281話―突入! 魔界へ!

 ボグリスを撃破すると、景色が歪み始める。試練を突破したことで、元の世界へと戻されていく。リオの意識が揺らいでいき、プツッと意識が途切れる。


 次に目を覚ますと、リオは元いた神殿にいた。扉を閉ざしていた封印はすでにバラバラに砕け散っており、原型を留めることなく崩れ差っていた。


「おお、戻ってきおったか。どこに行ったのか探しにいこうと思っておったが、案外すぐ戻ってきおったな」


「ただいま、ねえさ……あっ、耳! しっぽ! ……よかったぁ」


 アイージャにそう答えながら、リオは頭を触りネコミミがあるか、腰からしっぽが生えているかを確認する。とちらも無事あったため、リオはホッと安堵の息を吐く。


 魔神の力を失ったままでは、グランザームとの戦いに支障をきたしてしまう。全身に力がみなぎるのを感じながら、自分が消えた後のことをアイージャたちに話す。


「ほー、懲りねえ奴だな、そのボグリスってのは。オレも噂をちょろっと聞いてたくらいでしか知らねえが、アホだなそいつ」


「だねー。リオくんに勝てるわけないのにねぇ」


 顛末を聞いたダンテとクイナは、やれやれと言わんばかりにかぶりを振る。そんな二人とは対照的に、魔神の力を失ってなお勝利を収めたリオをダンスレイルが褒めた。


「んー、凄いねリオくんは。魔神の力がなくても強いなんて、お姉ちゃんはすごく誇りに思うよ」


「あっ、おねーちゃんズルい! 私もおとーとくんぎゅってするー!」


「ならわたくしも!」


「ついでにアタイも!」


 レケレスがリオに飛び付いたのをきっかけに、てんやわんやの大騒ぎが始まる。そこにエリザベートやカレンも乱入し、リオはモミクチャにされてしまう。


 相変わらず賑やかな兄妹たちを見ながら、アイージャはため息をつく。もうすぐグランザームとの決戦だというのに、緊張感というものを持たないのかと呆れてしまった。


「全く……こんな調子では先が思いやられるわい」


「まーいいじゃないの。ムダに緊張するよりもさ、こーやってかるーく楽しくしてれば、気疲れしなくて済むじゃん?」


「そういうものかのう……」


 高みの見物をしていたクイナが、ケラケラ笑いながらそう口にする。アイージャの方も、それもそうかと半分くらいは納得したようだ。


 しばらくすったもんだのドタバタ劇を繰り広げた後、ようやくリオは解放された。あまり時間をムダにするわけにもいかないので、さっさと扉を開く。


「やっぱり。この部屋にあったね……魔界への、扉が」


 かつてアイージャが封じられていた部屋の中には、闇が渦巻く漆黒の球体……魔界へと続くワープホールがあった。その中から、グランザームの声が響いてくる。


『おめでとう、我が宿敵リオよ。見事、余が用意した試練を乗り越えたようだな。まあ……あの程度は、余裕であったか』


「うん。楽だったよ。魔神の力を使えなかったのは、ちょっとびっくりしたけどね」


『さあ、その門をくぐり魔界へと来るがよい。我が最後の配下……黒大陽の三銃士と自動人形オートマトンたちと共に手厚く歓迎しよう……』


 その言葉を最後に、グランザームの声が途切れた。リオは後ろへ振り返り、ここまで苦楽を共にし、戦ってきた仲間たちを見つめる。


 アイージャ、カレン、ダンスレイル、クイナ、エリザベート、ダンテ、レケレス、ファティマ。頼もしい八人の仲間たちを順番に見た後、リオは叫ぶ。


「みんな、これが最後の戦いだよ! 頑張ろう!」


 その言葉に、仲間たちは頼もしく応える。


「ふっ、任せておくがよい。なに、もう一度だけ魔神の力を使えるのだ、リオと共に盾の魔神として役に立てるわ」


 静かに笑いながら、アイージャはそう口にする。


「へへっ、頼りにしとけよな、リオ。アタイがいりゃ千人力だってことを見せてやるぜ!」


 拳を打ち鳴らしながら、カレンは闘志を燃やす。


「大丈夫さ、リオくん。例え相手がどこから攻めてこようと、私がいる限り君を傷付けさせはしないよ」


 慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ダンスレイルは頷く。


「そーそー。拙者もいるし問題なんてゼロだね。空からだろうと地中からだろうと、奇襲なんてさせないよ」


 腕を組み、自信満々にクイナはそう宣言する。


「エルカリオス様から受け継いだこの力、必ず役立ててみせますわ。魔神となったわたくしの力、見せて差し上げますわ」


 エルカリオスとの約束を思い出しながら、エリザベートは静かにそう呟く。


「安心しとけ、リオ。なんたってこっちは九人だ。それもただ九人いるんじゃねえ。最強の戦士九人が集まってんだ。敗北なんてありゃしねえよ」


 リオを勇気つけるように、ダンテは飄々とした態度でそう口にする。


「がんばろーね、おとーとくん! だいじょーぶ、みんながいれば絶対負けないよ!」


 天真爛漫な笑顔を浮かべ、強く拳を握りながらレケレスはケロケロ笑う。


「……行きましょう、我が君。このファティマ、例え冥府の底へでも……貴方と共に往く所存です」


 真っ直ぐな瞳で、リオを見つめながらファティマは己の決意を告げる。


「みんな、ありがとう。約束だよ。グランザームを倒して、誰一人欠けることなく……みんなで、この大地に帰ろう!」


 リオのその言葉に、アイージャたちは大声で応じる。この先、魔界では最後の刺客たちが待ち構えているのだろう。それでも、負けるわけにはいかない。


 誰一人倒れることなく、光ある世界へ帰る。それが、リオの定めた最後の目標。必ず果たさねばならない、絆を育んだ者たちとの約束なのだ。


「よーし、みんな行くよ!」


「おおー!」


 リオを先頭に、全速力で魔界へ繋がる門へ突撃していく。黒い球体の中に全員が飛び込むと、門がゆっくりと静かに閉ざされていった。


 全てが終わるその時まで、もう何人たりとも魔界から戻ることは出来ない。勝利か、全滅か。大地の命運を賭けた、最後の戦いの幕が今、上がる。



◇――――――――――――――――――◇



「やはり、あの人間は敗北したようですね。よろしかったのですか? あのような小者中の小者を、最初の試練の相手にして」


「よい。我が宿敵にとって、あの者こそが最初の試練として相応しいのだよ」


 その頃……魔王城の玉座の間では、黒大陽の三銃士の一人カアスとグランザームがやり取りをしていた。魔界に住まう全ての闇の眷族が去り、残っているのは彼らと人形たちのみ。


 カアスからの問いかけに、グランザームは静かに頷く。リオがアイージャと出会い、魔神の力を継承するきっかけとなったボグリスこそが、最初の敵に相応しい。


 魔王のその考えは、的中したと言えるだろう。リオは闘志をみなぎらせ、魔界へと降り立ったのだから。


「彼らは真っ直ぐこの城を目指して進んでくるでしょう。我らが出た方がよろしいですか?」


「いや、お前たちはこの城に残れ。道中の相手は、自動人形オートマトンたちに任せる。力を温存しておくのだ。クライマックスに相応しい舞台のために、な」


「かしこまりました」


 うやうやしく頷くと、カアスは玉座の間を去っていく。一人残ったグランザームは、玉座に座ったまま手を前方にかざす。すると、魔力で作られたパネルが現れる。


 パネルの中央部には、『ギア・ド・マキア――スリープ中』と大きな文字で記されていた。グランザームはパネルを操作し、スリープ中から『起動準備中』へと切り替える。


「久方ぶりよな。この鋼の巨神を動かすのは……遥か昔、余が魔戒王と成るための『血戦の儀』以来か」


 グランザームがそう呟くなか、城が揺れ始める。あちこちで歯車の回る音が響き、何かがうごめくような気配が漂う。宿敵の顔を想像し、魔王は笑う。


「さあ、我が元へ来るがよい、盾の魔神とその仲間たちよ。最高の舞台を整えて待っているぞ」

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