32話―カラーロの魔眼

 帝都ガランザを出発したリオたちは、まずは再興されたタンザの町を目指して馬車を進める。ザシュロームの配下によって破壊された橋も、すでに修理されていた。


 タンザを目指す道すがら、馬車の中に入ったリオはどのルートを通ってユグラシャードへ向かうかをカレンと相談する。ユグラシャードを目指すルートは二つ存在するのだ。


「さて、どっちの道を行くかねぇ。安全を取るか、近道を進むか……だな」


 一つは、帝国最南端の町、メルメラから真っ直ぐ南下するルート。地図上の距離は最短ルートではあるが、危険な魔物が住まう険しい渓谷を抜けねばならない。


 もう一つは、メルメラを南東へ進み、渓谷を迂回するように伸びる街道を進むルート。時間はかかってしまうが、道中危険な魔物に出会うことは滅多にない安全な道だ。


「うーん……。お姉ちゃんはどっちがいい?」


「アタイか? アタイは別にどっちでもいいぜ? ま、アタイらの実力なら渓谷ルートを突破するのは楽だろうがな」


 リオに問われたカレンは地図を見ながらそう答える。実際、今のリオたちならば危険な魔物が住まう渓谷を抜けるのは容易いことではあった。


 地図を見ていたリオは、ふとあることに気付く。地図に描かれた渓谷の真ん中に、名も無き神殿の存在が記されているのだ。


「あれ? この神殿……なんだろう、行かなくちゃいけないような気がする」


「ん? 珍しいな、リオがそんなこと言い出すなんてよ。ま、いいいや。なら渓谷ルートで決まりだな」


 リオの呟きもあり、カレンは渓谷ルートを進むことに決めた。元々リオも渓谷ルートを進むつもりでいたため、彼女の言葉に頷く。一刻も早く、魔王軍を倒しに行きたいのだ。


 その時、馬車の小窓が開き、アイージャが顔を見せる。何故か焦っているようで、リオに向かって神殿には近付かないようしきりに念を押し始めた。


「よいかリオ、その神殿には決して近付いてはならんぞ。何か嫌な予感がするでな。これは決して妾の個人的な事情だとかではないぞ? よいな?」


「え? う、うん……」


 あまりの必死さに、リオはただ頷くことしか出来なかった。



◇――――――――――――――――――◇



 それから数日後、リオたちはタンザの町へ到着した。食料の補給を手早く済ませ、すぐに出発する予定であったが、予想以上の歓迎を受ける。


 住民たちから町を救ってくれたことへの感謝の贈り物を受け取り、リオたちは町を出発する。たくさんの食料だけでなく、協力なマジックアイテムまで貰っていた。


「ふむ、なかなか珍しいものを貰ったものだ。あらゆる罠を感知しその存在を見抜く『カラーロの魔眼』か。ふふ、これもリオの人徳というやつだな」


「えへへ、だったら嬉しいな。それにしても、これ綺麗だねぇ」


 御者をカレンと交代し、アイージャは馬車の中でリオと共に住民からの贈り物をポーチにしまっていた。その途中、住民たちから贈られたマジックアイテムの一つを二人は眺める。


