3話―受け継がれた力
暗闇を抜けたリオは、目の前に現れた扉に施された結界を壊し先へ進む。一本道になっている通路を歩いていくと、ついに神殿の出口へとたどり着いた。
神殿の外に出ると、すでに夜明けを迎えており、朝の日差しが生まれ変わったリオを出迎える。頭の生えた耳をピコピコさせながら、リオは冷えきった空気を胸いっぱいに吸い込む。
「……もう、朝になってたのか。アイージャさんにも、この景色を見せてあげたかったな……」
太陽の光を浴びることなく消滅していったアイージャを想い、リオは意気消沈してしまう。が、すぐに自分の頬をペチペチ叩き気合いを入れ直す。
「いけないいけない。こんな調子じゃアイージャさんに怒られちゃう。とりあえず、水場でも探そうっと」
喉の渇きを覚えたリオは、飲み水を確保するために水場を探し歩き出す。しばらく歩いていると、谷を抜け森へと入る。リオは首尾よく水場を見つけ、水を飲もうとするが……。
「ええー!? な、なにこれ!? み、耳が生えてる!」
リオは水面に映った己の姿を見て大声で叫ぶ。ほぼ別人と言ってもいいほどの変化を遂げたことに困惑を隠せず、しっぽが激しくゆらゆら揺れる。
その時、パキパキと枝を踏みつける音と共に巨大なクマが水場に現れた。漆黒の体毛と鋭い爪牙を持つ危険な魔物、ブラックベアーである。
喉の渇きを癒しに来たブラックベアーは、目の前にいる
「うう、こんな姿になっちゃうんて――!」
ブラックベアーが腕を振り上げた瞬間、リオは殺気を感じ取り素早く水辺を離れる。猫のような俊敏さで近くの木の上によじ登り、ブラックベアーの攻撃範囲から逃れた。
「あ、危なかった……。気付くのが遅れてたら爪でザクッてされてたよ……」
間一髪で危機を回避出来たことに胸を撫で下ろした後、リオは考える。木の下にいるブラックベアーをどうにかしない限り、ここから降りることが出来ないからだ。
耳をピコピコさせながらしばらくうんうん唸っていたリオだったが、解決策を思い付きポンと手を叩く。アイージャから受け継いだ力を使えばいいのだ、と。
「そうだ、アイージャさんが言ってた。僕の望む力を持った盾を作れるって!」
早速、リオはどんな盾を作るか考え始めた。木の枝に腰掛け、下に落ちてしまわないようしっぽを幹に巻き付け、足をぶらぶらさせながら思考を巡らせる。
(うーん、形は逆五角形で……軽くて頑丈で……どんな攻撃を受けても絶対に壊れない……そんな盾がいいなあ)
そんなことを考えていると、痺れを切らしたブラックベアーが実力行使を開始する。リオがいる木に体当たりを繰り出し、幹を揺らして落下させようとし始めた。
不意に枝が揺れ、驚いたリオはしっぽを緩めてしまう。ブラックベアーに向かって落下していくなか、命の危機を覚えたリオの口から無意識に言葉が放たれた。
「……出でよ! 不壊の盾!」
その言葉が終わると同時に、リオの右腕を光が包み込む。光が消えると、リオの右腕には逆五角形をした青色の盾――ヒーターシールドが現れた。
リオは咄嗟に盾を下に向け、ブラックベアーに向かってボディプレスを慣行する。見事盾がブラックベアーの脳天にクリティカルヒットし、気絶させることに成功した。
「た、助かった……。それにしても、この盾……すっごく軽いなあ。僕が想像した通りだ」
右腕に装着された盾の軽さに感心した後、リオはブラックベアーが目を覚まさないうちにと水場を退散する。森の中を進んでいると、ぐうと腹の虫が鳴った。
「……お腹空いたなぁ。でも、荷物は全部キャンプだし……何か食べられるもの探さなきゃ」
空きっ腹を我慢しつつ、リオは森の中を歩き回り食べられるものを探す。山菜や生で食べられるきのこを見つけ、ほっと一息ついていると、再び殺気を感じ取る。
振り向くと、先ほど気絶させたブラックベアーがリオ目掛けて突進してきていた。獲物に逃げられてよほどお冠なのだろう、目が血走り荒い息を吐いている。
「わっ、目を覚ましたのか! ど、どうしよう。僕攻撃はからっきしだし……」
