう口にすると、ザシュロームはローブにしまわれていた両腕を広げる。夜の森で、ジーナたちの戦いが始まった。



◇―――――――――――――――――――――◇



「クソっ! なんなんだよあのアマどもは! いっつもリオ、リオ、リオ! そんなにあのガキの方がいいのかよ!」


 ジーナたちがザシュロームと戦い始めた頃、ボグリスは一人テントに残り大鍋を蹴りつけ憂さ晴らしをしていた。リオがいなくなったにも関わらず、自分になびかない二人に業を煮やす。


 リオさえいなくなれば、ジーナたちは自分に媚びを売るはず。そう考えていたボグリスだったが、現実はそう甘くはない。彼女たちにとって、リオは弟のように思ってきた大切な存在なのだ。


「面白くねえ……! 俺は勇者なんだぞ! なのになんでだ!?

なんでいつもあのクソガキがちやほやされる!? 俺とあいつの何が違うってんだ!」


 ボグリスは、リオを仲間にしてからの三ヶ月間のことを思い出していた。リオはその真面目さと勤勉さから、どの町に行っても人々に愛される人気者だった。


 しかし、ボグリスは違った。粗暴かつ傲慢、見栄っ張りで女好きな性格が知れ渡るにつれ、彼に言い寄ってくる女は次第に少なくなっていった。


 いくら勇者のネームバリューがあるとはいえ、そんな男よりも健気で可愛がりのあるリオが人気になるのは当然と言えた。


「ああクソ、イライラする! ……そうだ、何もあの二人の心までオトす必要はねえ。先に身体をいただいてからでも遅くないんだからな」


 鉄製の大鍋を真っ二つに蹴り割ったボグリスは、そんな最低な発想が頭に浮かぶ。ジーナたちが戻ってきたら早速襲ってやろうと考えていると、どこからともなく声が聞こえる。


「……やれやれ。噂の勇者がどんな傑物かと見に来てみれば……とんだクズだったようだな」


「!? 誰だ! 姿を見せやがれ!」


 性根が腐っているとはいえ、ボグリスは勇者。テントの近くに立て掛けてあった愛用の剣を素早く手元に引き寄せ、大声を張り上げる。


「はじめまして、だな。私はザシュローム。魔王様にお仕えする六将軍が一人だ」


「へえ、あんたが噂の……『傀儡道化』のザシュロームか」


 空間の歪みの中から現れたザシュロームを見て、ボグリスはニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべる。こんな弱そうな奴なら、楽に倒せるだろう。


 そんなことを考えていたボグリスは、気付かなかった。ザシュロームの腰に、ジーナとサリアによく似た二体の人形がぶら下がっていることに。


「ほう、我が名を知っているとは。これは光栄なことだ。……む? 配下の情報ではお前の仲間は三人いたはず。もう一人はどこだ?」


「もう一人ィ? ああ、あのクソガキか。あいつなら俺が殺したよ。ガキのクセして俺よりモテやがるからな!」


 四人目の仲間、リオの行方を尋ねたザシュロームは、ボグリスの言葉に呆れ返る。と同時に、心の中に怒りの炎が燃え上がる。


(……配下の報告では、確か四人目の仲間はまだ幼い子どもだったはず。それを下らぬ理由で殺すとは……許しがたい! ふむ、ここは一つこの男に灸を据えてやるとしようか)


 この場で勇者一行を抹殺するつもりだったザシュロームは、予定を変えボグリスに屈辱を味わわせることに決めた。両腕をローブから出し、大きく横に広げる。


 そして、次の瞬間ザシュロームは猛スピードでボグリスへ打撃の嵐を叩き込む。ボグリスは反応すら出来ずに棒立ちのままだった。


「なっ、見え……ぐはっ!」


「どうした、お前は勇者なのだろう? なら、この程度の攻撃など余裕で捌けるのではないのか? それとも、貴様の実力はこの程度か! 戦闘傀儡を使うまでもないな、弱者め!」


 嘲るような口調で、ザシュロームはボグリスを一方的に叩きのめす。ボグリスは反撃すら出来ず、手足をへし折られ敗北した。


(弱いな。こやつ、本当に勇者なのか? ……実は配下が勘違いをしていて、今は亡き四人目の仲間が勇者……の可能性もあるな。こんな弱者に殺されるなど……可哀想に)


 あっさりと決着が着いたことに、ザシュロームは拍子抜けしてしまう。しかし、それも無理からぬことであった。ボグリスはリオが仲間になってから、まともに鍛練をしていないのだ。


 リオの持つ『引き寄せ』を使って敵の注意を反らし、その隙にボグリスたちが死角から奇襲を仕掛ける。そんな戦いを繰り返してきた結果、ボグリスは慢心し腕を鈍らせた。


「ぐ、が……うう……」


「あっけない幕引きだったな。まあいい。お前は連れて帰るとしよう。魔王様への手土産にしてやる。己の弱さと愚かさを悔やみながら屈辱に悶えるがいい」


 ザシュロームは虫の息となったボグリスの髪を掴み、地面を引きずりながらテントを後にしようとする。その時、一体の悪魔が彼の元へと姿を現した。


「ザシュローム様、大変なことが分かりました! 谷底を調査していた者たちから、魔神の封印されていた神殿を発見したと報告がありました!」


「ほう、魔神の……。それで肝心の魔神は?」


「すでに神殿はもぬけのからでした。恐らく、すでに神殿を脱出したかと。何者かが外へ向かった形跡があったようです」


 配下の報告を聞き、ザシュロームは考え込む。もし魔神が復活したならば、魔力を感知出来る。しかし、魔神の持つ魔力を感じ取ることが出来ない。


(……推測に過ぎぬが、恐らく魔神は死んだ。だが、外へ向かった者がいる。つまり、魔神の力を継承した者がいるということだ)


 ザシュロームは考えを纏めると同時に、魔王に至急報告することを決める。新世代の魔神が、この世に誕生したことを。


「私はこれより魔王様の元へ向かう。お前はこやつを連れて我が城へ戻れ。死なない程度にこやつをいたぶっていていいぞ」


「ハッ! かしこまりました!」


 配下の悪魔にボグリスを預け、ザシュロームは空間の歪みの中に姿を消した。しかし、この時彼はまだ知らなかった。勇者の四人目の仲間が生きていることを。


 そして、四人目の仲間――リオこそが、魔神の力を継承した者であることを。

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