283話―黒いアイツにご用心?

 腐食樹の森を抜け、魔界の草原を進むリオたち。フォレストスパイダーやガイアウィードケルプを退けても、彼らの受難は終わることはない。


 今度は、草原を根城にする魔界のゴブリン……その名もグリープゴブリンの群れが襲ってきたのだ。大地に住まう亜人のゴブリンとは違い、魔界のソレは立派な魔物らしい。


「ギシャアアア!」


「もー、鬱陶しい! 次から次からどんどん出てくるなー!」


 紫色の肌と大柄な体躯を持つグリープゴブリンの群れは、久方ぶりの獲物であるリオたちを仕留めんと集団で襲ってくる。倒しても倒してもキリがなく、ついにレケレスがキレた。


「もーあったまきた! みんな、空に逃げて。どーんとブチかますから!」


「う、うん。みんな、飛ぶよ!」


 猛毒で出来た鎧をまとうレケレスを見て、リオは仲間たちに合図を出す。全員が空へ飛び上がった直後、レケレスは両手を水平に広げ毒の波動を打ち出した。


 グリープゴブリンたちはモロに猛毒を浴び、骨も残らず一瞬で溶けてしまった。よほど鬱陶しかったのだろう、フルパワーで敵を屠ったレケレスはスッキリしたようだ。


「あー、さっぱりした! これでもう敵は全滅だね!」


「……相変わらずエグいな、あの妹は」


「まあ、敵味方もろとも巻き込む代わりに高い殲滅力を持つのがレケレスだからね。頼もしい限りじゃないか」


 凄まじい威力を目の当たりにし、ダンテはそんなことを呟く。それに対し、ダンスレイルはクスクス笑いながらそう答えた。


 この一帯に生息するグリープゴブリンの群れはこれで全部のようで、もう襲ってくるものはなかった。草原を抜け、リオたちはさらに南へ進む。


「ふむ、ここで草原も終わりのようだな。ファティマよ、ここから最初の要塞まではどう向かうのだ?」


「はい、このまま真っ直ぐ南へ進み、天秤岩の山を抜けるのが一番早いのですが……」


「ですが? なんだ?」


 途中で言い淀んだファティマに、アイージャが重ねて問いかける。すると、ファティマは南の方にそびえる奇怪な姿をした岩山を見ながら答えた。


「あの山には、ナイトメアゴーントという魔物が生息しているのです。生命的な危害を加えてくることはほぼありませんが、とんでもないいたずら好きな魔物でして……」


「なーんだ、それくらいなら大丈夫だよー。それじゃ、とっつげきー!」


「あっ、お待ちください! まだ最後まで説明を……」


 レケレスはファティマの説明を最後まで聞かず、いの一番に岩山へ突撃して行ってしまった。少しして、何かが羽ばたく音と、レケレスの悲鳴が聞こえてくる。


「ひゃあ~!? な、なにこいつら~!」


「おねーちゃん! 大変、早く助けなきゃ!」


「全く、仕方ないやつだのう。後でデコピンだな」


 恐らく、ナイトメアゴーントという魔物に出会ってしまったのだろう。リオたちはレケレスを救出するため、殺風景な岩山へと入っていく。


 山に入ってすぐのところで、レケレスは見つかった。てっきり魔物に攻撃されていると思っていたリオだが、彼女を取り巻く状況は、正反対だった。


「あはははは! く、くすぐった~い! ダメ、脇腹はダメだよぉ~!」


「ぬぉーん」


「あ、あれぇ? 全然襲われてない……」


 確かに、レケレスはナイトメアゴーントに上から覆い被さられていた。が、それは攻撃するためではなく、どうやらレケレスをくすぐって遊ぶためのようだ。


 ゴムのような質感の真っ黒い皮膚を持つ、つぶらな瞳が特徴的な有翼の馬のような姿をした魔物……ナイトメアゴーントはリオたちの存在に気付いたらしく顔を上げる。


「ぬぉーん!」


「うおっ!? な、仲間が集まってきやがったぞ! ファティマ、本当に大丈夫なんだろうな!?」


「はい。ナイトメアゴーントは、見た目こそ異様ですが頭が良くて人懐っこいんです。野生の個体も、ああやってすぐじゃれてくるんですよ」


