282話―とっても手荒い魔界の洗礼

「着いた!」


「ここが魔界、か……。あたり一面紫色で毒々しいな」


 ワープホールを抜けたリオたちは、ついに魔界の土を踏んだ。彼らが降り立ったのは、魔界の北端にある腐食樹の森と呼ばれる地域であった。


 その名の通り、腐敗して紫色に変色した木々が立ち並ぶ森は、その禍々しさをもってリオたちを歓迎する。あまりの気味の悪さに、ダンテは顔をしかめる。


「ったく、見た目もひでぇが匂いもやべぇな。こんなとこに長くいたら、鼻が曲がっちまうぜ」


「では、皆さまわたくしに着いてきてください。内蔵されたコンパス機能を使って南へ進みます。これ以上北に行くと、次元の狭間に落ちてしまうのでお気を付けて」


 そう言うと、ファティマは左手を変形させて魔王謹製のコンパスを呼び出す。彼女に先導され、リオたちは腐食樹の森を南下していく。


 が、彼らはまだ知らなかった。魔界には、キュリア=サンクタラムとは比べ物にならない、強大なモンスターたちが生息しているということを。


「ん? おいレケレス、今何か光らなかったか?」


「えー? どこど……カレンおねーちゃん、危ない!」


「おわあっ!?」


 森の奥、キラリと光る何かを見つけたカレンがレケレスに声をかけた、その直後。木々の間をが真っ直ぐ飛来してくる。


 間一髪、レケレスに突き飛ばされカレンは無傷で済んだ。光るモノが飛んでいった方向を見ると、そこにいたのは……。


「なんだありゃ、モモンガか?」


「あれは……ブレードモモンガですね。魔界の森では比較的ポピュラーにみられる魔物です。見た目は可愛らしいですが、皮膜が刃物になっているので迂闊に触らないでください」


 キキキッと鳴き声をあげながらこちらを見ているブレードモモンガを見つめ、ファティマが解説を行う。リオたちが自分の手に負える獲物ではないも判断し、モモンガは姿を消した。


「ふー、あっぶねー。サンキューな、レケレス。危うくスッパリやられるとこだったぜ」


「えへへー。もっと誉めるとよいぞー」


 カレンに礼を言われ、レケレスは得意げにふんぞり返る。幸いにもブレードモモンガ退けた一行だったが、この程度では魔界の洗礼は終わらない。


 何気なく上を見上げたダンスレイルは、ぎょっと目を剥きリオたちに向かって大声で叫ぶ。


「みんな、走って! 早く!」


「へ? 一体どうし――わあっ!?」


 リオが問うた直後、彼のすぐ近くに生えていた木がひとりでに引っこ抜け、勢いよく振り下ろされたのだ。それを避けたリオが上を見ると、ダンスレイルの言葉の意味を理解した。


 とんでもなく長い脚を腐敗した木に擬態させた巨大な蜘蛛が、リオたちを踏み潰そうと狙っていたのだ。それに気付き、全員が一斉に走り出した。


「ちょおおおっと!? なにあれ、めっちゃキモいんですけどぉぉぉ!?」


「あれはフォレストスパイダーですね。今のように脚を樹に擬態させて、頭上から獲物を狩る……」


「冷静に解説してる場合じゃありませんわぁー! ……って、進路を塞がれてしまいましたわよ!」


 上を見上げて嫌悪感に満ちた叫びをあげるクイナに、ファティマが淡々と解説を始める。エリザベートがツッコミを入れると、進路を蜘蛛の脚が塞いでしまう。


「へっ、こんな時はオレに任せな! いけっ、螺旋風の槍!」


「ギィィー!」


 ダンテは顔を上に向け、フォレストスパイダーの本体に向かって風の槍を投げつける。攻撃がクリーンヒットし、蜘蛛は苦しみもがき脚を揺らす。


「効いてる! みんな、今のうちに脚を斬っちゃえ!」


「合点ほいさっさ! それっ、斬水の牙!」


 リオたちはフォレストスパイダーの攻撃がこないうちにと、脚をそれぞれの技でぶった斬っていく。八本の脚のうち、四本を失ったフォレストスパイダーはバランスを崩し倒れた。


 したたかに胴体を地面に打ち付け、内蔵が破裂してしまったようでもう動くことはなかった。また新手が来ないとも限らないため、一行はさっさと森を抜ける。


「ふー、ようやく森を出たな。……しっかし、魔界のモンスターはおっかねぇなぁ。そこらのモモンガですら殺意ありすぎだろ」


「それは仕方ありませんよ、ミス・カレン。この魔界は、元々暗域だった場所。強力な魔物がひしめいているのは当然のことですから」


「……気になってたんだけど、その暗域ってなぁに?」


 森を抜け、安全地帯と思われる草原まで来たリオは、ファティマに疑問を投げ掛ける。ファティマは周辺に敵対反応がないか確認しつつ、主の問いに答えた。


「暗域というのは、闇の眷族……我が君たちの大地では魔族と呼ばれる者たちの暮らす世界です。わたくしも、詳しくは存じませんが……濃い闇の瘴気に満ちた、恐るべき世界です」