 目の模様が描かれた白い眼帯、カラーロの魔眼をシゲシゲと見ていたアイージャは何かを思い付いたらしく、リオを手招きする。眼帯を持ち、微笑みを浮かべた。


「リオよ、早速これを着けてみたらどうだ? きっと似合うと思うぞ?」


「そうかな? じゃあ、着けてみるね」


「いやいや、妾が着けてやろう。さ、後ろを向くがよい」


 リオは素直に従い、くるっと後ろを向く。左目の上にカラーロの眼をつけられ、視界が半分塞がる。きゅっとヒモを結んだ後、アイージャは声をかけた。


「これでよし。リオよ、眼帯に魔力を流してみるといい。視界が元に戻るはずだ」


「うん。こうかな?」


 アイージャに言われた通り、リオはカラーロの眼に魔力を流し込む。すると、眼帯に描かれた目の模様が拡大と縮小を繰り返し始めた。


 それが終わると、リオの視界が元通りになる。眼帯をしているとは思えないクリアな視界に、耳としっぽをパタパタさせながらリオは驚く。


「おー、凄いや! 前がバッチリ見える! ちょっと外に出てくるね!」


「いや、待てリオ! 馬車は今走行中……」


 リオはアイージャの言葉に耳を貸すことなく、馬車の扉を開けて外に出る。器用に屋根の上によじ登った後、カレンの隣にぽすんと座った。


「お? どうしたリオ。かっこいい眼帯なんて着けてよ」


「えへへ、実はね、タンザの人たちから貰った……!」


 途中まで言った後、リオは何かの気配を感じ素早く周りを見渡す。彼らが進んでいる街道は森の中に入ろうとしており、どこか嫌な空気が迫ってきていた。


 万が一の事態に備え、リオは早速カラーロの魔眼の力を発動させる。すると視界がモノクロに切り替わり、森の中に仕掛けられた罠がリオの目に映る。


 木々に紛れるように設置されたクロスボウや、地面に仕掛けられた落とし穴の存在が手に取るように感知出来たリオは、カレンにこれらの罠があることを伝えた。


「お姉ちゃん、気を付けて。誰の仕業かは分からないけど、この森あちこちに罠が仕掛けてあるよ」


「罠だぁ? ははあ、なるほど。大方山賊どもが獲物がかかるのをまってるってわけだ。なら、やることは一つだな」


 不敵な笑みを浮かべ、カレンは馬を止める。小窓を叩いてアイージャに合図を出した後、リオと共に御者席から飛び降りそれぞれの得物を呼び出す。


「出てきな! 山賊ども! どっかに隠れてるのは分かってんだ。痛い目にあいたくなきゃさっさと姿を見せろ!」


「チッ、バレてたか。まあいいさ。望み通り出てきてやるよ」


 カレンが叫んだ直後、森の奥からわらわらと山賊たちが姿を見せる。総勢二十人ほどの山賊たちは、カレンを見てニヤニヤと品のない笑みを浮かべる。


「お頭、あのオーガの女かなりのべっぴんですぜ。奴隷商人に売ったらかなりの値になりやすぜ」


「ああ。あの女だけじゃねえ。一緒にいる獣人のガキも高値で売れるぞ。褐色肌の獣人なんて滅多に見ねえレアもんだからな」


 そんなやり取りをしている山賊たちを、カレンは哀れみを込めた目で見つめる。これから彼らをどんな運命が待ち受けているのか、すでに知っているのだ。


 リオは両手に飛刃の盾を構え、山賊たちをチラリと見やる。すでに罠の配置と総数は把握済みであり、後は彼らを戦闘不能にするだけ。


「よーし! てめえら、かか……」


「えいっ! シールドブーメラン!」


 山賊のお頭が号令をかけるよりも早く、リオは飛刃の盾を投げた。盾は盗賊たちのこめかみにぶつかり、彼らの意識を刈り取りながら反射を繰り返す。


 もう一つの盾を投げて落とし穴を除いた全ての罠を破壊し、リオはあっという間に山賊たちを壊滅させてしまった。一人だけ無事だった山賊のお頭は、事態を飲み込めず唖然としている。


「……うっそお」


「嘘じゃねえぞ? 後はあんただけだぜ、おっさん。じゃ、寝ときな」


 カレンは軽く金棒でお頭の頭を小突き、一撃で意識を奪う。あっさりと山賊たちを壊滅させた後、馬車からロープを持ったアイージャが姿を現す。


「お疲れ様だな、二人とも。それにしても、けしからん奴らだ。リオを奴隷商人に売り飛ばそうなど、妾が許さぬわ」


「おい、アタイはいいのか、アタイは」


「二人とも、ケンカはダメだよぉ?」


 三人は気絶している山賊たちをロープで縛った後、乱雑に馬車の屋根の上に放り投げる。全員を積んだ後、屋根から落ちないよう余ったロープで固定する。


 リオの指示の元、落とし穴を避けながら馬車を進め一行は森を抜ける。ちょっとしたアクシデントはあったが、その後は特に問題もなく一行は先へ進んでいく。


「しかし、早速役に立ったなあ。そのカラーロの魔眼。眼帯してるリオもイケてるぜ? 海賊みたいでかっこいいぞ」


「えへへ、そうかな? がおーっ、僕は大海賊キャプテン・シールドだぞー」


 カレンに誉められたリオは、両手を広げ海賊の物真似をする。そらを見たカレンは安らかな顔を浮かべ、魂が昇天し始めていた。


「尊いな……。へへ、このまま天に昇っちまいそうだ……」


「わー! お姉ちゃん、手綱、手綱! 馬車が変な方向行っちゃうよ!」


「やれやれ、こんな調子で大丈夫か……? ま、リオが可愛いからそれでよいか」


 リオは慌てて手綱を掴み、馬が変な方向へ行ってしまわないよう必死に操る。小窓の向こうから一部始終を見ていたアイージャは、そう呟いた後リオを見てほっこりしていた。

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