 無数のナイトメアゴーントに囲まれ、カレンが不安そうにそう言うとファティマが答える。彼女の言う通り、馬モドキたちは攻撃するような素振りは見せない。


 その代わり、背中に生えた黒い触手のようなものをリオたちの方へ伸ばしてきた。つぶらな瞳でじーっとリオたちを見つめながら、のそのそと歩いてくる。


「わっ、ちょっとなにをす……あひゃひゃひゃ! く、くすぐった! ちょ、これは勘弁!」


「くーちゃん、大丈夫なの?」


 一番近くにいたクイナを触手が捉え、全身をくすぐり始める。クイナは抱腹絶倒し、泣き笑いしながら地面を転げ回る。どうやら、これがナイトメアゴーントのスキンシップらしい。


 あっという間にリオたちも他の個体に捕まってしまい、それぞれがこちょこちょくすぐられる。どうやっているのか、リオたちの弱点を瞬時に把握し触手で責めてきた。


「あはははは! やぁ、だめ、脇、脇は……あはははは!」


「こら、靴を脱がす……ひああ! こ、これはたまらん!」


 しばらくの間、リオたちはひたすらくすぐられる。ようやく解放された時には、全員息も絶え絶えな有り様であった。そして、ようやくファティマの態度が府に落ちた。


 こうなることが分かっていたから、彼女はこの山を越えるルートを渋る素振りを見せたのだ。一通り遊び終え、ナイトメアゴーントたちは満足したらしい。


「ひ、酷い目に会いましたわ……。これは下手をすると笑い死にしてしまいますわよ……」


「だね。この魔物、別の意味で危険すぎる……」


 荒い息を吐きながら、エリザベートとダンスレイルはそう口にする。最初の要塞を攻略する前に、リオたちはかなり体力を消耗してしまう。


 地面に座り込んで昼寝を始めたナイトメアゴーントたちを尻目に、ある程度回復したリオはファティマに問いかける。岩山を通る以外に、ルートはあるかと。


「一応、あるにはあります。しかし、どのルートも遠回りになる上、危険な魔物たちが生息していて、無傷で通り抜けるのはほぼ無理でしょう」


「そっかぁ……。じゃあ、このまま岩山を……あっ! いいこと考えた!」


 ただでさえ消耗しているのに、長い距離を進んだ上で魔物たちと戦うのはキツいだろう。そう判断したリオは、ちょうど何かを閃いたようだ。


 互いの触手を伸ばしてじゃれあっているナイトメアゴーントの群れに近寄り、彼ら……あるいは彼女らに声をかける。


「ねえねえ、お馬……馬なのかな、まあいいや。君たちの背中に、僕たちを乗せて南まで運んでくれないかな?」


「ぬぉーん?」


 ファティマは言った。ナイトメアゴーントは知能が高く、人懐っこい魔物だと。ならば、丁寧に頼み込めば岩山のさらに南、要塞まで乗せてくれるかもしれない、と。


 彼らの力を借りることが出来れば、消耗した体力を回復しつつあらゆる危険を避けて先へ進める。勿論、空を飛ぶ危険な魔物がいないとも限らないが、そこは承知の上だ。


 自分たちの足で迂回路を進むより、遥かに楽に目的地へ行けるだろう。リオはそう考えたのだ。


「……ダメ、かな?」


「ぬぅ、ぬぉーん」


 リオの願いが伝わったようで、ナイトメアゴーントは一声鳴いたあと、触手で自分の背中を指し示す。ここに乗れ、ということだろう。


「ありがとう、お馬さん! みんな、ナイトメアゴーントに乗って要塞まで行こう!」


「やー、これはありがたいねぇ。どっかの誰かさんのせいで疲れちゃったからね、これはいいや」


「……ごめんなさーい」


 クイナにそう言われ、レケレスはしゅんとしながら謝る。とはいえ、こうしてナイトメアゴーントの協力を得られたのだから怪我の功名と言ってもいいだろう。


 リオたちはナイトメアゴーントの背に乗り、手綱代わりに触手を握り締める。漆黒の魔物たちは翼を広げ、一声鳴いたあと一斉に空へ飛び立つ。


「よーし、最後の戦いの前哨戦だ! 要塞を攻略してやるぞー!」


 そう叫び、リオは仲間と共に空を往く。要塞を守る人形の兵団との戦いが、始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る