6話―冒険者への第一歩

 翌日の朝、リオはカレンと共に冒険者ギルドへ向かっていた。冒険者としての身分証明証であるギルドカードを受け取りに行くためである。


「僕のギルドカードかあ……。どんなのが出来るんだろう。楽しみだなぁ」


「そうだな、アタイも楽しみだぜ」


 楽しそうに歩くリオを見下ろしながら、カレンは緩んだ笑みを浮かべる。本物の猫のように丸まって寝ているリオを見て理性を保つのに必死で寝不足だったが、カレンに疲れはなかった。


 すやすやと眠るリオを見ているだけで、日頃の疲れが吹っ飛んでしまうからだ。それだけ、カレンはリオにぞっこんであった。


 二人は建物の中に入り、右手にある受付カウンターへ向かう。朝ということもあり、酒場は大勢の冒険者たちで賑わっているようだ。


「ういーっす、来たぜベティ。リオのギルドカードは出来てるかぁ?」


「あっ! やっと来ましたね、二人とも! 昨日はあの後大変だったんですよ!? 必要な手続き、全部丸投げされて……」


「あ、ごめんなさい。ベティさんに全部やってもらっちゃって……」


 受付カウンターに向かった二人に待ち構えていたのは、ベティからの叱責だった。が、リオがしゅんとしてしまったのを見て、ベティはすぐさま手のひらを返す。


「ううん、いいのいいの! リオくんは悪くないよ! 勝手に連れて帰っちゃったのはカレンなんだもの! だからそんな謝らないで? ね?」


「……おい、アタイと真逆の対応じゃねえか。まあ、仕方ねえけどよ」


 あまりにも見事なベティの手のひら返しに、カレンは呆れてしまう。が、そもそもベティに手続きを押し付ける元凶になってしまったこともあり、特に文句は言わなかった。


「さて、それじゃリオくんにギルドカードを渡すね。それと、冒険者ギルドのルールもお話しないといけないから、よーく聞いてね?」


「はい、分かりました!」


 ピンと猫耳を立てつつ、キリッと表情をするリオを見て鼻血を出しそうになるも、ベティはどうにか耐えた。カレンもまた、血が滲むほど強く拳を握り理性を保つ。


「じ、じゃあ説明するね。ギルドに所属する冒険者には、ランクがあるの。下からG、F、E、D、C、B、A、そしてSの八段階よ」


 ベティの言葉に、リオはうんうんと頷き『ちゃんと聞いてます』とアピールする。そんなリオを見て、カウンターの奥にいる他の受付嬢たちは黄色い声を上げた。


 背後から聞こえてくる同僚たちの声を無視し、ベティは説明を続ける。


「ランクが低いと、受注出来る依頼や立ち入り出来るダンジョンに制限がかかっちゃうの。でも、依頼をこなしたり低ランクのダンジョンを攻略していけば、ランクポイントが貯まって次のランクへの昇級が出来るわ」


「そうなんですね。じゃあ、頑張ってたくさん依頼をこなさなきゃ!」


 リオがグッとガッツポーズをすると、今度は酒場の方から黄色い悲鳴が届いた。が、カレンが振り返って殺気を込めた視線を送ると、途端に声がピタリと止む。


「ランクが上がるといいこと尽くしよ。まず、ギルドからいろいろなサービスが受けられるの。宿の割引クーポンを発行してもらったり、専属の荷物持ちを派遣してもらえたりね」


「そうそう。ちなみにだ、リオ。アタイのランクはCだ! どうだ、すげえだろ?」


「そうなんですか!? カレンさん、とっても強いんですね!」


 ベティの説明に便乗し、カレンは自身のランクをリオに自慢する。カレンのランクを知り、リオはパアッと目を輝かせながら尊敬の眼差しを向けた。


 期待通りの反応をもらったカレンは、心の中で喜びを噛み締める。デレデレと鼻の下を伸ばすカレンを見て、ベティは面白くなさそうに頬を膨らませた。


「ふーん、何よ、デレデレしちゃって。ま、いいわ。もう一つ、最後にお話しておくわね。リオくんのランクは、本来ならGから始まる予定だったんだけど……」


「だったんだけど?」


 途中まで言ったところで、ベティは言い淀む。何か言いにくい事情でもあるのか、目が泳いでいた。リオが首を傾げるなか、ベティはようやく口を開く。


「……実はね。リオくんが先天性技能コンジェニタルスキル持ちだって上層部うえに報告したら、どのランクから始めさせるかモメちゃって……。本登録は終わったから冒険者として活動は出来るけど、ランクが決まるまではかなりかかっちゃいそうなのよ」