「ふーん……。つまり、ここよりもっとやべえんだろ? そんなトコ、アタイなら絶対住みたくねえな」


 グランザームにインプットされた情報をメモリーから引き出しつつ、そう説明する。彼女もあまり詳しくはないようで、ふわふわした内容の返答しか返ってこなかった。


 その後、リオたちはまずブレードモモンガやフォレストスパイダーと戦って蓄積した疲労を取るため少し休憩し、今後の進路について話し合う。


「今、わたくしたちがいるのがここ……魔界の北部の端です。魔王の城は、魔界の中心にそびえています。たどり着くには、少なくとも二つ要塞を突破しなければなりません」


「面倒なものだな。リオよ、そなたの界門の盾を使えば、グランザームの魔力をたどって直接城へワープ出来るのではないか?」


 ファティマの説明を聞き、あまりにも長い距離を移動し、さらには要塞を攻略せねばならないことを知ったアイージャがリオに問う。が、リオの顔色はよくない。


「……それなんだけどね。さっきから界門の盾を作ろうと頑張ってるんだけど……全然ダメなんだ。何かに邪魔されてるみたいで、作れないんだよ」


 その言葉を聞き、クイナやカレンたちも試してみる。が、リオ同様ワープホールを作り出すことが出来なかった。念のためにエリザベートが持ってきた転移石テレポストーンも使ってみるが……。


「ダメですわね。使おうとすると勝手に砕けてしまいますわ。これはもう、転移を封じるなにかが魔界にあると考えるしかありませんわね」


「そうみたいだね。ま、それなら仕方ないさ。幸いにも自力で飛べないのはカレンとレケレスだけだし、空を飛べば時間の短縮にはなるだろうよ」


 直接魔王城へ転移出来ないのであれば、地道に進んで行くしかない。しかし、ダンスレイルの言う通りカレンとレケレス以外は自力で飛行する手段がある。


 決戦に備えて力を温存するためにも、全行程をというわけにはいかないが、空を飛んで到着までの時間を短縮することが可能であった。


 話し合いが終わり、一行はまず最初の要塞へ向けて出立する。草原を進んでいると、爽やかな風が吹いてきた。


「んー、いい風だな。オレにとっちゃ、家でくつろぐくらいいい気分だぜ」


「確かに、気持ちいいね。でも、なんだか匂うような……」


「そうか? リオの気のせいじゃねえのか? 何も……いや、確かに匂うな。この甘い香り……一体なんだ?」


 そう呟き、ダンテは風に乗って漂ってくる匂いの元を探し始める。一歩を踏み出した瞬間、少し離れた場所にある地面が盛り上がり、その中からが現れた。


 よく見ると、それは長いつるをいくつも持つ、巨大なウツボカズラであった。出現と同時に匂いが強くなり、周囲を甘ったるい香りが包み込む。


「あれが匂いの元か!」


「あれはガイアウィードケルプですね。地中に潜み、甘い香りを出して獲物を呼び寄せる植物型の魔物です。武器は、あの長いつると……」


 ファティマが解説を始めた途端、ガイアウィードケルプは袋状の器官を膨らませ、リオたちに向かって液体の塊を吐き出した。勢いよく飛んでくるソレを見て、リオは嫌な予感を覚える。


「……今飛んできている、強烈な消化液ですね」


「わああ、やっぱり! そんな予感がしてたよ! みんな下がって! 出でよ、不壊の盾!」


 リオは仲間たちの前に飛び出し、大きな不壊の盾を作り足して消化液を防ぐ。強烈と評された通り、消化液は一撃で不壊の盾を半々ほど溶かしてしまっていた。


 このまま消化液を連発されたらまずいと判断し、リオは反旗しようとする。が、ガイアウィードケルプは長いつるを振り回し、自分のもともとに近付けさせない。


「ダメだ、つるの勢いが強すぎて飛刃の盾も叩き落とされちゃう……」


「師匠、わたくしにお任せくださいませ! 植物が相手ならば、わたくしの炎の出番ですわ!」


 シールドブーメランを叩き落とされてしまったリオに変わり、エリザベートが前に出る。獲物を見定め、エリザベートは勢いよく走り出す。


 つるの連撃を華麗なステップでかわし、愛用のレイピアを引き抜き一閃する。一瞬で五つに切り裂かれ、ガイアウィードケルプは轟沈した。


「フッ、一介の魔物がわたくしに勝とうなど百年は早いですわ」


「やったぁ、流石エッちゃん!」


「それほどでも……ありますわ」


 魔界の魔物たちを退け、リオたちは先を急ぐ。しかし、彼らはまだ知らなかった。魔界の洗礼は、こんなものでは済まないということを。

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