4話―優しい鬼のお姉さん

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるボルグを見上げつつ、リオは背中に背負った盾を引き抜く。そして、少しだけ力をこめて振りかぶった。


「むー……。じゃあ、遠慮なく……えいっ!」


「うごっ!?」


 地面に対して盾を水平に構え、ボルグのすねに向かって叩き付けたのだ。頑丈さには自信のあるボルグだったが、魔神の剛力を持つリオの攻撃には流石に耐えきれず、その場に崩れ落ちる。


「ごっ、ぐお、あおお……!」


「ボルグー! クソッ、このガキ、よくもやってくれたな!」


「おとなしく帰ってりゃいいものを、調子に乗りやがって!」


 泣きべそをかきながら帰ると思っていたリオがあっさりとボルグを撃沈したことに、酒場の方にいたボルグの仲間たちが怒りをあらわにする。


 あれだけ囃し立てておいてあっさりやられたことにメンツを潰されたとお門違いな怒りを抱いた三人の男たちは、リオを囲み短剣を勢いよく抜く。


「だ、だって……ここを通りたかったら俺を倒してから行けって言ってたから……」


「うるせえ! てめえのせいでボルグも俺らもいい笑い者だ! 見ろ、みんな笑ってるじゃねえか!」


 リオが周囲に目を向けると、あれだけの大見得を切って一撃で沈められたボルグを見て、カウンターの奥にいる受付嬢や酒場でたむろしていた冒険者たちも、一人を除いてプルプルと肩を震わせていた。


 それを見たリオもつられて吹き出してしまい、さらに男たちの怒りを買うことになる。男たちは目配せをした後、一斉に腕を振りかぶり、リオ目掛けて短剣を振り下ろす。


「わっ、わわっ!」


「逃げるなこのガキ! おとなしく斬られろ!」


「おい、逃げ道を封じろ!」


 軽やかな身のこなしで短剣を避けるリオを追い詰めるべく、男たちは立ち位置を入れ替えながら短剣を振り下ろす。流石にまずいと判断し、受付嬢の一人が止めに入ろうとした瞬間、怒号が飛んだ。


「あんたら、いい加減にしときな! 大の大人がそんなチビッ子相手にムキになってんじゃないよ!」


 酒場にいる冒険者で唯一、笑うことなくビールを飲んでいた人物が声を張り上げた。額から二つのツノが生えた、赤い肌と黒い髪を持つオーガの女は座っていた椅子から立ち上がる。


 軽く二メートルは越えていそうな背丈の女に威圧され、男たちだけでなく床に転がって呻いていたボルグも冷や汗を流す。ポカンとしているリオを余所に、女は首を鳴らしながら口を開く。


「いい笑い者だぁ? 当たり前だろ。こんな子ども相手にそんなことしてりゃあな。これ以上暴れるつもりなら、アタイがあんたらをメタメタにしてやってもいいんだぜ?」


「わ、分かった、分かったよ。俺らが悪かったから、な? そうカッカすんなよ、カレン」


 オーガの女――カレンに威圧されて酔いが覚めた男の一人が、ひきつった笑みを浮かべながらそう口にする。もう一人、別の男が調子を合わせ、カレンの機嫌を損ねないよう話し出す。


「よ、よし、ならこうしよう。俺たちはボルグを連れて宿に帰るからよ、それで見逃しちゃくれねえか?」


「ちゃんとそこのチビッ子に謝ってからにしな。じゃなきゃ、腕を一本へし折る」


「すんませんでしたあああ!!」


 拳を打ち付けながらカレンが睨むと、男たちは即座にリオに向かって土下座をした。目まぐるしく変わる展開についていけず、リオは混乱しながらもこくりと頷く。


 それを見たカレンがギルドの出口に指を向けると、男たちはボルグを引きずりながら退散していった。男たちが去った後、リオはカレンに向かって頭を下げて礼を言う。


「お姉さん、助けてくれてありがとう!」


「き、気にすんな。アタイはああいう連中が嫌いなだけさ」


 明るい笑顔を浮かべるリオを見て、カレンは一瞬可愛らしさに理性が飛びかけるも、何とか耐えて答える。リオの頭の上で揺れる猫耳を見ながら、カレンは質問をする。


「しかし、こんな時間に一人でギルドに来るなんて普通じゃないね。一体どうしたんだい? 坊や」


「実は僕、お金がなくて……冒険者になれば、一晩泊めてもらえるって聞いてたから……」


 今の自分の状況をどう説明するか迷ったリオは、正直に現状を打ち明けることにした。勿論、信じてもらえないであろうと思い、勇者パーティーを追われたことやアイージャと会ったことは伏せたが。