「ええ、そんなぁ……」


 ベティの言葉を聞き、リオはガッカリしてしまう。耳もしっぽもへにゃりと力なく垂れ、捨てられた子猫のような哀愁を漂わせていた。


 そんなリオを見て、カレンたちは不覚にもハートを撃ち抜かれてしまった。ベティはグッと拳を握り、リオに向かって力強く宣言する。


「任せてリオくん! 私たち受付嬢が総出で上層部に早くランクを決めるよう直訴するから! みんな、気合い入れてやるわよ! リオくんを悲しませたジジイどもに鉄槌を下すの!」


「おおー!!」


 ベティの宣言に、カウンターの奥にあるデスクで仕事をしていた受付嬢たちが気合いのこもった叫びを上げる。カレンはリオの肩に手を置き、ニッと笑う。


「安心しな、リオ。ランクが決まるまではアタイが何とかしてやるからさ。よし、まずは腕試しに出かけようぜ! 身体動かしてりゃ気分も晴れるだろ」


「うん。そうする……」


 自身の情報が記された銀色のギルドカードを受け取ったリオは、カレンと共にギルドを後にする。その様子を、酒場の奥にいる一人の男がジッと見ていた。


「……ザシュローム様、例の候補の一人が外に出ました。ミニードバットに追跡させます」


『任せた。もしその少年が魔神の継承者ならば即座に知らせろ。いいな?』


「ハッ。お任せを」


 男は手のひらの中に隠し持った通信用の魔法の水晶を使ってザシュロームと連絡を取った後、溶けるように消えた。酒場にいた者の中で、それに気付いた者は一人もいなかった。



◇―――――――――――――――――――――◇



 タンザの町を出たリオとカレンは、封印の神殿がある谷に繋がる森へ来ていた。リオの魔神としての実力を確かめるべく、カレンがこの場所を指定したのだ。


 森へ向かう途中、リオは今後のことを考えカレンに自身の秘密を話した。これから苦楽を共にする相手に隠し事はしたくない。信じてくれるかは半々だったか、リオは勇気を振り絞る。


 リオが魔神の力を受け継ぐ継承者であることを知ったカレンは、はじめは驚いたもののすぐそれを受け入れる。むしろ、リオが自分を信じて話してくれたことを喜んでいた。


「しかし、リオが魔神の力を受け継いでるとはねえ。そんじゃ、早速その力を見せてもらおうかな。……おっ、ちょうどいい、あそこにブラックベアーがいるな」


「あ、ホントだ」


 森の中を歩いていると、二人は小脇に抱えた蜂の巣に手を突っ込みハチミツを舐めているブラックベアーを見つけた。カレンはリオにブラックベアーを相手してみるよう告げる。


 本当に魔神の力を受け継いでるなら、ブラックベアーぐらいなら楽に倒せる。そう考えてのことだった。リオは頷き、飛刃の盾を作り出す。


「便利な能力だな、それ。よし、行ってこいリオ。何かあったらアタイがフォローしてやるから」


「はい! おーい、ブラックベアー! こっちだよー!」


 リオは『引き寄せ』を発動し、ブラックベアーの敵意を自身へ強制的に向けさせる。ブラックベアーは蜂の巣を放り出し、リオ目掛けて突進する。


「えーい! シールドブーメランだ!」


 それを見たリオは、左腕に装着した飛刃の盾をブラックベアー目掛けて投げ付ける。そう、またしても


 カレンにいいところを見せようと張り切った結果、ブラックベアーを悲劇が襲った。自慢の爪牙を振るうより前に、己の首が胴体と泣き別れることになってしまったのだ。


「す、すげえな……。まさか一撃でブラックベアーの首を切り落とすとは思わなかったぜ」


「あ……またやっちゃった……。ブラックベアーさん、ごめんなさい……」


 予想以上の結果となったことに、カレンは表情を若干ひきつらせ、リオはまたしてもパワーセーブ出来なかったことにしょんぼりしてしまう。


 カレンがしょんぼりするリオを慰めているのを、木々の間から眺める者たちがいた。ザシュローム配下の悪魔たちである。


「……間違いない。あの子どもがそうだ。行くぞお前たち。女は殺していいが、子どもは傷付けるな」


「ああ。ミニードバットに追跡させた甲斐があったってもんだ」


 四人の悪魔たちは、そう呟くとニヤリと笑う。リオとカレンに、魔王軍の脅威が襲い掛かろうとしていた。

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