自身の
だが、今は違う。盾の魔神の力を継承したリオは、自分が何をどれだけ出来るのか確かめるべく、ブラックベアーに戦いを挑むことを決意する。
「えっと、えっと……! と、とりあえずブラックベアーを倒すには……ブーメランみたいに投げられるほうが……よし! いけー! 飛刃の盾!」
リオの左腕が光に包まれ、今度は青色のサークルシールドが現れる。フチの部分が刃になっているソレを、リオはブラックベアーの頭部目掛けて全力でぶん投げた。
が、リオは忘れていた。今の己には、魔神の剛力が宿っているのだということを。凄まじい速度で飛んでいった盾は容易くブラックベアーの首を両断し、遥か彼方へ消えていく。
「……あ、やっちゃった。そうだ、アイージャさんから剛力も貰ってたんだっけ……。ブラックベアーさん、ごめんなさい……」
盾をぶつけて追い払う程度で済ませるつもりだったリオは、殺してしまったブラックベアーに向かって頭を下げ謝る。その後、数時間かけて穴を掘り、哀れな魔物を埋葬する。
日が暮れる頃に森を抜けたリオは、見覚えのある街道にたどり着くことが出来た。盾を背中に背負い、リオは近くの町を目指す。……が、その途中で致命的な問題に気付く。
「どうしよう。僕、お金ほとんど持ってない……」
荷物をキャンプに置いたままであるリオは、ほぼ無一文と変わらない状態だった。そんな状態で町に行っても、一夜の宿すら泊まることが出来ない。
食事は森で採った山菜やきのこがあるものの、寝床がないのは死活問題であった。しばらく考えた後、リオは解決策を思い付き耳を揺らす。
「そうだ! 町には冒険者ギルドがあったはず……。ギルドで冒険者登録すれば、無料で泊まらせてもらえるぞ!」
冒険者ギルド。どんな小さな田舎町でも必ず集会所がある、ダンジョンの探索や依頼の遂行で生計を立てている冒険者と呼ばれる者たちを管理する組織である。
リオは冒険者ギルドに登録をしていなかったものの、ボグリスやジーナたちに着いてギルドに行くことがあった。今から町に行けば、集会所で登録が出来るはず。
そう考えたリオは、駆け足で街道を進む。冒険者になれば、ギルドが提供する様々なサービスを受けられる。頼る者も金もないリオには、冒険者ギルドが最後の頼みの綱なのだ。
「冒険者になれば、ダンジョンの探索とか依頼の遂行でお金も稼げる……。よーし、急いで町に行くぞー!」
己の未来に明るい道筋が見えてきたことに安堵し、リオは凄まじい勢いで街道を走る。しばらくして、タンザと呼ばれる小さな町に到着し、いの一番に冒険者ギルドに駆け込む。
「わあ、ここがタンザの冒険者ギルドかあ……」
小さい町には不釣り合いなほど、冒険者ギルドタンザ支部は広かった。一階は酒場が併設されており、入り口から見て右に受付カウンターと掲示板、左に酒場がある。
夜の酒場にはあまり冒険者はおらず、閑散としていた。丸机を囲んで酒を飲んでいた冒険者が何人かいたものの、チラッとリオを見ただけですぐ視線を戻す。
「よーし、冒険者登録しよっと!」
リオは気合いを入れて受付カウンターの方へ向かおうとする。が、酒場の方から赤ら顔の大柄な男が現れ、リオの行く手を塞ぐようにとおせんぼをした。
「あ~ん? 坊主、今なんて言ったよ? 冒険者登録するってぇ? フン、冗談はほどほどにしておきな」
かなり酔っ払っているらしく、酒臭い息を吐きながらゲラゲラ笑う。リオは男を避けてカウンターの方へ向かおうとするも、男は進路を塞ぐように身体を動かす。
「うう……。お願いです。おじさん、通してください」
「はっ、やだね! 通りたかったら俺を倒してからにするんだな! 獣人の小僧!」
「おいおい、無茶言うなよボルグ。そんなガキにお前を倒せるわけねえだろ!」
ボルグの言葉を聞き、酒場の方にいた彼の仲間が囃し立てる。ムッとしたリオは、ボルグにやり返すことを決めた。
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