 リオの言葉を聞いたカレンは、じっとリオを見つめながら考えを巡らせる。リオが身に付けている装備や先ほどの身のこなしを見れば、リオがタダ者ではないことは一目で分かる。


(この身なりで冒険者じゃないってことは……。多分、非合法なやり方でどこかのパーティーに連れ回されてたってとこか。何があったかは知らねえが、パーティーを追われて無一文……ってところだろうな)


 カレンはリオを見ながらそんなことを考えていた。実際、彼女の考えはほぼ当たっていた。リオは先天性技能コンジェニタルスキル持ちを探していたボグリスに無理矢理仲間にされ、魔王討伐の旅をしていたのだから。


「そっか……坊やも苦労してんだな。よし、ならアタイが一肌脱いでやるよ。ほら、カウンターに行こうぜ」


「いいの? ありがとう、お姉さん」


 リオを哀れに思ったカレンは、冒険者登録が無事済むように手伝うことを決めた。パアッと明るい笑顔を浮かべるリオにハートを撃ち抜かれそうになるも、気合いで堪え歩いていく。


 受付カウンターに着き、カレンが声をかけると先ほど騒動を止めに入ろうとした受付嬢が現れた。受付嬢はカレンを見て、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべる。


「カレ~ン? ずっと見てたわよ~? 珍しいじゃないの。あなたが新入りクンにここまで手取り足取り案内するなんてサ」


「う、うっせーな! 別にいいだろ、案内の一つや二つくらい」


 顔を真っ赤にしたカレンはぷいっとそっぽを向く。それを見て受付嬢はクスクス笑いながら、冒険者登録に用いる用紙をカウンターの上に並べる。


「お待たせ、ボク。ちゃちゃっと冒険者登録済ませちゃいましょうか。さ、この紙に登録に必要なプロフィールを書いてね。文字が書けないなら、私が代筆してあげるから」


「ありがとう、受付のお姉さん。よいしょ……っと」


 リオは羽根ペンを受け取り、書類に必要事項を書こうとする……が、ここで一つ問題が発生した。発育が悪く背の低いリオでは、限界まで背伸びをしないとカウンターに腕が届かない。


 最初は頑張って背伸びをしていたリオだが、次第に足がぷるぷるし始める。足の震えが全身に広がり、立っていられなくなったリオはこてんとひっくり返ってしまう。


「あいてっ! うう、頭ぶつけた……」


「大丈夫か? よし、ならアタイが力を貸すぜ。ほら、こうすればカウンターに届くだろ?」


 目に涙を浮かべるリオを見て、何か熱いモノが込み上げてくるのを感じながらカレンは声をかける。リオの脇に手を差し込み、ひょいと持ち上げた。


 ちょうどいい高さになり、リオはカレンにお礼を言い用紙を書き進める。受付嬢はカレンに持ち上げられたリオを見て和んでいたが、ふと用紙を見て目を丸くする。


「あら、あなた先天性技能コンジェニタルスキルを持ってるの? 凄いじゃない!」


「えへへ……」


 受付嬢に誉められたリオは照れ臭そうに笑いながら耳をピコピコさせる。それを見たカレンと受付嬢は、リオの可愛らしさにノックアウトされてしまった。


「……なあ、ベティ。この坊や、アタイに預けてくれないか? 赤の他人と組ませるより、見知った相手と組むほうがいいだろ?」


「……はえ? え、ええまあ、この子……リオくんがいいならそれでも問題はありませんよ」


 リオの可愛らしさにポケーッとしていた受付嬢――ベティは、カレンからの提案を聞き我に返る。リオを愛でたいんだろうなぁ……とカレンの思惑を邪推しつつ、最終的な判断をリオに委ねた。


「だそうだ。どうする、坊や……じゃなくて、リオ。アタイと一緒に来ればそこそこいい宿のベッドで眠れるし、飯も腹いっぱい食えるぞ?」


「本当!? じゃあ僕、お姉さんと一緒に行く!」


 カレンの言葉に、リオは即座に返答する。空腹が限界に近付きつつあったリオに、カレンからの誘いを断るという選択肢はハナからなかった。


「よしっ! んじゃ、パーティー成立だな! ベティ、後の手続きよろしくぅ! 行こうぜ、リオ!」


「ええっ!? ち、ちょっと! 勝手に帰らないでくださいよ! カレーン! リオくーん! カムバーック!」


 ベティの言葉は、すでにリオの耳には届いていなかった。こうして、生まれ変わったリオの初めての仲間が出来たのだった。

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